28話「性欲に飲まれし男と純情乙女」

 シスターブレンダが突風により俺と同じく壁の方へと押し飛ばされると、深月が慌てて怪我の有無を確認するように近付いていたのだが、どうやら彼女に目立つ外傷はないようで一安心していた。


 しかしそのあと俺がブレンダの元へと近付いて無理して歩かせないように横抱きにして抱えると、そこで相方が妙に格好良いことを口にして彼女に笑みを見せていたのだが、ここで水を差して雰囲気を壊すのも悪いかと思いつつも我慢できずに深月へと単純な疑問を投げかけてみた。


 そう、今のお前は下着姿だがそんな姿で大丈夫なのかと。


 だがそうすると当の本人でもある相方は自分が下着姿ということを完全に忘れていたようで、途端に顔を赤く染めて湯気を頭上から出しそうな勢いを見せると慌てて突風により吹き飛ばされた上着やズボンをかき集めていた。


 そして一番近くに落ちていたズボンを手に取ると深月は、


「こっち見んなよ! 絶対に見るなよ! 一度でも視線を感じたら絶交だかんな!」


 そう言いながら羞恥心を盛大に感じているのか声が上擦り放題でとんでもないことになっていた。けれどそれは捉え方によれば『見てくれ。絶対に見てくれ!』という意味にも解釈できてしまうので本当に危険だと言わざる他ないだろう。


「……え、えいっ!」


 短くも可愛い声が腕の中から聞こえてくると共に視界が一瞬にして漆黒に包まれると、またもやエルド王の仕業かとも思われるが、これは事情を察してくれたブレンダが自らの両手で目を覆い隠してくれたのだ。


「申し訳ない。助かるよシスターさん」


 彼女を抱えていて両手が使えない状態であるが故に感謝の言葉を伝えることしかできない。

 だがこの感謝の言葉は紛れもなく本物であり、あれだけ『見てくれ』と言われたら自発的に目を閉じることはほぼ不可能に近く、思春期男子の好奇心はそう簡単に止められる筈もないのだ。


「感謝の言葉は勿体無いです……。寧ろこれぐらいのことしか、お役に立てないので……」


 未だにブレンダの中ではエルド王の呪いを払えきれない事に対しての感情が溢れているようで言動が後ろ向きである。こればかりは直ぐに立ち直れるものではないと直感的に理解すると、例えるならば親にエロ本やパソコンの検索履歴を見られた時と同様の感覚なのではないだろうか。


 ……やばい。例え話で持ち出しといてあれなんだが、それは普通に実体験で家族会議まで開かれて公開処刑された日を思い出してしまった。ああ、今でも鮮明に思い出せる。

 家族の冷ややかな視線と共に机の上には暴かれた俺の性癖が鎮座する光景が。


 ――それから気分が一気に落ち込むと一種の賢者タイムにも似た感覚に陥り、全てに関して無気力となると深月の着替えが終わまるまで待つこと自体なんの造作もないことであった。


「よっし、これで大丈夫っと。おーい、もうこっち見てもいいぞー」


 着替えを終えたらしく相方の声が聞こえてくると、目元からブレンダの柔らかい手のひらが離れていくのだが、心なしか少しだけ名残惜しいと思えるのは気のせいだろうか。


 というか女性とこれほどまでに密着したのは何気に生まれて初めてのことかもしれない。

 これは多分だが一生の記憶に残ること間違いないだろう。てか現代日本でこんなことを普通にしていたら、まず間違いなく通報されてポリスメンに怒られてしまうしな。


 ああ、本当にここが異世界ということで助けられているぜ。

 それだけで思うならば創世神アステラも中々に捨てたもんじゃないかもな。


「おーう。それじゃあシスターさんを部屋まで連れて行くぞ。深月は扉を開けてくれ」


 返事をしつつ彼女を絶対安静のまま部屋まで連れて行こうとすると、そこに疚しい気持ちや感情は一切なくて、これは純粋に相方の為に奮闘してくれたブレンダのことを思うが故にの行動である。そう、言うなれば戦士には相応の恩を返すべきだということだ。


 ここで勘違いをして欲しくないのだが断じて、横抱きをしている時に彼女の柔らかな体を腕全体で堪能していたり、合法的に女性の部屋に上がり込もうと考えている訳ではないのだ。

 

 そんな気持ちは今の俺には決してない。それにここが教会だということを忘れてはならない。

 邪な感情や煩悩などは一番淘汰されるべきことであろう。


「えーっと……ブレンダさんはそれでいいのか? 言っちゃあなんだけどコイツ純粋な変態野郎ですよ?」


 だがそんなことを考えていた間に深月が何やら余計なことをブレンダへと尋ねていた。

 しかも人差し指を向けてくると共に目を細めて露骨に嫌な表情を見せつつ。


 恐らく相方は俺との付き合いがそれなりにあることから、あの会話だけで真の狙いに気づいたということであろう。

 まったく末恐ろしい奴であると同時に、これが親友というものかと少しだけ嬉しくも思える。


「へ、変態さんなんですか?」


 ブレンダから変態という言葉が躊躇いを見せながらも出てくると、もう流石にこれは駄目だろうという可能性が一番に浮かび上がる。


「……い、いいえ。心は紳士です」


 もはや自分でも何が言いたいのか理解できていないのだが、彼女が視線を一切逸らさずに向けてくると何も考えられないのだ。しかしここで忘れてはいけないのが俺は童貞であるということだ。

 

 そんな自分が可愛い女性から至近距離で見つめられたら一体何ができようと言うのだろうか。

 それによく見れば深月は笑いを堪えているのか、手を口元に当てながら肩を小刻みに揺らしている。どうやらこれは自身の下着姿を見られた事に対しての腹いせと見てまず間違いないだろう。


「で、でもいいですよ……。ユウトさんは私の命の恩人さんですからっ!」


 腕の中から聞こえてきたブレンダの声は優しくも温かみのあるもので、それは俺や深月が想像していたものとは真逆の反応でもあり、それだけ言うと彼女は恥ずかしそうに両手で自らの顔を覆い隠していた。


 とどのつまりブレンダは俺を部屋に招き入れることを許したということだ。 


「えっ、え――――っ!?」


 そして相方のほうから汚い悲鳴が劈くように響いて耳に届くと、それは呆気に取られて反応ができていない俺の分まで肩代わりしてくれていたのかも知れない。

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