第2話
やがて、二人の夫婦は、ローンで家を買った。もちろん図書館の近くの土地を買い、家を建てたのだ。間取りは由美子のこだわりがちりばめられ、居間の天井には大きなプロペラが取り付けられた。台所は広く、寝室はよく日が当たった。なんと窓の多い家だろう。ささやかな庭にはミカンの木が植えられた。目隠しの策は真っ白である。子供部屋は二つ作った。
「二人産みましょ。男の子と女の子。私たちの子だもの。きっと可愛い子が生まれるわ」
「そうだね。君に似て、色の白い子が生まれるだろう。僕の色黒に似てしまったら嫌だな。男の子はともかく、女の子の場合は」
「大丈夫よ。色なんて。小麦色の肌の女の子だって良いじゃない。そりゃ白い子もいいけれど、健康そうだわ」
新しい家ができると、由美子はキッチンが大好きになり、毎日お菓子を作っていた。クッキーやらシュークリームやらプリンやらケーキやら。
作ったものを夫に食べさせると、夫はみるみる内に太っていった。元から大きかったが、更に肥大した。
「こんなに太っちゃ健康に悪いわ。ダイエットしましょ。食事制限はしないわ。運動するのよ」
二人の夫婦は毎朝ウォーキングした。早朝の清々しさが彼らの心に良い作用を及ぼした。
充実した毎日が、彼らを健康にした。
やがて、二人の間に子供が宿った。
二人の夫婦の嬉しさと言ったらひとしおだ。
「魂が二つ掛け合った者ができるんだ。どんな子になるんだろう。早く会いたいよ」
明は由美子のポッコリと膨らんだお腹に唇を当て、まだ産まれない我が子、それでも、お腹の中に確実に命が宿っている、愛すべき自分たちの分身に語りかけた。
まるで、語りかけることによって、それが赤子の栄養になるとでも思っているかのように。
外に買い物に行っている時に、妻が事故に遭ったら……。
恐ろしい空想が仕事中の明を不安にし、落ち着きなくさせた。彼は仕事の合間に、何度も妻にメールを送り、安否を確かめずにはいられなかった。
「君は外に出ちゃいけない。町は危険だ。車が走っているし、通り魔が出るかもしれない。お願いだから僕を不安にしないでおくれ。買い物は僕がやるから」
仕事が残業になると、明は気が遠くなった。早く由美子に会いたい。家に帰って彼女が倒れていたらどうしよう。我が子が流れてしまったら……。
家に帰り、元気な妻の姿を見ると、明は心底ほっとした。そして、安全でいられたことを神様に感謝した。
とうとう臨月になり、重いお腹をかかえて難儀そうな妻を見て、明は落ち着かなかった。もう産まれる。仕事どころじゃない。彼は仕事を休んだ。そして、妻の元に付き添った。
「あっ」
ある日、リビングでテレビを見ていると、由美子が破水した。
明は偉大なる勇者のように、颯爽と車のキーをとった。
「行こう」
彼は車を飛ばし、病院に着いた。由美子は苦しんでいた。明は妻の手を握り、青くなって震えていた。痛みに呻く妻を見ていると、恐ろしかった。そして、無力な自分が痛ましかった。
何時間経ったろう。夜中に彼女は産声を上げた。
「まあ、なんて黒目の大きな子だろう」
赤い猿のような我が子を抱いて、由美子は嬉しそうに笑った。
「きっと美人になるわ。整った良い唇をしているものね」
明は汗を拭い、涙をこぼした。嬉し泣きだった。
さて、青井夫婦の子供は女の子であった。
名前は恵理香と名づけられた。
彼女は煩いほどに泣いた。そして、大きくなって離乳食をとるようになると、皿ごとひっくり返して癇癪を起した。
「きかんぼうだこと」
由美子と明は怒らずに笑っていた。子供の大きな生命力を感じて、なんだか逞しく、嬉しかったのだ。
彼らは娘を溺愛した。
由美子は恵理香の涎をハンカチで拭うことに一生懸命で、それがとても楽しいことに思えた。
成長していくごとに、恵理香はどうやら美少女であることがわかった。それは二人の親にとって嬉しいことであった。
他人から我が子を可愛いと褒められると、彼らは自慢げに鼻が高くなるのを感じた。
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