第8話:覚醒する力
シークの剣が砕け散った瞬間、トレスは目を見張る。
(あれは……!)
幾度か目にしたことがある。
「シーク!これを!」
トレスはその瞬間、自身の
「ダメだ!細剣なんかじゃ折れちまう!」
「魔導剣よ!そう簡単に折れ曲がったりしない!
魔導の剣は通常の衝撃などでは絶対に折れたり曲がったりはしない。その魔導の剣以上の力を持った魔導、もしくは魔導の武器での攻撃でなければ、壊れることはない。トレス自身が剣を合わせてみて判ったことだが、
「えぇいもぉ!っらぁっ!」
足元に転がったトレスの細剣を持ち、旒剣を使用する時と同じように集中を始めた。そして再び襲い掛かってきた守護者の剣を受け止める。
「!」
先ほどとは違い、今度は守護者の剣が弾かれた。その瞬間を見計らい、シークは先ほど亀裂を入れた上腕にもう一度攻撃を仕掛ける。
「ああああ!」
ぞり、という金属が削がれるような音を立てながら守護者の右腕が落ちる。
「フェイ!」
「うぉおおお!」
フューが止めた剣が弾かれるように跳ね上がり、再び守護者の頭部を狙ったフェイリックに襲い掛かる。フェイリックは左腕の
(
彼の曾祖父、ルース・マイザーはその身に灰世紀の技術を宿す、威戦士と呼ばれる存在だった。人ではありえない動作をする者や、驚異的な身体能力を持つ者、その能力は様々だが、様々な歴史書に威戦士の存在は書き記されている。どうした経歴で生まれたのかは謎に包まれたままで、ルース本人も、瀕死の重傷を負った後に気が付いたら能力が備わっていたということしか判っていないなど、真相は闇の中だが、その能力はどうやら遺伝もするようだった。
「サラマンダー!お願い!」
「精霊魔導!」
リーファの声が響いたと同時に、トレスも即座に高速詠唱で呪文詠唱を開始する。フェイリックの一撃で結界の魔導回路が破壊されたのかもしれない。気付けば精神的な圧迫感は消え失せていた。
「
「ヴォルタ!」
トレスが放つ無数の魔力の矢に続き、フューも雷の精霊を呼び出し、頭部に雷撃を加える。古代語魔導の
「があ!」
一度着地していたはずのフェイリックが再び宙を舞い、渾身の一撃が守護者の首を刎ねる。ごとり、と重たい金属が床にぶつかる。フェイリックは着地した後にすぐさま振り返り、油断なく残心する。
「……」
「止まっ……た?」
サラマンダーの力を借り、
「ふぅっ!倒したわね」
うっすらと浮いた額の汗を手の甲で拭い、トレスは大きく息を突いた。魔導が使えていればそれほど大騒ぎをするような敵ではなかったが、魔導が使えないだけで脅威となる。フューは勿論、シークやフェイリック、リーファがいなければ勝利できなかったかもしれない。
「やった!」
「でもなんで急に魔導が?」
突然消えた圧迫感を自覚する前に、リーファのサラマンダーを呼ぶ声が聞こえた。その瞬間、圧迫感が消えていることに気付き、トレスも高速詠唱を開始した。
「リーファがサラマンダーを呼んだから、使えるようになったって判断したのよ」
「リーファは何で判ったんだ?」
「実はウンディーネにまだいてもらったの」
シークの問いに、リーファは肩に乗っていたウンディーネを可視化した。ウンディーネはどこか誇らしげに胸を張っている。
「ウンディーネを呼んだままサラマンダーも呼んだの!」
フューが頓狂な声を上げる。
「あんまり仲良くないんですけど……」
「そりゃそうでしょ……。でも同時に真逆の属性の精霊を呼べるなんて大したものよ……。流石はリゼの曾孫ってことかしらね」
精霊魔導は通常、一体の精霊を呼び出し、その精霊の力を借りることで発動させる魔導だ。精霊魔導師の技量に依っては、相性の良い精霊二体を同時に呼び出して、複合精霊魔導を行使することもできるが、リーファのように水の精霊であるウンディーネと炎の精霊であるサラマンダーを同時に呼び出せば、精霊同士で諍いを起こしてしまう可能性が高い。リーファは複合精霊魔導を使うことはできなかったが、真逆と言っても良い精霊を呼び出して、サラマンダーの炎の矢を発動させた。それだけでも充分瞠目に値する。
「それとリーファの才能ね」
彼女の曾祖母であるリゼリアも才能ある精霊魔導師だったが、その才能はしっかりと受け継がれているようだ。今回のことがなければ、トレスがそれを知るのはずっと先のことだったかもしれない。
「でもフェイの一撃でウンディーネの声が聞こえてきたから、結界の効力がなくなったって判ったの」
「頭に回路を積んでたなんて、マトモにすぎるわね」
それでも少ない人数で対応していたら、頭部への攻撃は難しかっただろう。フューとシークがそれぞれの剣に張り付くように対応してくれていたからこそ、フェイリックも攻撃ができた。
「でもフェイの勘と身のこなしも凄かったわ」
「確かに。全盛時のルースもあんな感じだったわよね」
「そうね、変幻自在、って思うくらいに身体が良く動く人だったわ」
あれは確かに威戦士の力の発現だった。守護者の剣を弾いた反動だけでは身を翻して突進まではできはしない。あの守護者の剣を受けた時の反動を数倍にも反響させ、自身に作用させる。原理は不明だが、威戦士には魔導師ですら解明ができない不思議な力を宿す者が多い。
「ルースさんって威戦士だったんでしょ」
「えぇ。フェイリックはその血を色濃く受け継いでいるようね」
「まったく自覚無いんだけど……」
しかしフェイリックの中に眠る威戦士の血が理解している。守護者の剣の一撃を受けた衝撃を生かした戦い方を無意識の中で思い描いていたようにも感じられた。
「なるほど……リーファちゃんはリゼの、フェイ君はルースの力を色濃く受け継いでるってことね」
「そうね」
リゼリアもそんな二人だからこそ、会いに来ていたのかもしれない。それこそ幼かったフィーに持てる技術を叩き込んだフューのように、この先自分達の足でしっかりと立って、戦って行けるように。
「それにしてもなんで俺の剣、砕けたんだ……?」
「それはシークが
力の発現はもう一つあった。それがシークの旒勁の覚醒だ。
「旒勁に?俺が?」
シークもまたフェイリックと同じように全く自覚はなかったようだ。
「そ。旒具って人間誰しもに内在している気の力を引き出して増幅する魔導回路がつけられているのよ。だから、その僅かな気の力を遥かに上回る旒気が流れ込むと、負荷が強すぎて暴走しちゃうの」
「し、知らなかった……」
旒勁への覚醒は何が引鉄になるのか今もって解明されていない。幾ら訓練を積んでも覚醒しない者がいれば、物心ついた時には自然と使えるようになった者もいる。夫であるアインスは気付いたら使えるようになっていたらしいが、口癖のように「ようは戦いへの感覚なんだろ」と言っている。
「今度からは旒具は買っちゃダメよ。都度壊れるからね」
一度旒勁に覚醒した者は、以降旒具を使えば必ず壊してしまう。僅かな気の流れでも、旒勁に覚醒していない者と、覚醒した者ではその強度が違い過ぎる。
「な、なるほど……訓練もしないとか」
「そうね。コントロールは慣れるまで大変みたいだから、旒勁の使い手に一度訓練してもらった方がいいわ」
「今すげー腕がだるい」
旒勁は体内に存在する気、精神力と言い換えても良いかもしれないが、その気を強力な旒気というものに変質させる。旒気となった気は、体内を巡らせることにより、体細胞を活性化し、強化する。それ故に、旒勁を行使した後は強い疲労感に見舞われるらしい。
また旒勁には
「なんにしてもトレスとフューさんがいてくれて良かった」
へたり、とその場に座り込んでシークが苦笑する。
「最初の落盤から考えたら死んでてもおかしくないもんね……」
リーファが続き、自分の肩を抱く。緊張の糸が切れたようだ。トレスは高速詠唱で
「そうね。気を抜くとどんな局面でも命を落とす危険性はあるってこと。今回は安全……とは言えないけれどそれでも罠も何もない遺跡だった。でも私も、フューもいなくてもっと危険な地下迷宮に行くことになったら、みんないつ死んでもおかしくない。それくらいの緊張感は持っていないとね」
「……」
そもそもの落盤についても、全員が死んでいてもおかしくはなかった。自然洞窟の落盤を予測することは難しいが、それでも落盤の危険性があると理解して慎重に、注意深く進んでいれば、小さな異変に気付ける可能性はあっただろう。フェイリックとリーファが巻き込まれることはなかったかもしれない。
「一番の敵は、知らないってこと。戦う力が足りないだとか、魔力が心許ないとか、そういうは二の次三の次ね」
そのために学び、準備するものはしっかりと準備する。三人とも決して軽い気持ちでこの依頼を受けた訳ではないだろう。しかし、依頼文の額面通り、自然洞窟に巣食う下級魔族の討伐としか考えていなかった。それも無理はない話だが、洞窟という時点で盗賊や斥候を雇うのもまた、危険回避の手段の一つだ。
「だから少しずつ学んで行くの。私も、フューも、リゼも、アインスだって最初から全部知ってた訳じゃない。最初から禁呪が使えた訳じゃない。最初から強かった訳じゃないのよ」
できるだけ優しい口調になるように心がけながらトレスは諭すように言う。それも大事な親友の子供達を喪いたくないからだ。
「今回のことは貴重な経験だったってことか」
「いつでも、どんなことでも、貴重な経験よ、フェイ」
自重するように言ったフェイリックに、トレスは笑顔を向ける。
「そっか……。まだまだだなぁ」
一つのことを一流と呼べるものにするまでには、いくらほどの時間をかけなければならないなどという話も耳にするが、それはことを成そうという本人の意識の高さにも依る。今回のことのように、下級魔族の討伐という依頼の場所はどこなのか、その場所が自然洞窟ならば、何を準備して持って行くか、そうしたことを綿密に考えなければならないことは、三人も良く判っただろう。
「たまにはベテランの仕事を目にするのも悪くはないでしょ」
ぴん、と人差し指を立ててフューがウィンクする。
「はい、すごく勉強になりました」
「だね」
結果的に大きな怪我もなく、みんな無事だった。折角守護者という強大な敵を打ち破ったのだから、お説教はこのくらいにしておいた方が良いだろう。
「そう言えばフューさん」
「何?」
「シークを守った時に使った
少し距離を置いて状況判断をしていたリーファには良く見えていたのだろう。トレスもフューのあの技を初めて見た時には随分と驚いたものだった。
「あぁ、あれはまぁ変わり身というかなんというか……」
「変わり身?」
トゥール大陸の斥候や暗殺者にはない技術だ。
「アルダースト大陸の暗殺者、隠密とも呼ばれてるけど、彼等特有の技術の一つね」
六王国時代、ある隠密の一団が、アルダースト大陸からトゥール大陸に渡ってきた。その一団は今も存在しているが、フューはその一団に様々な技術を学ばせてもらったらしい。
「あ、暗殺者……」
盗賊の技術に斥候の技術。精霊魔導を駆使し、空を駆るフェザーでありながら、暗殺者の、それも特殊な技術までもを持っているフューは、個人で見ても相当に強力な存在だ。大きな争いがなくなった今の時代の衡士であれば、束になっても敵わないだろう。
「まぁ自分の姿を錯覚させて攻撃を誘うっていう点では魔導師の鏡幻影と同じようなものなんだけれど、自分の衣服に似たような色の布を膨らませてあたしと錯覚させるようにするのよ」
六王国時代には小枝等を布に絡ませて大きさを出していたらしいが、今はバネの力を利用し、一気に広がる小型の棒状の物を使用しているらしい。
「布?」
「そこに落ちてるでしょ」
フューが指差した先には確かに布が落ちていて、その色合いはフューが身に付けている強化服と同じものだった。
「ほんとだ……。全然気付かなかった」
「布を上手に、質感があるように膨らませることと、そこに気配を置いておく、っていうイメージで咄嗟に入れ替わらないとすぐばれちゃうから、同じ相手に二度は通用しない手ね」
守護者は恐らく、気配を正確に察知して攻撃を仕掛けていたはずだが、その気配の察知能力をも騙すフューの技術は凄まじい。
「や、気配を置いとくとかすごすぎて訳判らないんだけど……」
盗賊や斥候は自身の気配を消すことはお手のものだが、フューは自身の気配をある程度操ることができる。フューと一対一で戦って勝てる者はそういないだろう。
「戻ったら図書館で影斬りっていう名の戦士を調べてみるといいわ」
かつてのフューの通り名を披露する。第二次六王国大戦の功労者に贈られた称号、トゥール十四爪牙こそ辞退はしたものの、様々な歴史書や冒険譚にはその名が刻まれているほどには有名な英雄の一人だ。
「影斬り!聞いたことあるよ!もしかしてフューさんのことなの!」
フェイリックが拳を握ってはしゃぐように言う。
「ん、まぁね」
「すげぇ、伝説の戦士と一緒に冒険なんてしちゃったよ、俺達……」
座り込んだままフューを見上げてシークは唖然とする。
「それを言うならルースだってリゼだって同じじゃない」
そもそもルースはトゥール十四爪牙の一人で、それこそ伝説の英雄と言われても良いほどの戦士だ。
「確かにそうだろうけど、おれは会ったことないし、まぁ身内だしさ」
それでもフェイリックの表情はどこか嬉しそうだった。
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