9話「追放」

 分厚い石造りの壁に覆われた街へと到着すると、そこでは検問のようなものは一切なく誰でも街へと入れるみたいで、特に困ることは何もなかった。


 しかし仮に検問が行われていたら、まず間違いなく俺と深月は怪しまれて門前払いを受けていただろう。理由としては実に簡単で服装が怪しいからだ。まあ例え何かしら面倒事が起きたら、深月を上手いこと利用して掻い潜るしかないだろう。


 当の本人の相方でさえ女体化を利用出来る所は利用してやらないと元が取れないとか口にしていたから、恐らく女体化自体は良いが呪いを受けたような感じで癪な部分があるのだろう。


 それから街へと入り込むとこの異世界に来て初めて神や魔女の他に普通の人という存在に出会う事ができて、周りを見渡せば中世時代のような服装を身に纏う男性や女性が多く街中を歩いていた。


 そんな光景を見て本当に俺達は異世界に来たのだと改めて実感すると共に、隣では深月が好奇心に抗えないような顔をして至る方向へと視線を向けていた。

 どうやら異世界の建物や人々を現実に見る事が出来て相当に嬉しいらしい。


「んじゃま、あとは勇者一行と合流するだけだし適当に街を見ながら歩くか?」


 相方の思いを汲み取り街中を見学するかどうか尋ねると、どのみち勇者一行とはこの街で合流出来る筈だとして、ならば適当に歩いていればそのうち会えるだろうと一つの案を告げた。


「うんっ! そうしよう!」


 すると深月はその言葉を待ち望んでいたのか満開の桜のように綺麗な笑顔で返事をしていた。

 そのあと俺達は勇者一行を探しつつも、しっかりと異世界の文化に慣れるべく街の散策を行うと、この街には多くの店があることが分かった。


 一般的に食事をする場所や、食べ物を販売している露店もあり、特にその中でも男心を擽るような武器防具を販売している店が多くあった。


 深月はその店を見ては終始中に入りたそうにしていたが今の俺達は一文無しだ。

 仮に店の中に強面の店主がいたら絶対に何か一つ物を買わされる未来が見えて仕方がない。


 ちなみに俺としては露店で食べ物を販売していたお姉さんが美人で普通に見蕩れてしまった。

 きっとお金があれば深月と同様に店で何かを購入していたに違いない。

 やはり商売というのはどれだけ美女を店先に置けるかどうかだろう。


 そして街を見学し始めて三十分ほどが経過すると、まだまだ見てない場所は多くあるのだが否応なしに足を止めざる得なかった。

 何故なら前方から如何にも勇者一行と思わしき人物達が近づいて来ていたのだ。


 人数としては三名ほどで全員が女性であり見た感じで説明するのであれば、真ん中を歩く者が片手剣を腰に携えていて顔は宝塚系で女子からモテそうな雰囲気を出している。

 

 それから宝塚系の右側を歩いている者が恐らく魔術師だろう。

 褐色肌で極めて露出の高い服を着ていて尚且つ宝石を嵌め込んだ大きな杖を携えている。


 だが俺達が街の外で助けた魔女とはまた別の印象を強く受けるようだ。

 この世界では魔女という概念はあやふやなのだろうか。


 それと宝塚系の左側を歩く者は恐らく盾役のシールダーだろう。

 一見して小柄な体格をしているのだが背中には大盾が備えられているのだ。

 しかし気になることに、その者はオッドアイなのか左右の瞳の色が違うようだ。


「あっ!? あ、あれはもしかして……!」


 すると一行の魔術師が俺の視線に気が付いたのか顔を向けて何やら呟いていた。

 けれどその女性は何の躊躇いもなく小走りで近づいて来ると、


「貴方様こそが! 異界から来られし戦士様ですね!」


 そう言いながら笑顔で俺の手を両手で握り込んできた。

 女性に手を握られることは初めての経験で何とも気恥しい感覚を受けるが、ここで慌てると童貞だということを悟られるかも知れないので平常心を維持する。


 なんせ女性だらけの勇者一行で童貞なんぞという事が発覚すれば、旅の道中で弄られること間違いないからだ。仮に男が居ればまだ気持ち的に余裕は出来たのだが、生憎と相方は今や美少女となり寧ろ敵側の存在だ。


「如何にも! 僕達が異界から召喚されし者でっす!」


 だがそんな俺を他所に隣では深月が胸を張りながら自慢気に答えていた。

 しかしその言葉を勇者一行の面々が耳にすると全員の顔が一瞬で強張り、


「はぁ? 巫山戯た事を抜かしてるんじゃないわよ。貴女の何処か異界から召喚されし者よ。確かに服装は見たこともない物を着ているようだけど」


 魔術師の女性が辛辣な言葉を口にすると道端に吐き捨てられたガムを見るような冷たい視線を相方へと向けていた。

 そして残りの面々も同様の意見なのか頷きながら冷ややかな視線を深月に向けている。

 

「い、一体どういうことなんだ?」


 その突然の出来事を目の当たりにすると勇者一行に事情を尋ねる。

 先程まで普通の雰囲気だったというのに今では吹雪が荒れているような感じだ。

 

「私が説明させて頂きます。戦士様」


 すると途端に勇者一行の全員の顔が笑みへと変わり、その余りにも露骨な態度の変化に不信感が募るが、どうやら宝塚系の女性が事情を話してくれるらしい。


「伝承では異界の戦士は二人とも男だと伝えられているのです。だから貴様のような者が異界の戦士である訳がないのだ」


 まるで異物を見るような視線を深月へと向けてはっきりと言い切ると、相方は体を僅かに跳ねさせて反応していた。


「ああ、まじかそうなるのか」


 事情を聞いて頭が重くなると一体どうするべきかと考えるが直ぐに妙案が浮かぶ訳もなく再び視線を深月へと戻すと――――勇者一行から向けられる視線の圧に負けたのか涙目で体を震わせていた。


「そう言えば自己紹介がまだでしたね」


 それから宝塚系の女性が軽い咳払いをしたあと、こんな雰囲気だというのに自己紹介を行う気でいるらいし。


「改めて初めまして。私はこの世界で勇者の役割を神から任されました【エイダ=ガーネット】と申します。よろしくお願いします。異界の戦士様」


 軽いお辞儀を披露して宝塚系の女性……もといエイダが自らの名前と素性を明かしていくと勇者というのは神が選ぶ者のようで、某RPGのように聖剣を引き抜いて選ばれるとかではないようだ。

 それに見たところ彼女の年齢は十九ぐらいであろう。


「あっ、じゃあ次は私ね。名前は【エルザ=ローゼンミュラー】と言うわ! 見ての通り魔術師よ。得意分野は火炎魔法だから、お姉さんに近付き過ぎると火傷しちゃうわよ!」


 やはり俺の見立てに間違いはなくエルザは魔術師のようであるが、後半の言葉には何か意味があるのだろうか。ちなみに彼女の年齢は多分だがギリギリ二十前半だと思われる。


「最後は私だね。初めまして異界の戦士様。私の名前は【カトリーヌ=リュミエール】と言います。仲間の中では一番小柄だけど力だけは誰にも負けないので盾役を担っています。よろしくお願いしますね」


 自分の身長よりも大きな盾を背負いながらカトリーヌが自己紹介を述べると、確かに力だけは誰にも負けなさそうな雰囲気がある。これは年齢の予想が難しい所だが十八ぐらいではないだろうか。


 しかしオッドアイについては何も言わないのだろうか?

 少しばかり気になるのだが、あまり他人のことに首を突っ込んでも仕方がないか。


 残すは俺達の自己紹介だけだが正直に言うと名乗りたくないのが本音だ。

 なんせ相方を蔑ろにして泣かせたからだ。


 だけど一般常識的に考えて相手だけに名を言わせるのは御法度。

 それをしてしまえば俺も勇者一行と同じ人間となってしまうのだ。

 だからこれは致し方ないことであろう。


「そ、そうか。俺の名は鬼塚雄飛だ。それからこっちが――」

「ああ、そちらは結構です」


 深月の名前も同時に伝えようとしたのだがエルザが冷たい声色で阻止した。


「あ、そうだ。貴女の魔眼で雄飛様のステータスを見てみたらどう?」


 なにを思いついたのかカトリーヌが両手を叩いてエルザに魔眼という言葉を口にしていた。

 この異世界にはそういう物まで存在するのだろうか。

 だとしたら凄く格好良いのだが今はそんな悠長なことを抜かしている場合ではない。


「それはいい提案ね! さっそく見てみましょう!」


 彼女はカトリーヌの提案を受け入れたようで両の瞳を緑色に輝かせ始めると、手を顎に当てながら睨みつける勢いでじっくりと観察するように見てきた。


「こ、これは……み、みみ、見たこともない能力を有しているわ! やっぱり貴方様が異界から来られし戦士! うっ、あまりの強さに視界が……っ」


 それから暫くしてエルザが声を詰まらせながら言葉を発すると、最後は両目を閉じて痛そうに表情を歪めると全身を左右に揺らしながら後退していた。しかも何処となく興奮しているようで息遣いも荒いようだ。


「な、なんかすまん。……あっ、そうだ。その魔眼とやらで深月のことも見てくれないか? そうしたら俺と同じだって事が分かるはずだ」


 一体エルザは俺の何を見たのだろうかと少しだけ背筋が寒くなるが、それでも魔眼とやらで何かが分かるのであれば恐らくそれは深月にも同じことが言えるのではないだろうか。


「……雄飛様の頼みごとなら仕方ありませんね。ほら、そこの貴女。ここに真っ直ぐ立ちなさい」


 一瞬だけ表情を露骨に嫌そうにしていたエルザだが、俺の頼みということもあり渋々受け入れたようだ。


「は、はい……」


 言われた通りに動く深月だが完全に意気消沈している様子だ。

 それからエルザが再び魔眼を発動させると上から下へと観察するように顔を動かすが、


「ふっ」


 全ての期待を裏切るように鼻で笑う反応を見せていた。


「やっぱり、貴女は異界の戦士ではありませんね。全然能力が高くないです」


 肩を竦めて顔を左右に振ると彼女は溜息を吐いて呟くが、それは一体なにがどうしてだというのだろうか。俺と深月は一緒の場所から転生されて何一つ違う所はないというのに。


「ま、まじなのか。俺TUEEEすらできないのか……女体化までさせられたのに……。もうやだ異世界なんて嫌い日本に帰りたい」


 改めて面と向かい自身の事を告げられると深月はこの世の終りのような顔を見せて、口からエクトプラズムが飛び出しそうな雰囲気を醸し出していた。


「これで納得していただけましたね。それでは改めて雄飛様、私達と共に魔王を討伐する為に一緒に世界を旅をしてくれませんか?」


 そう言いながらエイダがその場に片膝を付けて手を伸ばしてくると、その後に続いてエルザやカトリーヌも同様に地面に片膝を付けて視線を合わせてくる。


 だが勇者の騎士のような振る舞い方は顔立ちを含めても宝塚を彷彿とさせ、恐らくこの場に同年代の女子達が居たらこぞって手を取ること間違いないだろう。


 それにエイダは何処ぞの貴公子のような容姿をしていて、なんだか見ていると自然と苛立ちが込み上げて仕方ない。やはりイケメンというのは、いとも容易く性別という垣根を越えてくるのだろうか。


 しかしそれでも気持ちを押し殺して抑え込むと、


「あー、ごめん。俺は深月と一緒に魔王を討伐するよ」


 相方の肩に手を乗せながら全員に伝える。

 これは俺の本心で別に深月を気遣うとか、そんな甘いことでは断じてない。


「ど、どうしてですか?」


 すると当然の如くエイダが聞き返してくると勇者一行の面々は無論のこと、当の本人でもある深月ですら口を大きく開けて唖然としていた。

 恐らく誰ひとりとして誘いを断るなんて微塵も考えていなかったのだろう。


「まあ理由は色々とあるんだが、一番は俺がそう思ったからだ」


 本当の理由なんて他人の気持ちに寄り添える者しか分からないだろう。

 つまりそれが分からないのであれば、その程度の者たちということだ。


「ってことで俺達はもう行くから。お互いに頑張ろうなぁ! またな――っ!」


 だから今ここでエイダたちの誘いを断ると、あとは勢いで押し通し深月を抱えて急いでその場を後にすることにした。

 その突然の出来事に勇者一行は呆然とでもしていたのか、


「ま、待って下さい! 別に雄飛様を追放する気はないのです! ですからお待ちを――っ!」


 僅かに間が空いてから背後からエイダの叫び声が木霊していた。

 けれどそれを只管に無視して何処かも分からぬ街中を突き進んでいくと、運良く人気のない場所へとたどり着く事が出来た。

 

 そこで漸く相方を下ろす事が出来ると一刻も早く謝罪するべきだと、


「すまない。俺のせいで辛い思いをさせた」


 土下座の姿勢を取ると共に額を地面に擦りつけて全身全霊で謝る。


「別にいいよ。女性から小言を言われるのには慣れてる。まあ、それでも面と向かって全員がボロクソに言ってきた時は流石に泣きそうだったけど」


 自身の長い髪を人差し指に絡ませながら何処か悲壮感が漂う感じで言葉を呟く深月。

 その姿を目の当たりにすると更に罪悪感が込み上げてきて、俺が勇者一行と合わさなければこんなことにならなかったと額を地面に力強く擦りつける。


「お、おい血が出てるじゃないか! 本当にもういいから頭を上げてくれ!」


 額に生暖かい違和感を覚えると相方が身を屈ませながら声を掛けてきた。

 それから罪悪感故に言われた通りに謝罪を辞めて立ち上がると、垂れてきた血を制服の袖で拭おうとしたのだが――


「ああ、やめとけ。血とか染みになると取れないからさ」


 それを止めるようにして深月が矢継ぎ早に口を開くと、そのままポケットからハンカチを取り出して代わりに血を拭いてくれた。


 だがその言葉を聞いて幾つかの思考が即座に答えを導き出すと、今相方が制服の上に着ている白色のコートに俺の血が大量に付着していることを、少なからず怒っているのではないだろうかと予想した。


 ならばやるべきことは単純明快であり再び土下座の姿勢を素早く取ると、

 

「もう謝らなくていいから! しつこいぞ逆に!」


 謝罪の意を伝えるよりも先に深月が強めの口調で止めてきた。


「だ、だけどお前のコートが……」


 弱々しい声色となるが視線をコートへと向けると、既に血が付着した部分は乾いて茶色へと変化していた。


「これぐらい気にしなくていい。それよりか女体化のせいで勇者一行から追放されるなんて予想外だよ……」


 小さく溜息を吐いて相方は近くの酒樽に腰を落ち着かせるが、その表情は見るからに悲しそうであった。

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