第12話
母方の祖母が老人ホームに入ったので、聖達は見舞いに行くことにした。
母の由美子は、張り切り、
「あなたたち。めいっぱいおめかししてね。可愛い子供たちを見せて元気になってもらうのよ。老人ばかりで寂しいだろうからね」
と言って、子供たちを着付けた。
恵理香は髪をリボンで二つに編んで、余所行きの、可愛い、赤いサクランボの刺繍がしてある水色のワンピースを着た。笑うと絵本のように可愛かった。
聖は白いシャツと灰色の半ズボンをはき、灰色のチョッキを着た。顔を洗って、髪をワックスで撫でつけた。
恵理香は、お菓子や櫛や、ティシュの入ったビーズの小さなポシェットを肩に下げ、リボンの髪を手で払い、振り向くと、
「行くわよ」
と言って、我先に車に乗り込んだ。
老人ホームは廃れた町の中にあった。
ホームに迎え入れられて見ると、そこはなんだか、煮豆のような、小便のような、淡い、こんもりとした匂いが漂っていた。
老人たちはテレビをみたり、折り紙を折ったりしていた。
「おばあちゃんはどこに居るの?」
祖母が大部屋に居なかったので、聖達が、老人たちの顔を覗いて探していると、射るような視線がほうぼうから彼らを見ているのに気づいた。
老人たちは、可愛らしい恵理香を白い羽の生えた美しい天使のように思って、微笑んで見ていたのだ。
「可愛い子だね」
「ちょっとこっちへおいで。お菓子をやろう」
恵理香は困ったように笑った。
祖母の夢子は、大広間の窓際で、施設で飼っている猫を撫でていた。
「おばあちゃん!」
孫が近づくと、夢子はしわだらけの顔を上げ、驚いたように目を剥いた。
人懐っこく、恵理香が身体に触れると、夢子は身をよじって、怖がって泣いた。
恵理香は不愉快気に顔をしかめた。
「どうしたの。お母さん。恵理香よ。聖もいるわ。あなたの孫よ。わからないの? いやね。ずいぶんボケてるわ。私よ。由美子よ」
「あまり刺激しないで上げてください」
施設の職員が注意した。
「人見知りなんですよ。毎日毎日会うたびに人見知りで、仲良くなっても、次の日には全部忘れて、また人見知り」
「はあ、そうなんですか。どうもすみません。迷惑をかけているみたいだわ」
「そんなことないですよ。猫といる時は大人しくて良い方ですよ」
母と職員が話している横で、恵理香は、お菓子を振って手招きしている老人たちのグループに気を取られているようだった。そして、おもむろにぐいっと聖の腕をつかむと、彼らの方へ歩いて行った。
彼女は自分を蔑ろにした祖母に見切りをつけ、もはや祖母に愛想を振りまくのをやめたのだ。
見ず知らずの老人たちは、車いすにのったまま、恵理香や聖にお菓子をわたし、なんでもないことを質問し、喜んでいた。
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