13話「半裸の大男は良い人なのか?」

 無事にギルドの中に入ることが出来ると、そこには漫画やゲームでしか見たことのないファンタジー顔をした人が大勢いて謎の興奮に駆られていると、隣ではまるで聖地巡礼を果たしたオタクのように呆けた顔を晒していた深月が意識を溶かして一歩も動く素振りを見せなかった。


 そしてそんな最中に俺がギルドの受付らしき場所を見つけると、取り敢えず冒険者登録を済ませないといけないとうことで、意識がチーズフォンデュのように溶けた相方を引きづりながら受付へと目指して歩みを進めるのであった。


「深月! 俺たちの目的を思い出せ! こんな所で感動していたら、この先身が持たないぞ多分!」


 女体化しているせいなのか元々軽いのか分からないが引きづること自体はそんなに苦でもないのだが、如何せん相方が先陣を切らないと受付に着いたとしても何をしたらいいのか分からないのだ。だからこんな所で一々固まられると本当に困る。


 ――がしかし深月を引きづりながら受付へと近くと、その行為は悪目立ちしたのか酒場の方から一人の半裸の大男が徐に席を立ち、こちらに近付いてくる光景が視界の端に映り込んだ。


「うわっ、まじかよ……」


 その如何にも輩に絡まれそうな雰囲気に思わず手を口元に近づけてしまう。

 だが尚もその大男は一直線に俺たちの元へと歩みを進めていて、これは確実に洗礼という名の暴力を振るわれる展開な気がしてならない。


 ここのルールを体に刻み込んでやるぜ的なことを言われながら、本気のグーパンチを繰り出されて晒し者にされるのではないのだろうか。

 しかしそんなことを考えていると相方はいつのまにか意識を取り戻していたようで、

 

「ちょちょっ!? なんかやばそうな大男がこっちに近付いて来てるぞ!」


 途端に声を荒らげると俺が抱えていた腕を振りほどいて流れるような動作で背後に隠れた。

 だがそれでも大男の進行は止まらず、何なら既に視線ががっつりと合わさり下手に動けない状況である。


「ど、どうするよ! 雄飛!」

「大丈夫だ。殴られそうになったら俺が相手をする。だから深月は隙を見つけて逃げてくれ」


 背後では相方が俺の制服を掴んでいるらしく手の震えが鮮明に伝わるのだが、最悪の場合戦闘が回避できない状況の時は深月だけでも逃がす時間を稼がねばならない。

 ここで仮に怪我をして後のことに影響が出たら、それこそ本当に詰みとなりかねないからだ。

 

 それにこれは自慢ではないのだが俺は喧嘩で一度も負けたことがないのだ。

 やるならそれ相応の覚悟をすることだ半裸の大男よ。必ず四肢の一部は破壊してやる。


「ふっ、殴っていいのは殴られる覚悟のある奴だけってか」

 

 ふと頭の中で有名な台詞が浮かんでくると自然と呟いていたが、本当にその通りだと今なら思える。それから大男が俺の間合いに足を踏み入れると、拳を握り固めていつでも殴れるように体制を整えた。


 そして半裸の大男が俺たちの目の前で足を止めると、いきなり両手を広げてきて――――


「ようこそ、リベルタの街へ! 冒険者登録なら向こうで、食事ならあっちだぜ!」


 活気の良い声を出しながら人差し指で受付と酒場の方を示すと、そのまま半裸の大男は再び酒場へと戻るべく足を進ませて俺たちの前から姿を消した。だがその一連の突拍子もない行動を目の当たりにして、呆然としてしまうと何も反応できず返す言葉すらもでなかった。


「い、一体なんだったんだ? あの半裸の大男は?」


 そして大男が去り一分程が経過すると漸く口を開くことが出来た。


「た、多分だけどあれは色々と教えてくれるお節介タイプの人なんじゃないかなぁ……。ゲームで例えるなら序盤でチュートリアルを教えてくれる人だね」


 そのあと深月が何処か煮え切らない表情を浮かべながら言葉を口にすると、それは大男がただの親切な人ということであった。だが確かに思い返してみれば受付を探していたのは事実であり、尚且つギルドに入ること自体が初めてで何が何やら状態ではある。


 もしかしてあの大男は俺たちがギルドに入ってから、ずっと気に掛けていてくれたのだろうか? 

 だとしとら俺はなんて罪深いことを思ってしまったのだろう。ただの親切な半裸の大男さんに対して四肢を破壊してやるなどという暴言を……。


「そ、そうなのか? 見た目だけなら歴戦の冒険者に見えたからつい……」


 先程の半裸の大男を目で追いながら言うと、その風貌は確かに猛者のそれであるのだ。

 スキンヘッドの頭に筋肉が異様に発達して体格のいい腕や胸には多くの傷跡が刻まれていたのだ。それはもう誰がどうみても歴戦の冒険者か、柄の悪い輩という二つの見方しかないであろう。


「ああ、だからこそさ。きっと彼は幾度の修羅場を越えて、今は新人の育成に人生を費やしているんじゃないかな」


 両腕を組みながら深月は半裸の大男の人生について語ると何度も頷いていた。


「本当かよ……。まあ深月が言うのらそうかも知れないな。それより早く受付に行こうぜ。やるべきことがあるんだろ?」


 肩を竦めながら相方の言葉に反応を示すと矢継ぎ早に受付へと向かうことを促す。

 そうすると深月は両手を小さく胸の辺りで合わせて、


「おっと、そうだったね! じゃあ無駄話はこれぐらいにして冒険者登録を済ませよ。じゃないと日銭すら稼げないからね」


 そう言いながら先頭を歩き出すと俺たちは再び受付へと目指して足を進めた。

 何でも深月曰くギルドでは冒険者登録を済ませないと仕事が貰えないとのことらしいのだ。

 

 ――それから今度は特にイベント事も発生することはなく、無事に受付の列に並ぶことが出来ると自分たちの順番が来るのを只管に待つ。


 どうやら今の時間帯は混み合うようで目の前の冒険者たちは皆一様に紙切れを手に携えていて、恐らくクエストの受注をしようとしているのではと異世界知識博の深月は言っていた。

 そして五分ほどが経過して漸く俺たちの順番が来ると相方が先陣を切り、


「すみません。冒険者登録をしたいんですけども」


 受付の美人お姉さんを目の前にしてもコミュ障を発動させることなく話し掛けていた。


「はい、冒険者登録ですね。ではこちらの紙にお名前の記入をお願いします」


 慣れた手つきで受付のお姉さんが人数分の紙とペンをカウンターの引き出しから取り出すと、それらを纏めて俺たちに渡してくるのであった。


 だが見たところ発行手数料なるものは取られないようでまずは一安心だ。

 まあ後々言われる可能性が無きにしも非ずだがな。

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