第13話
「可愛いね。お嬢ちゃん、何か歌ってよ。うまくできたら、お小遣いあげるよ」
恵理香は、適当にアニメの歌を少しだけ歌った。
すると、歯のない老人は恵理香に500円くれた。恵理香は嬉しくなり、ありがとうございますと言ってお辞儀した。
お辞儀する姿がよほど可愛いとみえて、老人たちは良い子だとかなんとかいってちやほやした。
しかし、母は見逃さなかった。見ず知らずの人から金などと怒り、母は恵理香を𠮟りつけ、お金を返させた。
「いいんだよ。楽しませてもらったから。お礼のつもりさ」
「教育に悪いですから」
「そんなわけないよ。芸で稼げると教えるのも教育よ」
他の老人が嗄れ声で笑う。
由美子は困ったように笑ったが、内心あまりいい気持ではなかった。
「子供にお金をわたすなんて。よその人なのに」
祖母の元に連れ戻されると、恵理香はあからさまに嫌な顔をした。
「こら、恵理香。なんて顔をしているの。あなたブスよ」
「だって……」
恵理香は、猫を撫でて、こちらを見ようとしない祖母を睨みつけると、急に顔を歪め、涙をこぼした。
「いやなの、いやなの」
「ジュースでも買っていらっしゃい」
この場から離れられる嬉しさに、恵理香は、勇んでジュースを買いに走っていった。聖も行こうとしたが、
「お姉ちゃんを待っていましょ。おばあちゃんと話しなさい」
と言われ、聖は祖母のそばに座り、その優しい目が、猫にそそがれているのをみて、
「猫が好きなの?」
と聞いてみた。
祖母は、聖の顔をじっと見つめると、柔らかく微笑んだ。
彼女にとって、猫は神聖な話題なのだ。
「僕も触って良い?」
祖母は猫を抱き上げ、聖の腕にいれた。そして、
「ゆきちゃんよ……」と言った。
「ゆきちゃんって名前なの?」
「いじめないでね」
「大丈夫。優しくするよ」
聖がゆきを撫でると、祖母の夢子は、恐ろしさや痛みをこらえるような顔をで見ていた。彼女は聖が乱暴をしないかハラハラとしていたのだ。
「おばあちゃんのところへ行きたいって」
祖母の視線にいたたまれず、聖は少し撫でてから、祖母に猫を返した。
祖母は安心し、
「怖かったねえ、怖かったねえ」と猫に話しかけていた。
猫の方では大したことなさそうに、物珍しそうに聖の方をじっと見つめていた。ときどき、目をつむり、聞こえないか聞こえるかの声で、小さく「にゃ」と鳴いた。
怖かったねえ、と自分を悪者にされても、聖はさほど痛くなかった。自分でなく、恵理香なら、もっと怒ったかもしれない。しかし、聖は、どういうわけか、怒りというのが起きず、ただ、祖母のゆきに対する愛情に、悲しいような切ないような、そして、温かいものを感じて、彼女を壊さないようにしたいという気持ちになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます