第14話
恵理香が帰ってこないので、母と聖が探しに行くと、恵理香は、自販機の前の廊下で、ハンサムな男性職員と戯れていた。
「やだ。あの子、直ぐ知らない人と仲良くなるんだから」
母はどこか誇らしげに言った。
男性職員が笑いかけ、それを受けて、恵理香が嬉しそうにはしゃいでいるのを見ると、聖は嫉妬で頭がかっと熱くなった。頬をこわばらせ、鋭い目で、聖は男性職員を睨みつけた。男性職員は、聖に気づいて、ちらりと見ると、聖の形相の恐ろしさに怯えたように、ショックを受けた顔をしたが、すぐに腹を立てたか、面白くなさそうに、眉をしかめた。しかし、恵理香が彼の腕を引いて戯れたので、男性職員はまた鼻の下を伸ばし、優しい笑顔になった。
「恵理香。お仕事の邪魔しちゃだめでしょ」母は呆れたように言った。
「邪魔なんかしてないもん。この人があたしにちょっかいかけてくるの」
恵理香はバラ色の頬をして、嬉しそうに目を輝かせ、男性職員を、まるで下の者を扱うように顎でしゃくった。
「ジュースは買ったの?」
「まだ」
恵理香は男性職員に手を振って別れた。
僕が見ていないと、この人は誰かに、やらしい小汚い男に盗まれてしまうのではないか。
聖は不安で頭がもやもやして、しまいにはずきずきと頭痛までしてきた。
祖母と一緒に聖たちはお菓子を食べ、ジュースを飲んだ。
母が一方的にしゃべりかけて、もう遅くなり、最後のお別れを言っているとき、寡黙に、じっと猫とばかり意思疎通を図っていた祖母は、ふいに顔をあげ、おずおずと手を差し出した。握手をしようというつもりらしい。
母と聖はその手を握ったが、どういうわけか、恵理香だけは、祖母から手を差し伸べられても、それに応じず、ただ冷たい侮蔑の目で祖母をみて、憎たらし気に口をへの字に曲げていた。彼女は祖母に不快を感じているらしかった。
そんな恵理香を前に、ふいに祖母の顔が悲しみに沈んでいく。彼女は俯き、涙を落とした。
「お姉ちゃん」
聖は我慢ならず、咎めるような声を出してしまった。
恵理香は馬鹿にしたように鼻で笑った。
「変な顔をしたくらいで泣くなんて、たかが知れているわ。孫を愛していないから、孫の不機嫌も大きな心で受け止められないのよ。あたしを悪者にして、自分可哀そうって酔っているのよ。バカみたい」
「よしなさい、恵理香!」
「何よ、知らないわ。ちょっとふざけただけよ」
恵理香はさっさと一人で外に出て行ってしまった。
聖は祖母に申し訳なくて胸がひどく痛んだ。姉の罪が自分のことのように痛い。
「お姉ちゃん、ああいっているけど、素直じゃないんだ。実はおばあちゃんが好きなんだよ」
適当な言い訳を言って慰めると、祖母は聖を見上げ、珍しそうにじっと目を注いだ。
聖は自分が適当なことを言ったのを、咎められ、嫌な顔をされるのではないかとビクビクした。
しかし、祖母の夢子は、
「いい子ね……」と聖に言って、沢山かけた歯をみせて笑うと、ゆきに視線を移し、もう他の声は聞こえなくなった。
聖はなんだか胸が朝のようにぱっと温かく、明るくなるのを感じた。満足したような幸福な気持ちになった。
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