09、ナツキ、勇者の謎を解く

「えぇーっ!?」

 私は思わず叫び、

「そ、そんなわけないだろ」

 コスプレ勇者は慌てた。

「俺は実際トラックにひかれたし、そもそも生きていたらこんな時間に大人が小学校に忍び込まねえよ」

 瞳をせわしなく左右へ動かす男に、ナツキは先ほどまでと変わらない口調で確認した。

「きみはトラックにひかれたけど、ほかの世界で生きてるんだろ?」

「くそっ」

 男は舌打ちした。

「なんでバレたんだ?」

 どういう理屈なのか分からないけれど、ナツキはオバケの謎を解いてしまったようだ。

「どうしてそんなこと分かるの?」

 二人の会話についていけず、私はナツキを見上げた。

「ユイナも最初っからこいつのこと、大学生くらいかなって言ってたじゃん。普通、幽霊や都市伝説のオバケって外見は歳とらないんじゃないか?」

 そう、昭和時代に生まれた都市伝説である花子さんは、今も小学校低学年の姿をしているのだ。

「じゃあこのおじさん――じゃなかった。お兄さんはどこで生きているの?」

「こいつさっきトラックにひかれたって言ってたじゃん」

 ナツキがヒントを出してくれるが、私はまだ意味が分からない。

「なのに生きてるんだよね?」

 はてなマークだらけの私に、ナツキが明確に説明してくれた。

「小六の途中で事故にって今、二十歳はたちくらいってことは大体十年前だろ。十年くらい前にトラックにひかれたやつは大体異世界転生とか転移とかしてるんだよ」

 何それ、アニメの知識!?

 私が沈黙しているとコスプレ勇者が両手をあげた。

「大当たりだよ。仕方ねえな。その台紙にしるしを残してやらなきゃいけないんだろ?」

「お願いします」

 私がカードを差し出すと、男は指先で空中に魔法陣を描き、ぶつぶつと中二病らしい呪文を唱えだした。

「神秘なる文字よ、我が意に従いて具現化したまえ。マジックスペル!」

 宙に浮かんだ魔法陣が金色の光を放ち、くるくると回転し出す。その中央から光線が生まれ、私たちが手にした台紙に降り注いだ。

「わぁ、文字が浮かび上がった!」

 見たことのない形をしたマークに私は歓声を上げた。

「これ、異世界の文字!?」

「ふっ、そうさ。魔術に使う――」

 コスプレ勇者がかっこつけて説明を始めようとしたら、

「ルーン文字だよ。この世界にもある」

 サブカルに詳しいナツキが一刀両断にした。

「くっ」

 唇をかんだ男がナツキに怒り出す前に、私は尋ねた。

「お兄さんはほかの世界に住んでいるのにどうして、こっちの世界に来られるの?」

「女神に力をもらったのさ。ま、プールで憎らしいやつらを沈めていたら夜しか干渉できないように制限されちまったが」

 やっぱりこのおじさんの行いが四番目の七不思議のうわさを生み出したのだろう。谷ちゃん先生の時代にはなかった不思議が追加されたのは、この人のせいなんだ。 

「一体こっちの世界に何しに来てるんだよ。女神にチート能力もらって異世界では悠々自適の暮らしをしてるんじゃないのか?」

 ナツキが腕を組んで尋ねると、コスプレ勇者はまた偉そうに鼻を鳴らした。

「ふん。あっちはメシが発展途上なんだよ。マヨネーズもポン酢もグミも揚げせんもない。この十年間、研究に研究を重ねて色々作ってきたけど、やっぱり日本企業が作る味にはかなわねえな」

 食べ物を仕入れに来ていたのか。まさか金次郎さんの言ってた「この世に未練がある」ってこいつのこと!? でも夜しか来られない上、日本円も持っていないだろうにどうしてるんだろう?

 不思議に思っているとナツキが指摘した。

「あれ? さっき魔法の練習してたじゃん?」

「ぐぬぬっ」

「ウチ魔法教えてもらいたいんだけど、さっき見てた感じだと下手くそなんだよな、きみ」

「キサマぁ!」

 コスプレ勇者が声を荒らげた。

「やべっ、怒らせた」

 ナツキは私の手を取って走り出す。

「待ちやがれ!」

 男は腰の剣を抜くと私たちめがけて投げつけた。

「キャッ」

 私は思わず肩をすくめたが、よけるまでもなく剣はあらぬ方向へ飛んで行った。

「くそっ! 炎の精よ、愚かなる者、燃やし尽くしたまえ! ファイヤーボール!」

 うしろで男が叫ぶ。体育館から逃げ出しつつ振り返ると、彼の指先にはライターの火みたいにちっちゃな炎が灯っているだけだった。

「ユイナ、次の七不思議はどこだ?」

「プール!」

 私は息を切らしながら答えた。運動神経抜群なナツキに引っ張られているので満足に呼吸もできない。大体足の長さが違うのだ。私は比喩でもなんでもなく何度も地面から浮いて、飛ぶように走っていた。

「よっしゃ、プールならすぐそこだな!」

 ナツキが気合を入れた。プールは体育館のすぐ横にある。

 だがプールの下まで走ってきた私たちの足はそこで止まってしまった。

「鍵がかかってる」

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