第3話

「ママ……」


 恵理香の初めてのママという言葉を、由美子はビデオカメラに収めた。そして、何度も繰り返し再生して聞き入り、おもちゃ遊びをする我が子に、


「ねえ、ママって言って。もう一回」

と頼むのだ。


 しかし、恵理香は天邪鬼のところがあり、ただニタリと笑って、違う言葉を、意味のない呻きを発するのだった。

 由美子はじれったがり、恵理香の体を抱いて、その頬を吸うのだった。

 すると、恵理香は母の愛に溺れ、幸福に泥酔し、顔いっぱいに弾けるような笑みを浮かべ、高い声ではしゃぐのだった。




 恵理香が三歳になると、その美貌と愛らしさは、溢れて零れ落ちそうなほどで、幼稚園では何人もの男の子たちに囲まれていた。

 可愛いということで、彼女は保育士にも愛されていた。

 可愛い服を着せ、髪を可愛い飾りのついたゴムで結び、その髪と言ったら絹のように細く、なめらかで天使の輪ができている、真っ直ぐな代物なのだ。

 そして、どこかお嬢様のようにめかして、父母は恵理香を連れ歩くのを好んだ。賞賛のまなざしが心地よく、まるで、それが恵理香ではなく自分に向けられているかのように思えて嬉しいのだ。いやはや、由美子は元から美しいので、こういう目には慣れていたが、自分が作り出した宝を褒められるのは、才能を認めてもらったように嬉しいのだ。


 ある日、三人で散歩をしていると、暗そうな目つきの若い男が、三人の後をずっとつけてきていた。彼の目は、恵理香のスカートから伸びる白い足に向けられていた。

 それと気づくや、明はたまらなくなり、怒りが込み上げてきた。同時に、見せびらかしたいという欲求にあがらえなかった自分の不注意さに腹が立った。

 明は後ろを睨みつけると、娘を抱き上げ、妻に

「走るぞ」

 と声をかけ、駆け出した。

 若い男は、驚いて立ち止まり、呆然と逃げていく家族を眺めていた。彼は自分の浅ましい欲望に気付かれていないと思っていたのだが、あからさまに反応されてしまい、今一度自分を顧みて恥ずかしくなったとみえる。


「世の中には変な人が多いから」


 もし、大切な娘が危ない目にあったら……

 父と母は不安であまり出かけなくなった。


 目新しいものが減り、つまらなくなったと恵理香は面白くない。癇癪玉で、すぐものを投げたり、友達とつかみ合いの喧嘩をしたり、彼女は狭い家に押し込まれ息苦しかった。彼女はあらゆる出会いを求めていた。

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