22話「見習いシスターと恐怖する相方」
シスターブレンダが奥の部屋から呪いを払うために使うであろう道具を両脇に抱えて出てくると、それらを慌ただしく床に置いて準備を始めたのだが、俺としてはそれをただ見ているのは気が引けてしまい、何か手伝えることはないかと申し出たのだがあっさりと断られてしまった。
恐らく見習いシスターとして受けた仕事は自分自身の力のみで最後まで行いたいのだろうが、その気持ちが空振りしないようにと願うことしか出来ずに、再び深月の隣へと腰を下ろしてブレンダの言う準備とやらが整うまで待つことにした。
「なんか手出し無用って雰囲気だね」
そして隣では深月が彼女の慌ただしい行動を見ながら、依然として脹脛を両手で揉みながら呑気な事を呟いていた。
「そうだな。でも全てはお前の呪いを払う為に動いて貰っているんだ。ちゃーんと有難い気持ちをブレンダさんと神に捧げとけよ」
相方へと顔を向けつつ人差し指を立たせて言うと、いついかなる時でも自分の為に何かをしてもらうという行為に感謝の気持ちを忘れてはならないのだ。
もしそれを忘れてしまうと人は大切な何かを一つ失う事になるだろう。
……そう俺は親から教育されたのだが、いまいち何を失うのか未だに分からないんだけどな。
まあそれでもやはり感謝の気持ちは常に持ち続けて生きて行きたいものだ。
「言われなくとも感謝しているよ。でもさ、よくよく考えてみればこの世界の神って創世神アステラなんじゃないの?」
手の甲を自身の顎下に当てながら深月は真面目な声色を出して聞いてくると、確かにこの世界の神はアステラであるということは周知の事実であることは明白だ。だがそう改めて言われると何だか、あの神に対してだけは不思議と感謝の念を捧げたくない気持ちとなる。
「んー、じゃあ感謝の念はブレンダさんだけに捧げておくか」
「えっ、切り替え早っ!? ……だけどそうだね。きっとそれがいい」
深月は何やら驚いたように声を高くさせて出していたが、それでも考えは俺と同じようで一緒に準備を行う彼女に熱い視線を向けつつ、各々で自身の右手を包むようにして左手を添えると、精一杯の感謝の念と共に祈りを視界の真ん中に映るブレンダという名前の見習いシスターに捧げた。
「えーっと、あとは教会内を真っ暗にして……それからあとは――」
俺達が色々な感情を彼女へと捧げて五分ぐらいが瞬く間に経過すると漸くブレンダは蝋燭やら魔法陣の絵が描かれた敷布の準備を終えたようで、今度は腰を上げて立ち上がるとそんな事を呟きながら教会内の暗くさせようと早歩きで全てのカーテンを締め始めた。
するとあっという間に教会内は深淵の霧に包まれたように漆黒色に染まると、この建物内で唯一の明かりと言える物は先程彼女が準備していた蝋燭数本に灯された僅かな火のみであった。
それからブレンダが全てのカーテンを締めたことを確認したあと、魔法陣の描かれた敷布のへと再び小走りで戻ってきた。ちなみに敷布の周りには数本蝋燭が設置されていて、いかにも儀式が行われそうな雰囲気を漂わせている状況だ。
「それでは全ての準備が完了致しましたので、これよりミツキさんに掛けられた呪いを払っていきます」
彼女は薄暗い教会内で視線を深月へと向けると、それは呪いを払う為の準備を整え終えたということを意味していたようで、俺達は同時に長椅子から腰を上げて立ち上がると、足元に気をつけながらブレンダの元へと近づいていく。
「お、お願いします……」
声を震わせながらも深月は言葉を口にすると、これは推測なのだが教会内の禍々しい雰囲気に圧倒されているのだろう。そもそも相方は暗いところや幽霊関連が大の苦手だからな。
こんな真っ暗な場所で明かりが蝋燭だけという状況はかなり正気度を削られているに違いない。
「はい、こちらこそお願いします」
妙に力の篭る声色と表情を見せてブレンダは小さく頭を下げると、そのまま聖餐卓の上に置かれていた手のひらぐらいの大きさの十字架を掴んで握り締めていた。
それから彼女は表情をより一層引き締め直して深月へと顔を合わせると、
「まず最初にどんな呪いがミツキさんを蝕んでいるのか確認致しますので、この魔法陣の絵が描かれた布の上へと立って下さい」
例の怪しげな敷布の上へと立つように右手を向けながら促していた。
「は、はい!」
言われて相方は敷布の前へと立つのだが、何故かそこで日本人精神が全面に出たのか、自身が履いていた靴を脱いでから布の上へと足をゆっくりと乗せていた。
そして深月がブレンダに指示された通りに魔法陣の絵が描かれた真ん中へと立つと、そこで更に緊張感が爆発したのか握り拳を固めながら目が物凄く泳いでいた。恐らく緊張感の他にも別の感情が込み上げてきているのだろう。そう、それは多分だが恐怖という感情であろう。
だが安心して欲しいのだが俺だって呪いを払う為に、蝋燭数本の明かりに囲まれた薄暗い部屋で意味深な絵が描かれた布の上に立たされたら、言い知れぬ恐怖が込み上げてくることは必須だ。
なんせこんなのテレビや漫画でしか見たことのない状況で、さながら悪魔が降臨しそうな雰囲気が周囲に立ち込めているからだ。
「まあ実際に行うのは呪いを払うという行為で真逆のことだけどな……ははっ」
何一つ上手いことが言えていない自分自身の言葉に乾いた笑い声が出て行くが、どうやら今から本格的に呪いを払うという行為が始まるようで、ブレンダが人差し指を自身の唇に当てながら口を閉じるように伝えてきた。
それに対して俺は口を固く閉じると頷いて返事をするが、そのあと彼女は左手に握り締めていた十字架を自らの顔へと近づけると、両の瞼を閉じながら何やら小さな声で意味不明な言葉を呟き始めていたが、それから数秒が経過すると徐に左手を伸ばして光輝く十字架を深月へと向けるのであった。
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