第9話:英雄の立ち位置

「ま、昔のことはさておいてよ!さてさて、何を守ってたのかしらぁん……」

 一息つけたのか、守護者スプリガンが最初に鎮座していた背後にある扉ににじり寄る。

「この剣はどうなんだろ」

 シークは立ち上がり、守護者の持っていた剣を拾い上げる。

「おれ達が持つにしちゃでっかすぎるね」

 シークもフェイリックも、持っているのはごく一般的な旒剣りゅうけんで、幅広剣ブロードソードと同じ大きさのものだが、守護者の剣は大剣グレートソードほどの大きさがある。

「だなぁ」

「でも売れるんじゃない?この身体と同じものでできてたとしたら魔導金属かもしれないし」

 フューが言ってもう一本の剣を手に取る。

「おんもっ」

 フューが両手で持ち上げると、トレスもその剣を覗き込むように見る。

「え、だとしたら高値で売れるんじゃ……」

 一瞬だが、リーファの目が輝いたように見えた。聞いた話では三人の冒険者としての活動費の管理はリーファがしていたはずだが、金銭面で苦労でもしているのだろうか。

「……魔導合金であることは変わりないけれど、高度を高めるための割と良く見る錬成ね。売れはするだろうけれどあんまり価値は高くなさそう」

 魔導金属の錬成はできないが、それなりに多くの魔導金属や合金を見てきた。剣を合わせた感覚から言っても、硬度が高いだけで、魔導言語が刻み込まれている訳でもなく、当然魔導の力は何も感じない。

「なぁんだぁ」

「でも普通の剣よりは高価なんでしょ?売れるんなら持って行きましょ。折角だし」

 お金に苦労しているという話は今まで聞いたことがなかったが、資金が潤沢で困ることは何もない。通常の大剣と比べれば高く買ってくれるだろうし、ここはリーファの好きにさせておいた方が良さそうだ。

「それより扉の先でしょ……。罠の類は、っと……なさそうね、っく!」

 扉を調べていたフューの手が取っ手に掛かる。が、扉は開かなかった。となれば思い当たるのは一つ。

魔導の鍵ウィザード・ロックね」

 守護者が倒された後でも、この扉を開けさせないようにしていたことを考えれば、それなりに価値のあるものがあるのかもしれないが、経年劣化は気にかかるところだ。

「チッ小癪な……」

 心底忌々しそうな表情でフューが呻く。どれだけ優秀な盗賊の技能をもってしても、魔導の鍵は解錠できない。

「フューさん、今舌打ち……」

「あらいけない。ささ、トレス」

 早速解錠の魔導ノックの催促がかかる。今回の結界や守護者のことを考えれば、この仕掛けを配置したであろう魔導師はかなりの力を持った者のはずだ。高速詠唱では開かない可能性もある。トレスは精神を集中させ、通常詠唱で魔導言語の詠唱を始めた。

「……開かない」

 解錠の魔導を発動させ、確かな手応えと共に、トレスは言う。

「え!」

「嘘でしょ……」

「ここまで来て?」

 フュー、リーファ、フェイリックが口々に言う。

「知ってるでしょ。魔導の鍵は術者自身の解錠の魔導じゃないと開かないって」

「えぇ、それはもちろん。施錠した術者よりも魔導力の高い者が解錠すれば開くってこともね」

 トレスは魔導の鍵の魔導の規定を述べたが、それは当然フューも知っていることだ。禁制古代語魔導を楽々と行使するトレスほどの魔導師に、開けられない魔導の鍵などない、と言外に訴えている。

「私より遥かに高位の魔導師だわ」

「嘘つきなさい!」

 トレスの冗談になど最初から付き合う気がないのか、フューはだん、と地団駄を踏んだ。

「開いたわよ」

「な、何この漫談……」

 シークが呆れつつ嘆息する。

「でも魔導の鍵をかけておいて、魔導力を圧縮する力場となると……」

「意味判らん、ってのは置いといて、中々いいものが有るんじゃない?」

 どうやらフューも同じ思いのようだ。フューが扉を開けると、ごく狭い部屋が現れる。室内は何も置かれていない棚が一つと、いわゆる宝箱。見てすぐに判る、絵本に出てくるような意匠ではないが、そう呼称するのが妥当だろう。

「……悪意探知の魔導ディテクト・イービル

 念のために今度は室内に悪意探知の魔導をかけるが、無意味だろう。もはやこの場に脅威はないはずだ。大地震でも起きて、生き埋めにさえならなければ。

「こちらに敵意を持つ存在もなし。もっともこれで探知できるのは生物のみだから、さっきみたいな守護者がいたら引っ掛からないけれどね」

 初めから生物の存在は皆無。昆虫や小動物などはもちろんいるが、この室内にはそんな昆虫すらもいないようだ。

「魔導生物は生物じゃないの?」

 生命の定義というものは非常に難しい問題だが、先ほどの守護者やトレスが生成したゴーレムなどは魔導生物とはまた違う。疑似的な生命、というよりも原動力を与えられた存在であって、そこに彼らの意志は存在しない。

「侵入してきた者を排除っていう命令を実行するだけだから、そこに悪しざまに人を殺してやろうっていう悪意はないしね」

「なるほどなぁ……襲われたこっちとしちゃ悪意に満ち満ちてると思うのに、見方を変えるとそうじゃないんだ」

 まともに受けてしまえば死んでいてもおかしくなかったほどの強烈な斬撃を何度も受けたシークが神妙になる。

「そういうこと。だから戦争だって起こっちゃうって訳ね。ま、曲論でもあるけど」

「いろんな理解が大事なんだね」

 トレスの言葉にリーファも頷く。

「そうね。いろんな角度からの見方を理解したり、視野を広く持つってことは、とても難しいことだけれど大切なことね」

「だね……」

 ただ敵を撃ち滅ぼす、という戦闘にどんな背景があるのか。知らなくても良いことは沢山あるし、知らなければならないことも山ほどある。今回は近隣住民が困っていることから、下級魔族の討伐という依頼が出たが、例えば人を捕らえる依頼であれば、人と人とが争うことにもなりかねない。そうした場合、ただ眼前の敵を屠るだけでは、それこそ守護者やゴーレムと何ら変りはない。意志を持ち、生きているからこそ、考えることを放棄してはならない。

「物音もしないし、流石に誰かが潜んでるってこともなさそうね」

聞き耳ヒア・ノイズ?」

「そ。騒がしいと無理だけど」

 盗賊や斥候の技術の一つである聞き耳をフューは使ったようだった。常人のそれとはまったく異なり、ごく僅かな、些細な音でも聞き漏らすことが無いと言われている。離れた位置にいる敵性存在の人数を足音だけで判断したり、口から吸着音クリックを発し、その反響で粗方の距離を測ったりもできるそうだ。ただ聴力が優れているという訳ではなく、そこから得られる分析も、知識として持っていなければ有用に利用することはできない。

「それは斥候の技術?」

「ま、そうね」

「フューの斥候の技術と精霊魔導、薬草学は超一流よ」

 特に今回の件はトレス一人ではどうにもならなかった。落盤の現場からフェイリックとリーファを助けることはできただろうが、そこまでだ。フューはいつでも頼りになる。

「やぁね、照れるじゃないの」

「トゥール十四爪牙の称号、ルースに押し付けたのはフューだしね」

 冗談めかしてトレスは笑った。

「それバラしちゃダメなやつ!っていうか押し付けてなんかないわよ!」

「え!そうなんですか!」

 フェイリックが色めき立つ。トレスの言葉ではなく、フューの「バラしちゃダメ」に反応したようだ。

「押し付けたってのはトレスの冗談。本来爪牙の枠は十八あって、そもそもルースは勿論だけど、リゼだってアインスだってトレスだって候補には上がってたんだから」

「は、初耳です」

「それこそ言っちゃダメな話じゃないの?」

 トゥール十四爪牙が本当は十八爪牙だったのかもしれない、と今になって判ったところで何が起こる訳でもない些事だが、くだらない噂話や世間話、都市伝説などを大仰に記事にするような記者などが好む話であることは間違いないだろう。

「ま、フェザーやエルフにとっては人間の争いは関係の無いこと、ってのが定説だからね。いわゆる亜人類で称号を受けた人はいないはずよ」

 フューやリゼリアの様に候補に挙がった亜人類もいたが、結果的に十八人を予定していた爪牙は十四人、それも人間だけになった。

「でも邪竜や魔族、鍵師が世界を荒らしたらエルフやフェザーの集落だって滅んでたかもしれないのに……」

「だからあたし達は戦ったのよ。他人事だなんて思えなかったから」

 リーファの言うことは尤もだ。曾祖母にエルフを持つ彼女だからこそそう言えるのかもしれない。トゥール六王国大戦で仮に五王国連合軍が敗北を喫していたと考えれば、本当にフェザーやエルフの集落も無事では済まなかったはずだ。

「それなら称号は受けても良かったんじゃ……」

「じゃあ言い方を変えるわ。称号や名声が欲しかった訳じゃないし、人間が決めた人間のいざこざに巻き込まれるのが面倒だったから、人間のことは人間に任せたのよ」

「納得」

 事実、エルフであるリゼリアは辞退し、夫であるルース・マイザーは十四爪牙の称号を受けた。

「誤解のないように言っておくけど、ルースだって名声が欲しくて受けた訳じゃないのよ」

「知ってます。威戦士いせんしだったからですよね」

 その辺りの話はリゼリアから聞いていたのかもしれない。

「そゆこと。ナイトクォリーのソアラ王もそうだったし、敢えて国からの首輪を自ら着けたってことね」

 五王国連合の王達は、トゥール十四爪牙を選出する立場にいたので、トゥール十四爪牙にはその名を連ねてはいない。しかしその王達の中にも威戦士は存在し、中でも王でありながら凄まじい戦果を挙げた、ソアラ・スクエラ・ナイトクォリー王は別格の力を持っていた。そんな強大な力を持つ自らを、あえて国営局や国民の、衆人環視の元に置いたのだ。

「伝承の四戦士ですら、戦後は危険視されてたって言うもんな……」

 灰世紀の書物や、古代魔導帝国の書物、数々の歴史書に登場した伝承の四戦士。彼らなくして終戦は有り得なかったとまで言われている、伝説的な英雄だ。

「まぁ彼らが本当に本物かどうかは疑わしい所もあるけれど、彼らのような超常的な力を持った者達が何の制御もなく自由意思でいることが問題視されたのよね」

 争いの元凶はいつの時代でも強大過ぎる力だ。単身でも上級魔族を屠るほどの力を持つ者が半期を翻さないとは限らない。戦争に疲弊した人々から生まれた猜疑心、そして平和を望む思いがあった。

「それはルース爺ちゃんとかソアラ王も同じってことだよね」

「そうね。折角終わった戦争を再び起こしたくないっていう思いだったのよ、みんな」

 伝承の四戦士や、トゥール十四爪牙、強大過ぎる力を持った彼らを、未来の戦犯と疑うことは絶対的な誤りではない、とトレスは思っている。彼らが国や人々を守るために戦い、どんな思いでその戦乱を駆け抜けて行ったのか、トレスは知っている。彼ら以外の戦士や兵士、数えきれないほどの人々の命が散って行く様をどんな気持ちで見ていたのかも。そんな思いを持った彼等だからこそ、その強大な力は制御されるべきだという考えを、彼等は自分達で熟慮していた。

「共通の敵を倒した後の、力の管理ってことだよね」

 聡明な彼らは、自らが英雄となることで、常に大衆に見張られる立場を取った。それは彼らに反逆の意志など欠片もなかったからだ。文字通り命を懸けて戦い、戦い続け、愛する者を喪いながらも勝ち取った平和を、少しでも長く保つため。

「そうね。でも捕まえて監禁、なんてことじゃないし、ルースだって戦後は自由に、穏やかに暮らしてたんだから」

「確かにそう聞いてるよ」

 終戦後も魔族の残党狩りなどには積極的に参加していたようだったが、それも自らが英雄となった責務でもあった。英雄は最後まで英雄として生きなければならないことを、ルースは良く理解していたのだろう。

「ま、連中は本当の意味でどんな存在かも結局は解らなかったみたいね」

 太古の歴史から登場する伝承の四戦士とは四人の戦士であることしか判っていない。灰世紀に存在が確認された彼らと、古代魔導帝国に現れた四戦士、そして第一次、第二次トゥール六王国大戦に現れた彼らが同一人物であるのならば、彼らは寿命を持たないエルフ、またはフェザーである可能が高いという説もあるが、それは誤りだろう。

「トレスとフューさんは、伝承の四戦士と一緒に戦ったりしたの?」

「ルースほどじゃないけれどね。肩を並べて、と言っていいくらいには」

「いい奴らだったわよね」

 彼らの耳は尖っていないし、背にも翼はない。飛行が必要だった状況に直面したことが何度もあったが、彼らが翼を出現させることはなかったことから、フェザーが翼を隠していた訳ではないことも、知っている。

「すげぇ……」

「でもま、戦争が終わったらさっさと姿を眩ませちゃったし、あたしもそれっきりよ」

 第二次トゥール六王国大戦終戦式典が行われる前に、彼らは四人揃って姿を消した。終戦式典の計画と共に、トゥール十八爪牙の候補者が選出される際、彼らの行方を探る捜索隊までもが組織されたらしいが、それは彼らに称号を贈るためではなく、監視下に置きたかったのであろうことは明白だった。

「本当に、本物だったのかなぁ」

 フェイリックが目を輝かせて言う。

「当人達はそうだ、って言ってたけどね。状況も状況だったし、あんまりゆっくり話す機会はなかったわ」

「だとしたら、フューさんと同じ理由で姿を消したとも考えられないかな」

 フューは十四爪牙の真意を読み取り、人間から距離を置いた。あれから百年近くも経った今では国営局や公国衡士師団から監視されることもなくなり、自由気ままな生活を送っている。もしかしたら伝承の四戦士もまた、名を変え、姿を変え、トゥール公国のどこかでひっそりと暮らしているのかもしれない、という噂もある。

「あたしもそう思ってる。それこそルースやソアラの決断だって同じことだった訳だしね」

「それこそ見方の違いってことね」

 見られ方は違えど、その芯にある思いは同じだ。トレスは傭兵でしかなかったが、大戦中に触れ合った各国の国王や王国騎士、魔導師や神官達と思いは同じだった。だから十四爪牙の称号を辞退したフューの気持ちも、敢えてそれを受けたルースの気持ちも、心に痛みを伴うほどに判っていた。

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