巨砲轟回

 〈スケルトン〉はもともと、展示用に作ったプラモデルだ。

 展示・鑑賞。

 それはプラモデルを作る者達が最も重視する時間。

 要は見栄えだ。


 それを考えるとこの〈スケルトン〉、かなり奇抜よりなコンセプトになっている。

 グラデーション、光沢、つや消し、パール、メタリック、迷彩…etc

 様々な塗装表現を際立たせるのに最も最適な面である〈外装〉がクリアパーツなのだ。

 これは、塗装表現を行なうプラモデラーから選択肢を大幅に奪う。

 なにせ、すでにメーカーによって、〈透過〉という表現が完成されている。

 クリア外装に、プラモデラーが何をしても〈透明な外装〉という土台は崩せない。

 塗りつぶしてパーツの形だけを活かすことはできるが、それではクリア外装のキットを買う意味は無い。


 しかし、クリアパーツは単体でメッキでもないのに特別感スペシャルを持たせることができる魔法のパーツだ。

 その良さは活かしたい。

 活かすべきだ。

 では、その良さを最大限活かすにはどうすれば良いのか?

 答えはすぐに、しかし、数多く現れる。


 誰かが答えた、そのアンサーの一つ。

 それで〈スケルトン〉は作られている。

 

 先人いわく、

 クリアキットは中身フレームを表現するのに最適なキットである。

 ならば、中身に力を込めるべきだと。


 中身。

 内部フレーム。

 ほとんどが関節部と同じ色で構成される鋼色。

 普通は、見える場所ではないため、ほとんど手を入れない領域。

 そこにメスを入れることで、他とは違う輝きを放つ。

 それがクリアキットだと。

 

 俺はその偉大なる先人達の教えを読み取り、内部のフレームを必要以上に作り込んだ。

 オリジナリティを持たせたくて、磁石を使った外装の簡単な着脱も実現した。

 クリアパーツの上から見る塗装されたメタリックフレーム。

 クリアパーツを外して見る、グラデーションが微妙にかかった鋼の色。

 それが、クリア外装の着脱で楽しめる、そんな作品を。


 失敗だったのは、エンジョウさんに展示方法を聞いていなかったこと。

 …いや、それは違うな。

 展示方法なんてどこも同じだ。

 想像できないはずが無い。

 だから、単純に自分が作りたい物を優先した結果なのだ。


 外装の着脱。

 それによって見える新たな色彩。

 〈スケルトン〉は手に持って鑑賞するのに適した作品なのだ。


 ショーケースとクリアパーツ。

 二つの〈透明〉に遮られたフレームから内部の色彩を正確に視認することは難しい。

 〈スケルトンこいつ〉は、今までくすぶっていたのだ。

 魅せるべき部分色彩を見せられず。

 正当な評価を受けられなかったこんなもんじゃない、と

 

 …だから、『バーチャル・プラモデル・オンラインこの世界』で自由になって、こんなスキルが出た。

 

 




 



 ゴリラが動きを止め、左の巨砲に光が集まり始める。

 

 「さすがは古参プレイヤーだ。」

 

 〈ジーク〉への賞賛を、声に出す。

 しっかり、サルの一匹をゴリラから引き離したし、何なら倒せそうだ。

 〈ジード・フリート〉に〈リアルプラモ〉ほどの火力は無い。

 だからこそ、味方の誘引装置マーカーとして立ち回った。

 それは、一番前で常に強大なサルの攻撃を躱し続けるということ。

 初見の敵で、それができるのは確かな技術の証明に他ならない。

 

 機体性能が上でも、今の俺じゃあ無理なことだ。

 

 「〈ブースト〉!!」


 背中と脹脛ふくらはぎのバーニアから炎が吹き出し、爆発的な推進力が生まれる。

 身体は宙に浮き、時折ビルを蹴りながら進む。

 スキルを使用せずに最短、最高速で目標ポイントへと向う。


 倒れたサルを見て、勝機と判断したのだろう。

 プレイヤー達が倒れたサルの方へと集まっていく。

 〈バスターゴリラ〉はプレイヤーが一番多い所に左腕の巨砲とっておきをぶっ放すだろう。

 このままだと、〈ジーク〉やサルを引きつけてくれたプレイヤー達がまとめて消される。

 

 「頑張り過ぎだぜ…、〈ジークヒーロー〉」


 〈ジーク〉の様子からして、〈ゴリバス〉には気づいてる。

 今は、飛び回ってプレイヤーを射線から避難させようとしているな。

 

 「こりゃぁ、失敗できんね。」


 〈ジーク〉は俺からの要求オーダーを完遂した。

 初心者のできるかどうかわからない作戦に乗ってくれた。

 なら、次は俺の番だ。

 用意された見せ場でける様な無様はできない。


 

 倒れているサルとは別の個体のサル。

 そいつと目が合った気がした。

 奴は〈バスターゴリラ警護対象〉へと猛スピードで近づく俺を排除しようと動きだす。


 さて、第一関門だ。

 まずは、スキルを使わずにノーダメでこいつを抜けなければならない。

 

 〈ジーク〉との会話を思い出す。

 

 『いくら〈スケルトン〉の機動性でもサル二匹の攻撃をかいくぐって目標に向うのは無理だな』


 『こっそり近づいて目標ポイントの近くで待機すれは?』


 『被弾の恐れがあるからダメ。ノーダメージ必須なんだよ。』


 『でも僕が二匹引きつけるのはさすがに無理だよ?』


 『ああ、そこまで高望みはしないさ。一匹引きつけてくれるだけで十分だ』


 『十分って…わかってるの?』


 『何が?』


 『あのサル達は、たぶん〈ゴリバス〉の硬直時間を潰すために追加された奴等だよ。つまり硬直のタイミングで近づいてくる奴は優先して狙われる。…高確率で一匹は立ち塞がると思うし、周りのプレイヤー達は回避に動くだろうから、援護も期待できない。』


 『わかってる。ただまあ、もともと賭けだし、他にできることもない。…最低でもサル一匹とぶつかるのは確実、最悪の場合は二匹相手にすることも覚悟してるよ』


 『…了解した。じゃあ、サルの一匹は必ず僕の方で沈黙させると約束しよう』


 『おいおい、こっちは半分ダメ元のつもりで言ってるんだぜ?必ず、なんて大口叩いていいのか?』


 『フフッ、大口でもないさ。僕だけで立ち向かう訳じゃないし、〈リアルプラモ〉の性能は君に見せてもらった。それに』


 『それに?』


 『…これでも古参プレイヤーだ。意地でも近衛の一匹くらいはどうにかしてみせるさ…トッププレイヤー・第8位ナンバー・エイトの称号が虚名じゃないことを証明しよう。』


 ・・・カッコいいねえ。

 まさか、あんなセリフカッコつけが聞けるとは思ってなかった。

 思いだしたらニヤけてきたぜ。


 「そんじゃあ、初心者らしく古参プレイヤー様を参考にしましょうかね!!」


 テナガサル、お前が初見の敵だった時間はもう終わった。

 お前らは図体が無駄にデカいからな。

 後方からでも動きが良く見えたぜ。

 〈ジーク〉の動きも参考になった。

 距離を取らず、それでいて回避優先の立ち回り。

 二匹は無理だが、立ち塞がるのが一匹だけなら、すり抜けられる自信が俺の中にはしっかりある。


 サルが長い銀色の鞭となった己の腕を振り上げる。


 「ここぉ!!」


 テナガサルの攻撃方法は主に機械の腕を鞭の様に用いた広範囲のなぎ払い、そのラッシュだ。

 鞭を無茶苦茶に振り回して、大暴れする。

 その振りはあまりに早く、規則性はなさそうだった。

 鞭のラッシュが始まったら、ラッシュが終わるまで鞭の攻撃範囲から逃げないと高確率で撃墜される。

 それはつまり、後退させられることを意味する。


 そんな時間は無い。


 だから、チャンスは一度。

 振り回す直前。

 〈起こり〉の動作。


 すなわち、振りかぶり!


 観察していてわかった。

 ラッシュの一撃目。

 その最初の一打は必ず大振りだ。


 〈ジーク〉がこれでサルの背後を取ったのを見た時、俺はこれをやるしかないと思ったよ。


 テナガサルのが最大まで反り返り、振り下ろされ始める直前の瞬間。

 〈スケルトン〉は鞭に向って真っ直ぐ突っ込む。

 鞭の軌道は袈裟斬り。

 テナガサルは左手だけでバンザイしている状態だ。

 

 集中しろ。

 タイミングをミスったら木端微塵の大間抜けだ。


 振り下ろされる狂鞭。

 〈スケルトン〉にとっては十分な止めになり得る一撃。

 

 


 迫る・・・迫る・・・迫る・・・。

 

 「い・・・!!!」


 ま!!!!!!


 俺は、背中に二機あるバーニアの左側と右足の脹脛のバーニアを停止させた。

 バーニアが生きている左足と上半身を捻ってを動かし、姿勢を制御する。

 それによって、俺の身体は回転し、若干機動が変る。

 俺の〈スケルトン身体〉が空に向く。

 狂鞭が俺の背中を駆け抜けた。


 「〈ブースト〉ぉ!!」


 身体の向きが元に戻るタイミングで、バーニアを再点火。

 

 「よっしゃっぁぁぁ!!!!」


 バレル・ロール成功!

 

 バーニアや武装を稼働させるには稼働させたい部分に意識を向け、〈ブースト〉などの音声認証で起動の合図を送る必要がある。

 だが、切る時は音声認識は必要ない。

 〈停止〉させるという意識を向けるだけで良い。

 音声認証は恐らく〈ブースト〉の暴発を防ぐためだが、停止時にそれが必要ないのは、こういう変速的な機動を可能にするためだ。


 さっきまではバーニアを全て点火して、とにかく前に進むことしか考えてなかった。

 〈スケルトン〉のスピードは大したものだがその代わり、小回りは効かないのだと思っていた。

 だが、遠目に〈ジード・フリート〉の機動を見ていて、気づいたのだ。

 

 トップスピードを出しても、小回りは効かせられる。

 機体の負担とか諸々の弊害はある様だが不可能ではない。

 各バーニアのON/OFF、その指定。

 慣性など、物理エンジンの把握。

 〈ジーク〉達トッププレイヤーは自前のプレイヤースキルによってそれを可能としている。

 

 〈ジーク〉は音声認証を省略していたから、たぶんどっかでOFFに設定できるのだろう。

 後で、探してみよう。


 テナガサル障害物は抜けた。

 向う先はゴリラの正面。


 ボバッッッッ!!!


 「え?」


 後ろで破砕音。

 

 それと、風を切る音。


 裏拳!!

 切り返して来やがった!


 しなる腕が、まるで、俺に吸い込まれる様に向ってくる。


 テナガサルは振り向いていない。

 地面に腕を叩きつけた反動を利用して、跳ね上げのだ。

 それはわかる。


 だが、背後に回った敵にまで当てに来るとは思っていなかった。

 〈ゴリバス〉の護衛時のみの挙動なのか、バーニアを一部消したことで速度が落ちたからか?


 もう一度バレル・ロールは無理だ。

 今の俺にとってあれは、事前の予測と準備あってのテクニック。

 左足のバーニアだけのつもりが、全部のバーニアを消しかねない。

 イメージと慣れが必要なんだ。

 とっさにできるモノじゃない。

 

 クソ。

 これは当るぞ。

 詰めが甘かった。


 バチィィィィィィィィィィ!!!!!!


 一閃が



 煌めいた。

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