10話「彼の地にてオタクは優秀」

 もの悲しげな表情を見せている深月は、この街に到着するまでの道中で『異世界の冒険って楽しそうだなぁ』と声を弾ませて呟いていたのだ。

 それは常日頃から異世界系のラノベを読んでいたから尚の事であろう。


「はぁ……。まあでもお前だけでも勇者一行に加われば、最悪魔王ぐらい倒せていたかもな」


 視線を合わせながら顎を自らの手に乗せて不服そうに呟く深月ではあるが、一体その根拠は何処から湧いて出てくるのだろうか。


 だが確かに仮に魔王を討伐出来たとすれば、願い事で俺と深月を日本に帰してもらうようにアステラに頼む事はできたかも知れない。

 ……だがそれでも俺とて譲れない部分があるのだ。


「親友を目の前で侮辱されて、そんな奴らと一緒に旅が出来るわけがないだろ。それに可能なら俺はお前と一緒に魔王を倒したいしな!」


 そう、これこそが紛うことなき俺の本心なのだ。初対面の時点で深月を侮辱した罪は重い。

 それにあのまま勇者一行の仲間となっていたら、残された深月は一体どうなるというのだ。

 唯でさえ見た目が美少女へと変貌して人目につきやすいというのに。


 これでは中世時代あるあるの一つの奴隷商人に捕まり、何処ぞの貴族の元か売春宿に売り飛ばされてしまうこと間違いない。俺は勇者一行と話をしていた時に瞬時にそこまでの予想を立てていたのだ。


「そ、そうか。急にそんなことを言われると……なんだか体がむず痒いな。ははっ」


 少し間呆然としていた深月だが小さく笑みを浮かべると、両頬を僅かに赤く染めて体をもじもじとさせていた。

 その仕草は男がやれば目が腐る行為ではあるが、銀髪赤目の美少女がすれば効果は抜群だ。

 

 既に心臓は高鳴りを越えて物凄い勢いで全身の血を循環させている。若干息苦しさまで感じる始末だ。だがそれはつまり深月がそれほどまでに罪深い存在であるということ。

 これでは魔王討伐よりも先に女体化を何とかしないといけない可能性が出てくる。 


「ふっ、それはあれだな。女なら惚れていたという奴だな」


 取り敢えず冷静を装いつつ冗談めいた言葉を使用して更に場を和ませようと試みた。

 これで沈んでいた深月の気分も少しは回復すること間違いないだろう。


「ああ、そうかも知れないな」


 一切の曇りない顔を見せて返事をする相方。その声はしっかりとして尚且つ真っ直ぐであることが感じられる。しかしその返事は予想外のものであり、俺としては『何を言ってんだ!』と言いながら深月が頭を叩いてくる事を予想していたのだがな。


 けれどその屈託のない表情を見て視線を惹かれていると、


「あっ、いや……すまん。今のは忘れてくれ」


 直ぐに相方は顔を背けて正気を取り戻したような言葉を口にしていた。

 

「お、おう。わかった」


 恐らくこの場での最善の返事はこれしかないだろうとして頷く。

 お互いに何も聞かなかったことにする。これが現状で一番良い策なのではないだろうか。

 

 しかし場を和ませる為に口にした冗談の言葉が、こんな気はずかしいことになろうとは。

 これからはもう少し言葉を選んだ方がいいのかも知れないな。


「取り敢えず、その女体化を解かないと魔王討伐もなにもあったもんじゃないな」


 そして気を取り直すと壁に背を預けながら深月に女体化のことを言うと、頭の中にはあの時の魔女の顔が鮮明に蘇り自然と握り拳が震えていた。

 すると相方はそれを見て右手を小さく伸ばし縦に振ると、


「落ち着け落ち着け。だがまあ……そうだね。雄飛の言う通り、まずは女体化を解かないと話は進まない訳だ」


 宥めるように声を掛けたあと人差し指を徐に立たせて言い切った。

 どうやら俺達の考えは一致しているようだが、重要なのは女体化を解く方法を知らないということ。


「だけど女体化を解く方法なんてあるのか? そもそもこの世界の常識すら俺達は知らないぞ?」


 そうなのだ。女体化を解く方法を知る以前の問題としても世界の常識や政治事情など知るべきことは多く有り、考えれば考えるほどに悩みが尽きることはなく無造作に湧いて出てくるのが現状だ。


 しかし一番手っ取り早い手段があるとするならば、それは相方を女体化させた張本人でもある例の魔女を探し見つけることだろう。


 だけど異世界に来てまだ数時間程度の俺達には金や情報という何もかもが不足している状態だ。

 故に最初に俺達がすべきことは金稼ぎと情報収集なのではないだろうか?


「うーん、今更だけど僕達って一文無しだよね。これだと情報を買うことは疎か、この世界で生きていく為の生活費すら無い状態だ」


 頭を悩ませているか眉を顰めながら深月は口を開くが、その口振りには何処か余裕のある雰囲気が垣間見れた。もしかして相方には何か妙案でもあるというのだろうか。

 仮に妙案があるとするならば気になる所ではあるが、


「ああ、そのことについては俺も考えていた。だけど、どうする? この異世界にアルバイトとかあるのか?」


 一旦先走る気持ちを抑えて金の稼ぎ方について尋ねることにした。


「うむ、もちろんだ! 寧ろ金も集められて情報も得られる一石二鳥の場所を僕は知っている!」


 すると相方は途端に無邪気な子供のような笑みを見せると共に声に自信を持たせて言っていた。

 その余りにも得意気な顔を見せられると逆に不安に駆られるのだが、


「そうなのか? だったらさっきの話は一体なんだよ……」


 それと同時に肩の力が抜けていくと一筋の希望もまた見えた気がした。

 やはり深月は異世界に関しては最強の知識を誇ると言っても過言ではないだろう。

 

「まあまあ、いきなり答えを言っても面白くないじゃないかぁ」


 相方は小悪魔のように片目を閉じながら言うと今度は人差し指を小さく左右に振る。


「は、はぁ……」


 その仕草を見て自然と溜息が出るが、これが美少女がやると普通に可愛いから本当に罪深い。


「ずばり! 異世界物の定番でもあるギルドに行こうと思う!」


 そして深月は自慢気に声を高らかにして言うと、今の相方からは全体的に好奇心に駆られているような雰囲気が漂う。恐らくこの言葉を使いたくて辛抱たまらなかったのであろう。

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