29話「正気を取り戻し、相方は感謝する」

 シスターブレンダから無事に部屋へと入ることを正式に許可されると、自分の中で何かが揺らぐのを明確に感じると共に深月へと向けていた視線を腕の中へと落として彼女に戻した。


 そして今一度ブレンダの恥じらいの篭る表情を目の当たりにすると、彼女からは穢のようなものが一切感じられず、これは純粋な反応だとして直感的に理解できてしまうと不思議と心が浄化されていく感覚を受けた。


「こ、これは一体どういう……っ!」


 色欲にまみれた己の精神が徐々に溶かされていくのを実感しつつ、これがカタルシスを受けた者の気持ちなのかと不意に言葉が自らの意思とは関係なく飛び出していく。


 だがそうすると結果として自分はなんて邪な考えを先程までしていたのだろうかと、無性に気恥しい感情が一気に込み上げてきて腕の中の彼女を直視することができなくなる。

 

 しかしブレンダの純情な態度のおかげで無事に性欲という荒波から生還することができたのは事実であり、改めて先程までの自分が欲情という名の渦潮に呑まれていたことを客観的に自覚することができた。


「くっ、これは多分だが深月のせいだな……」


 邪な感情を芽生えさせたのは紛れもなく相方のせいだとして小声で独り言を呟くと、それは主に深月が女性の姿で初々しくも恥じらいの表情や仕草を無自覚で俺に見せていたからだ。


 だからその光景を多くみていたことで性欲という概念が次第に増幅して、それが結果として自身の中で理性という名の最後の枷が外れることとなり、こういう予期せぬ展開へと進んだのではないだろうかと。


 まあそれでも俺自身が深月を視界に入れないように努力すれば防げたという点もあるのだが……それでも下着姿で周りを彷徨うようにして歩いていたり、女性よりも女性らしい反応の数々を見せていたのは向こうの落ち度ではないだろうか。


「まったく、少しは女体化をしているという事実と危機感を持て! これでは俺の身が持たんぞ! いいのかっ!?」


 取り敢えず深月には女体化という凶悪な呪いを受けていることを本当に自覚して欲しいので、ブレンダを抱えた状態で無理やり人差し指を向けて強めの口調で言い放つ。

 そして願わくば自らの行いを恥じるようにして悔い改めて欲しいところでもある。


「は、はぁ!? なに言ってんだよ! こっちは充分に女体化の事実と危機感を持ち合わせとるわ! ていうか何で僕が雄飛に怒られないといけないんだよ!」


 すると相方は表情を歪ませて怒りを孕んだ声色で反論してくると共に人差し指を向け返してきた。しかし自分から注意の言葉を深月に掛けといてあれなのだが、正直に言うと今ここで言い争いをしていても仕方がないのだ。

 

「……はぁ、まあいいや。取り敢えず今は彼女を部屋まで運ぶから手伝ってくれ」


 短く溜息を吐きつつ体の向きを相方から逸らすと、ブレンダを部屋まで安静に運ぶ為に手を貸してくれるようにお願いする。

 そう、現状で優先すべき事は俺達の喧嘩を彼女に見せることではないのだ。


「むきっ! 何がまあいいやなのさぁぁぁぁ!」


 だがこの頼み方は失敗らしく深月からは聞いたこともない擬音と怒りの悲鳴が聞こえてくる。

 まるでヒステリックな女性が出すような叫び声に似ているが、まさかそういうことではないだろう。


 ――それから多少の揉め事は起こりはしたものの、なんとか相方に手助けされながらブレンダの部屋へと到着することができた。ちなみに深月に関しては扉を開けてもらう役割である。

 生憎と自分の手は使えない状態で彼女には極力無駄な動きをさせたくないからだ。


 しかしこれは流石は女性の部屋と言うべきだろうか、ブレンダの部屋には埃や汚れが一切なくて寧ろ果実のような甘い香りすら感じられるほどである。

 それと見るからに家具は少なてく必要最低限の物しか置かれていない印象だ。


 あとこれは完全に余談となるのだが彼女を横抱きで運んでいる最中は、まるで大地に咲く花々のようにおおらかな気持ちでいられることができたのだ。


 もしかしたらブレンダにはシスターとして特殊な力を有していて、それが俺の心に直接作用してカタルシスを与えているのではないだろうか。


 ……いや、まあ知らないけどさ。そもそもシスターって初めて見たぐらいだしな。

 けれど今はそんな戯れ語を抜かしている場合ではなく、彼女をベッドの上へと乗せて安静にさせないといけないという重大な使命があるのだ。


 それは例えるならば割れ物を扱うように繊細な動きでベッドの上へと寝かせることが重要となる。それは寸分の狂いもなく行われる必要があり、額に滲む汗が目に入ろうとも耐え忍ばないといけないこと。


「……よし、これで大丈夫だな。改めて本当に今日は色々とすまない」

 

 そして全てを乗り越えた先にブレンダの体はベッドの柔らかなシーツに委ねられると、透かさず今日の一連の出来事を詫びるようにして頭を下げる。

 だがその直後に隣からは対照的に深月が弾む声色で、


「呪いを払おうとしてくれて、ありがとうね! 本当に嬉しかったよ! また今度一緒にご飯でも食べようね!」


 感謝の言葉を口にしつつ笑顔でブレンダの手を握り締めて握手を交わしていた。

 どうやら相方はこれ以上、彼女に対して自責の念を与えたくないのだろうと、この時見ていて何となくだが分かった。


 敢えて感謝の言葉を使うことで相手の気持ちを和らげてあげることができる。

 それは謝罪の言葉を言われるよりかは遥かに気が楽になることは間違いなく、俺にはまだ女性の心というのが理解できてないことを自覚させられた。


 もしかして深月は女体化しているが故に女性の気持ちというのが理解できているのかも知れない。仮にそうだとしても今だけはそれに救われていることは紛れもない事実であるのだ。

 ならば唯一、女体化して得をした部分と言えるだろう。……それでも損害は多い気がするけど。

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