第10話:宝物

「さぁさぁ、お喋りはこの辺にして、開けるわよ!」

 指の関節をぱきぽきと鳴らし、ついでに首の運動までしてフューが張り切る。箱にかかっていた魔導の鍵ウィザード・ロックは既に解錠し、更にかかっていた物理的な鍵はフューの鍵開けの技術オープン・ロックで解錠した。

「……」

 ゆっくりと蓋を開ける。フューの背後から、脇から、トレス、シーク、フェイリック、リーファが箱の中を覗き込む。

「剣?」

「まともそうなのは一本だけね。あとは……指輪と宝石」

 箱の大きさの割にはがらんとしたものだったが、まともそうに見える剣と指輪と宝石が入っているだけでも成果としてはかなり大きい。

「他の剣は保管状態は良くなさそうね」

 まともそうな剣と宝石や指輪には劣化は見られない。宝石はともかくとして、剣は魔導の剣であり、指輪は魔導の品物だろう。

「ほんとだ。鞘が錆びてる。こっちは売り物にもならなそうだね」

 リーファが錆びた剣を手に取って、鞘から抜こうとしたが抜けなかったようだ。

「こっちの剣は?」

「ちょっと失礼……」

 フューが恐らくは魔導がかかっているであろう剣を手に取り、トレスに見せる。トレスはすぐに呪文詠唱を開始し、自身の瞳に魔導の力を宿した。

「……真相看破の魔導トゥルーサイト

 魔導眼の内の一つで、魔導がかかっている品物などを見分けるために使われる。また魔法で姿を隠された扉や、不可視の魔導を使用している者や物体なども見破ることができる。

(?)

 剣を見ている部分だけが嫌にくっきりと見える。輪郭だけが際立っているように見え、魔導眼の効力が、そこだけは失われているような感覚だ。先ほどの結界から察するに、この剣にも似た様な魔導が込められているのだろうか。

「ちょっと持たせて」

 トレスは言ってフューから剣を受け取ると、鞘から刀身を引き抜いた。

「ふむ……」

 刀身にはびっしりと魔導言語が刻まれている。それも、魔導言語の中では最も古い、禁制古代語魔導をも生み出す、魔神言語だった。刻まれた魔神言語の読み方から組み込まれた魔導公式を導き出す。

「魔導力の消滅……なのかしら。私の真相看破の魔導だとその位しか判らないわね。詳しいことは魔導学院ウィザーズカレッジでしっかり鑑定してもらわらないと」

 公言はされてはいないが、魔導学院にも禁制古代語魔導を行使できる魔導師は存在している。そうでなければこうした魔神言語などを扱った遺物の鑑定は誰もできないということになってしまう。

「結界と似たような能力ってことかな」

「それっぽいわね。何だか屁理屈な魔導師が創った剣と仕掛けっぽいわねぇ」

 フューは苦笑して、宝石にも手を掛ける。ガーネットにアメジスト、トパーズ。宝石はどうやら通常の宝石のようで、埃こそ被っていたが、埃を取り除けば傷一つない。どれも高価な宝石ではないが、先ほどの大きな剣を持ち帰るよりも余程お金になるはずだ。それに指輪が二つ。どちらの指輪にも旒刻石りゅうこくせきがはめ込まれ、金属部分には魔導言語が刻み込まれている。何某かの効果が期待できる魔導の指輪だろう。

「恐らくそうなんでしょうね。この剣以外は重要そうな書物もないけれど、魔導師の研究材料の保管庫だったんじゃないかしら」

 二つの指輪を手にしてトレスは言う。

「そう言われると確かに、って感じするわね」

「じゃあこの剣もその研究成果の一つってこと?」

 魔力を圧迫させ消滅させるほどの結界と、その中で動けた守護者。どちらも同じ魔導師が作り出したもののはずだ。そして、魔導を掻き消すことができそうな魔導の剣。トレスが使用した禁制古代語魔導、空間力場崩壊の魔導ホロウディスインテグレイトに発生すると言われている無のようなものを研究していたのかもしれない。

「恐らくは。でもどの程度の魔導が消滅できるのかも知っておかないと危なくて使えないわ」

 例えば魔力の矢エナジーボルトを放ったとして、何本まで消すことができるのか。火球の魔導ファイアボールのように、対象に激突した際に爆発を起こすような魔導だった場合、剣を火球に当てなければならないことは大前提として、爆発を起こす前に消滅させることはできるのか。今までに類を見ない魔導の剣だ。魔導学院に鑑定を依頼したとしても、あらゆる魔導での実験が必要となるだろう。

「そうかぁ……」

「この剣に関しては一旦私が預かるわ。責任もって鑑定してもらうから、少し時間をちょうだい」

 鑑定額はそれなりに行きそうだが、三人に支払えるほどの金額で収まるだろうか。

「それが良さそうね」

「うん。指輪の方は?」

 フューとリーファが頷く。指輪の方は刻まれていた魔導言語から、その効果を読み取ることができた。

「こっちの指輪は、魔導相殺の指輪リング・オブ・オフセット・スペルズ、真視覚の指輪リング・オブ・シーイングね」

 同じ物がいくつも創られていて、同じ効果を持つ指輪を見たことがあった。

「名前だけ聞くとどっちも結界と関係ありそうな感じするね」

 魔導のことは判らなくともそんなイメージはできているのか、フェイリックが言って、トレスの手の中の指輪を覗き込んだ。

「そうね。で、こっちの魔導相殺の指輪だけど、これはかけられた魔導をこの指輪に溜めることができるの」

「溜める?」

 フェイリックが大きく首を傾ける。

「そ。でも、溜めた魔導をそのまま放出できる訳じゃないのね」

「……ん?」

 百聞は一見に如かず。効果がはっきりとしている指輪ならば、目の前で効果を実感させるのが一番早い。トレスは苦笑しつつも指輪をフェイリックに手渡した。

「実際にやって見ましょ。じゃあフェイ、この指輪を付けて」

「う、うん。どの指でもいいの?」

「構わないわ。持ってるだけでもいいけど落としたら大変だから、ちゃんと指にはめて」

 フェイリックの指のサイズに合うかどうかは判らないが、女性用のサイズだとしても小指の先くらいは入るだろう。

「うん、付けたよ」

「動かないでよー……」

 フェイリックが左手の人差し指に指輪をはめたことを確認すると、早速高速詠唱を開始する。力を抑え、二本だけ、魔導の矢を創り出す。

「え、トレス?」

 フェイルックの顔が青褪める。まさかそれを撃つつもりなのか、とまるで顔に書いてあるような表情に、少し可笑しくなってしまう。

「魔導の矢」

 二本創り出した内の一本を撃つ。もちろんフェイリックに向けてだ。

「わわっ!」

 瞬時に防御態勢を取り、身を固くするフェイリックだが、当然魔力の矢はフェイリックには当たらない。

「消えた……」

 魔導の矢が放たれ、フェイリックに当たる寸前に消えた現象を見て、シークが呟くように言う。

「今私が撃った魔導の矢はその指輪に吸い込まれて、蓄積されたわ」

「そ、そうなの?」

 防御態勢を解くと、慄きながらも指輪を見る。

「えぇ。どこも痛くないでしょ?」

 安心させるようにトレスは笑顔になる。というよりは先ほどのフェイリックの表情が可笑しくて漏れた笑顔だった。

「確かに……。それにこの石みたいなのが光ってる」

 指輪にはめ込まれた旒刻石が淡い光を発している。魔導の矢がその指輪に蓄積された証だ。

「そう。でもフェイはその指輪に蓄積された魔導の矢を撃ち返すことはできないのよ」

「ま、まぁそもそもやり方も何も判らないけどね」

 軽く左手を振るが、当然何も起こらない。

「で、もう一回……。それ!」

 もう一本、放たずにいた魔導の矢を再びフェイリックに向けて撃ち出した。

「消えた!」

「ね」

 百聞は一見に如かず、だ。これでこの指輪の効果がどんなものかは判ったはずだ。

「いや、ね、って言われても……」

「あ、あれ?えぇっと、そのね、指輪に溜めた魔導と同じ魔導をかけられた時に、相殺することができるのよ」

 魔力の矢を蓄積させておけば、魔力の矢を撃たれた時にそれを相殺することができる。

「微妙……」

 フューの不満そうな声が聞こえたが、使い方をしっかり考えればその効果は大きい。

「え、凄くないです?」

 幾つも対処方法を知っている上に、上位の精霊とも契約をしているフューほどの精霊魔導師から見れば大したことはない魔導効果に見えてしまうだろうけれど、まだ駆け出しのリーファはその効果を実感できたようだった。

「でも溜めておける魔導は一つだけだから、予め入れておくんだとしたら、魔導の矢とか火球の魔導みたいな良く使われるものを入れておいた方が良いわね」

「なるほど、火球の魔導なら確かに……」

 最初に蓄積した魔導の威力にも依るところは大きい。火球の魔導も高速詠唱で放ったものと、高速詠唱を使わず本来の詠唱で放ったものでは破壊力が異なる。高速詠唱で放った火球の魔導を蓄積した場合、本来の詠唱で放った火球の魔導を撃たれたとしたら、完全に相殺することは難しいだろう。だが、それでも大幅にその威力を相殺させることはできるはずだ。火球の魔導は、数人同士の戦闘であれば、その戦局を覆してしまうほどの威力がある。そんな危険な魔導の威力を大幅に削り取ることができれば、その効果を期待した相手に対し動揺を誘い、戦闘を優位に運ぶこともできる。

「となると、前に出て戦うシークかフェイが付けておいた方が良さそう」

 リーファの言う通り、攻撃魔導の対象になるのは前線に出て戦う戦士が殆どだ。三人の内の誰かが使うのだとしたら、シークかフェイリックが良いだろう。

「や、待って」

 ぱ、と開いた手を眼前に持ってきてシークが言う。

「え?」

 リーファとフェイリックが同時にシークを見た。

「これは、俺達だけで手に入れたものじゃないだろ」

「あ、そっか……」

 意外な言葉がシークから出た。同時にトレスとフューは顔を見合わせる。

「あたしたちは手伝っただけだから、貴方達が使いなさい。もう一つの指輪も、その剣もね」

 フューは笑顔で言う。危険な遺物ではなければ、どんなものでも三人に譲る気でいたのはトレスも同じだった。それでも、シークの心使いは嬉しくなる。若い冒険者ならば、我先にと宝物を欲しがることが殆どだが、手伝いに来たトレスとフューにも心を配ってくれたシークの言葉を受け、自然と笑みがこぼれる。

「い、いいの……?」

「勿論。ね、トレス」

 ぱちり、とウィンクをして言うフューにトレスも同意する。

「えぇ、わたし達は冒険者じゃないもの。貴方達の自由にしたらいいわ。使うも売るも好きにしていいわよ。但し、剣を使うならしっかりと鑑定結果が出てからね」

 折角自分達で諦めたくはないと決めてここまで来たのだ。ここで得た報酬の権利は彼らにある。

「うわぁ、ありがとうトレス、フューさん!」

「なぁに、礼には及ばないわ。で、もう一つの方は?」

 ふふんと腕組をしながらフューはおどけた。

「真視覚の指輪ね」

「真視覚?」

 こちらは説明でも充分だろうし、危険もない代物だ。

「私がさっき使った、真相看破の魔導と同じ効果があるわ」

「それって?」

 古代語魔導を使えるのはこの中ではトレスだけだ。しかし説明を省くことは憚られる。これを使うのはトレスでもフューでもなく、彼らなのだから。

「魔導的な仕掛けが施された物を見分けることができるの。例えば、不可視の魔導インヴィジビリティで透明化させた物体を見抜けたり、魔導で偽装して隠した扉を見付けたり、かしら」

 例えば、古代魔導帝国の魔導師は、自身の研究のために塔を建てたり、地下迷宮を造ったりして、そこに閉じこもって研究をしていた。この遺跡も恐らくはそうしたものの一つであったかもしれないが、そうした建造物には魔導の罠がかけられていることが多い。真相看破の魔導は、回転床や不可視の通路、偽装された壁など、魔導を用いて仕掛けられた罠を見抜くには最適な魔導だ。

「さっきトレスがこの剣を魔導の剣だって見抜いたのもそれだったってこと?」

「そうよ」

 魔導の剣の効果か、その剣だけはまるで切り抜いた絵のように真相看破の魔導が反応しなかった。それ故に気付いたのだが、鞘から刀身を引き抜けばびっしりと刻み込まれた魔導言語で魔導の剣だとすぐに判っただろう。

「それはリーファに持ってもらった方がいいかもな」

「だなぁ。おれ達は魔導のことに関してはさっぱりだし」

「うん、判った」

 精霊魔導には真相看破の魔導と同じ効果を持つ魔導は存在しない。今現在、盗賊も斥候も仲間にいない彼らにとって、魔導の罠を見破る能力を得られるのはたいへんに良いことだ。

「守護者も力場もなくなったから持ち出しても大丈夫そうよね」

「えぇ」

 この場にはもう何もない。トレスの勘でしかないが、ここを造った魔導師は、自身に必要なものはすべて持ち出し、最後に、ここを訪れた者達を翻弄してやろうと、あの結界と守護者を遺したのかもしれない。

「じゃあ一旦表に出ましょう」

 一つ息を吐いて、トレスは笑顔になった。

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