11、プールの底にひそむもの

「キャー! 助けて!」

「ユイナ!!」

 ナツキの叫び声が聞こえたときにはすでに、私は水の中でもがいていた。

「何これっ」

 水じゃない!? ゼリー状の粘着質な物体が体にからみつく。体じゅうに重くのしかかり、満足に腕も上げられない。

 ドプンという音になんとか顔だけを上げると、ナツキがプールに飛び込んでこちらへ泳いでくるところだった。

「ユイナを放せ!」

 ナツキは私を抱き寄せ、力強い腕でプールサイドのほうへ押し出してくれた。

 両腕に渾身こんしんの力をこめて、やっとの思いではい上がった私は、振り返って愕然がくぜんとした。

「なっちゃん!」

 私のかわりにナツキが、水の中にひそんだ化け物に飲み込まれようとしていた。

「うそでしょ……」

 涙がこみあげてきて、私はへなへなとその場に座り込んだ。助ける方法なんて思いつかない。私がもう一度水の中に入ったって、二人で引きずり込まれるだけだ。

 大好きななっちゃんを七不思議めぐりになんか誘わなければよかった。私が一人で勝手に回ればよかったんだ。

 なっちゃんのいない世界で生きていくなんて、私には考えられないのに!

「ユイナ、こいつ水じゃない! 生き物だ!」

 プールの中でもがきながら顔を出したナツキの叫び声が、悲嘆にくれた私を現実に引き戻した。

「たぶんモンスターだ! こういう形のないタイプはコアをねらうんだ!」

「コア?」

 突然ゲームの攻略法みたいな話が飛び出して、私は首をかしげた。

 だがナツキを救いたい一心で目をこらすと――

「あ、見えた!」

 水中でガラス玉のような球体が回転しているのに気が付いた。プールの外から照らす街灯の光を反射しながら、くるくると回り続けている。

 私は飛び跳ねるように立ち上がった。

 プールサイドに枝を伸ばしている木の下へと走る。

 思いっきりジャンプして枝を手折たおると、水面に近づいてコアとやらを貫いてやろうと腕を伸ばした。

 だが化け物は私をつかまえるべく、再び透明な体の一部を伸ばしてくる。

「あぶなっ」

 間一髪、飛びすさってよけたときには、コアはプールの中を移動して奥深くにもぐってしまっていた。

「貸せ!」

 ナツキが水の中から叫んでこちらに手を伸ばしたので、私は木の枝を投げた。

 だが腕のように伸びてきた水流が、宙を飛ぶ枝をはたき落とす。

「また折ってくる!」

 私はもう一度、木の下へとかけた。見上げると背の低い私に届く枝はなさそうだが、あきらめるもんか! がむしゃらにフェンスへしがみついてよじ登り、高いところに伸びていた枝に両手で飛びついて、なんとかへし折った。

 注意深く水面に近づき、直接ナツキに手渡そうとしたとき、

「ポチ、おすわり!」

 夜のプールに男の声が響いた。

「ポチ?」

 あまりに場違いな名前に私もナツキもぽかんとする。だが水の中の化け物は動きを止めていた。

 声のした方を見上げれば、体育館側のフェンス上に腕組みをした人影が浮かんでいる。息をのんだとき、その影はふらりとバランスを崩し、プールサイドに落っこちた。

「いってー! なんで俺の浮遊魔法はいつも途中で解けるんだ!」

「さっきのコスプレ勇者!」

 ナツキがプールの中から指さし、

「えーっ、おじさん大丈夫!?」

 腰をさすっている男に私はうっかりおじさんと呼びかけてしまった。

「しまった。お兄さんだったよね」

「うるせえよ」

 ちゃんと言い直したのに怒られた。

「そもそも俺は本物の勇者だ。コスプレじゃない」

 腰をさすりながらよろよろと立ち上がる姿はとても勇者には見えない。

「なんだよ、ポチって」

 ナツキがプールから上がって私のとなりに並んだ。

「こいつの名前だ」

 勇者はプールの中を指さし、

「俺のペットの巨大スライムなんだ」

 と付け加えた。

「ペットだって!?」

 ナツキが声を荒らげる。

「物騒なもん異世界から連れてくるなよ!」

「俺がいないと寂しがってついてきちまうんだよ」

 勇者はプールサイドを私たちの方へ向かって歩きながら、ぽりぽりと頭をかいた。

「デカすぎて待っていてもらう場所もないからプールの水を火魔法で蒸発させて、中に入ってもらったんだ」

「おいおい、かわいいユイナが死にかけたんだぞ!?」

 ナツキが私を抱きしめたとき、プールの中から勇者の足元へヌラリと暗い水が伸びた。粘性の物体――巨大スライムの一部が勇者の足首にからみつき、私たちにしたのと同じようにプールの中へ引っ張る。

「おっと」

 危機感のない声を出した勇者はバランスを崩し、あっという間にプールの中へ落っこちた。

「モンスターの反逆か!?」

 ナツキが私を守るように前へ出る。だがプールの中から聞こえてきたのは勇者の楽しそうな笑い声だった。

「きゃははっ、やめろよポチ。くすぐったいだろ」

 水面の間から顔をのぞかせた勇者は、さっきまでの皮肉めいた笑みではなく、心からの笑顔を浮かべていた。

「あのおじさん、あんなふうに笑うんだ」

 私は木の枝を握りしめたまま、驚きのあまり化け物とじゃれ合う彼から目を離せない。

 ナツキは何か思いついたようで、

「もしかして」

 と大きな声を出した。

「その巨大スライム、ウチらとも遊びたかっただけか!?」

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