第11話:戦い終わって……

「しっかしあんだけ苦労して装飾品少々と剣一本かぁ」

 無事に遺跡から脱出した後、シークが大きく息を吐く。

「剣一本あっただけでも儲けものよ。散々命がけで空振り、なんてことだって珍しくもなんともないんだから」

 散々苦汁を舐めてきたのであろうフューが苦笑する。冒険者達のそうした失敗談は、酒場では最高の酒の肴だ。尤も五体満足で生きて帰って来ることができたら、の話だが。

「そっかぁ」

 それに、魔導の剣が一本に、魔導の指輪が二つ。高価なものではないにしても宝石が少々。これだけ得られれば上出来と言える成果だ。そして恐らく、この魔導の剣は相当に強力な物だとも思える。

「この剣、少し試してみましょうか。フュー、ちょっとこれ持って横に構えてくれる」

「いいわよ」

 トレスから魔導の剣を受け取って、鞘から引き抜くと、それを真横に携える。それを見てから、トレスは今日何度目になるか判らない高速詠唱を開始した。

魔導の矢エナジーボルト

 今度は一度に五本を射出する。五本の魔導の矢はフューが横に構えた魔導の剣へとまっすぐ進み、そして。

「消えた……」

 先ほどの魔導相殺の指輪リング・オブ・オフセット・スペルズと同じように、魔導の矢は消失してしまった。

「ほほぅ、面白いわね。どの程度の魔導まで行けるのかしら」

 魔導相殺の指輪では一本でしか試さなかったが、恐らく魔導相殺の指輪でも五本程度なら蓄積は可能だろう。だが、この剣は触れた魔導を蓄積させる訳ではなく、ただ消滅させるのみだ。蓄積の許容量が存在しないのだとすれば、魔導相殺の指輪よりも強力な魔導を消滅させることができるのかもしれない。

火球の魔導ファイアボール、やってみちゃう?」

 冗談めかしてトレスは笑う。火球の魔導は魔導師の中では初歩の攻撃魔導だが、その威力は侮れない。魔導の矢と同じく術者の魔力に依って大きさや爆発力が大きく変化し、初歩の魔導とはいえ魔力の高い魔導師が使用すれば、大惨事となる。

「殺す気なの……」

 当然、トレスが本気で火球の魔導を放てば魔流星の魔導メテオスォームもかくやという大爆発を引き起こしてしまうことを知っているフューの表情が引き攣る。

「じゃあ広がらない方で行くわね……」

 今日は魔導の矢しか放たなかったが、今回は違う呪文を詠唱する。しかしそれも高速詠唱で魔力を抑えたものだ。

雷撃の魔導ライトニングボルト

 トレスがフューに向けて翳した左手の掌から雷光が奔る。石の壁などに囲まれている場所では雷撃が反射してしまうため、今回の遺跡のような場所では使えない魔導だが、対象に激突するまでの速さと威力の高さから、火球の魔導に次いで良く使われている攻撃魔導だ。

「わっ!」

「うぉ!」

「消えたね……」

 魔力の矢と同じように、雷撃の魔導も剣の刀身に当たると、消滅してしまった。

「まぁそれでも初歩の攻撃魔導だし、高速詠唱だからね」

 とはいえ、雷撃の魔導を消すことができるとなると、かなり強力な消滅の力が働いていることになる。

「いやいや高速詠唱だってトレスのは威力が段違いだから!あぁびっくりした……」

 それでもかなり魔力を抑えて放った。通常詠唱で放った時に、消滅させる力が発動しなければ大変なことになってしまう。とはいえ、高速詠唱の雷撃の魔導でもフューに直撃してしまえば、怪我をさせるだけでは済まないことも確かなのだが。

「そう言えば守護者に出した魔導の矢、とんでもない数だったような……」

「術者に依って出せる数が変わるからね」

 ベテランの魔導師ならば一度に出せる魔力の矢は十五本ほどになる。随分と昔、本気で魔力を高めて呪文詠唱をしたら、どのくらい制御が可能なのかを試したことがあるが、その時は五十本ほどだった。先ほどの守護者との戦闘では正確な数までは把握してはいないが、二十本は出ていたはずだ。

「リーファ、何か攻撃できる精霊魔導でやってみてくれる?」

 恐らく消滅できるのは古代語魔導だけではないはずた。守護者に組み込まれていた結界との関係を証明する術は何もないが、あの結界は古代語魔導も、精霊魔導も抑圧していた。

「うん。じゃあ……シルフ、お願い!風の刃ウィンドブレード!」

 精霊語で風の精霊シルフを呼び出す。呼び出されたシルフの力で風が巻き起こる。ほどなくしてその風は集束し、小さな真空の刃を創り出す。

「おぉ、精霊魔導も消えた!」

 微かに葉の色を纏った風の刃は、フューが持つ魔導の剣の刀身に触れ、やはり掻き消えた。

「不思議な剣ね……。私からきちんと魔導学院ウィザーズカレッジには口添えしておくわ。どうする?売っちゃう?シークが使う?鑑定するなら相当に高額な請求来ると思うけど」

 今回の遺跡や結界、守護者、そしてこの魔導の剣。永く生きてきたトレスやフューでさえも知らなかったものだ。恐らく鑑定には時間がかかるだろうし、すべてを解明することは不可能かもしれない。そうなれば、鑑定に掛かる費用も必然的に跳ね上がる。

「え、そうなの……」

「私も知らない魔導がかけられてるし、この剣に刻み込まれてる魔導言語、禁制古代語魔導と同じものだから」

 まだ判らないことが多い現段階でも貴重な品物であることは間違いない。

「それなら少し無理をしてでも手に入れた方がいいとあたしは思うけどね」

 魔導の品物は熟練の冒険者であっても手に入れられることは希だ。今回のようなことでもなければ、シーク達が魔導の品物を手に入れられるのはずっと先のことだっただろう。

「それは、確かに……」

「それに、魔導相殺の指輪よりも効力が高いものだったとしたら、魔導相殺の指輪は売っちゃってもいいと思うし、少しでも安くしてもらえるように私からもお願いしておくわ」

 まだ駆け出しの冒険者であるシーク達にとってはどれも有用な品だ。トレスでも手放すには惜しいと思えるほどに。

「ちょっと、持たせてもらってもいい?」

「どうぞ」

 シークはフューから魔導の剣を受け取り、それを構える。そして二度、三度と剣を振るう。

「うん、今までの剣より少しだけ重たい感じはするけど、普通に扱えそうだ」

 シークが使い易いと判断したのならば、尚のこと手に入れた方が良い。

「剣の能力自体は、その剣に触れた魔導に反応するみたいだから……光の魔導ライト

 ごく短い高速詠唱で、光の魔導を行使する。松明ほどの明かりを灯す魔導だ。トレスは自分の剣の束頭に設えられている旒刻石にその光の魔導を灯すと、光の部分だけを刀身に当てた。

「うわ……」

「触れた部分だけ光が欠けてる……」

 剣の切っ先と同じ形に光が切り取られたように消滅している。

「もしかして、さっき言ってた無?」

 光の魔導の光が不自然に消滅しているからなのか、フェイリックが唖然として言う。

「流石に違うと思うわ。そもそも無の本質も解明されていないのに魔導剣の効力として鍛えられる魔導師がいたら今頃歴史はとんでもないことになってるでしょうしね」

 それこそ無に呑み込まれて、世界そのものが無に帰すような事態にもなりかねないのではないだろうか。

「ま、それもホントの所は判んないんだろうけどね」

「そうなのよね」

 現在のところ無というものの本質は解明できていない、いわば概念のようなものでしかない。フューの言葉にトレスも苦笑を返す。

「ま、まぁ無に関してはもう俺じゃ訳解んないけど、俺、この剣使うよ。折角手に入れたものだし、今まで使ってた剣も壊れちまったし」

「確かにそれが良いかもね」

 魔導の剣に詳しい者ならば、手に入れたいと思わせる代物だ。魔導学院ですら、譲って欲しいと言い出す可能性もある。

「金額にも依るけどね!」

 やはりリーファはお金で苦労しているのかもしれない。しかし金銭のことをしっかり意識できる者が仲間にいるというのは良いことだ。

「と、とりあえず鑑定が終われば金額もはっきりするし、それから決めるか……」

 リーファの勢いに押されてか、シークが弱々しくなる。金銭のことでリーファに何かしらの負い目があるのかもしれない。

「判ったわ。ともかく一旦私が預かって魔導学院で鑑定してもらうわね」

 そんなリーファとシークを見てトレスは苦笑した。

「シーク君くらい若い子が鑑定に出すと、値打ち物だった場合、すり替えられたりしそうだしねぇ」

「昔の盗賊組合シーフギルドならそんなこともあったけど、魔導学院は母体が国営局なんだし、そんな心配ないわよ」

 盗賊組合は昔から義理堅い組合が多いが、中には悪徳な組合もあった。ナイトクォリー市の荒廃街区スラムセラフィムには、盗賊組合を前身としたジタンという組織があるが、ジタンは盗賊組合の頃から阿漕な商売を御法度とした義理堅い組織で、盗賊組合から組織改編が行われ、ジタンとなった今は、荒廃街区を少しでも住み良い街にするための活動を続けている。

「それでもシーク君が依頼するのとトレスほどの魔導師が依頼するのとは全然対応も変わるわよ」

「ま、まぁね」

 阿漕なことを言って騙すようなことまではしないはずだが、魔導に疎い戦士が持ち込んだ魔導の剣ともなれば、言葉巧みに手放すよう誘導する可能性はなくもない。

「トレスって魔導学院にも顔が利くんだね」

 普段はレストランを営んでいるだけだが、それこそ永く生きてきて、様々な冒険をして、様々な場所に顔が利くようになった。

「顔が利くなんてもんじゃないわよ。一時期は超特級要注意魔導師だったんだから。ねぇトレス」

 実に楽しそうにフューは笑うが、当時のトレスとしては笑い事ではなかった。今だから笑い話にもできるが、それこそ伝承の四戦士達と同じように、トレスの持つ強大な魔導力が危険視された結果だった。

「やめてよフュー」

「何それ何それ!」

 今度はリーファが興味津々になってしまったようだ。今となっては別段隠すようなこともない些事ではあるものの、それでもあの時はアインスと共に悩み、途方に暮れたものだった。

「はいはい話は後!お腹空いてるでしょ、今日はご馳走しちゃうから帰りましょ」

 トレスの言葉を合図に、一行は漸くゴーレム達の下へと歩き出す。

「お、やったぁ!」

 今度はシークとフェイリックがはしゃぎ出した。リーファの悩みの種は、食費に有るのかもしれない、などと漠然と考える。アインスもルースも良く食べる人だった。

「ふふ、落盤に巻き込まれて、遺跡探索もして、守護者とも戦ったのに元気ね」

 禁制古代語魔導を使い、その後もあれやこれやと魔導を使い、剣まで使った自身を棚に上げてトレスは笑った。

「ま、若い衆はこうでないとね!」

 頼もしい限りじゃない、と付け足してフューも笑顔になった。

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