第7話:宝物の守護者

 通路を進んでいると、先頭を歩くシークが声を上げた。

「お、扉……」

「右と左、通路はそのまま奥に……突き当りかしら」

 通路は直進。十メートルほど先は壁のようで、その手前、五メートルほど先に扉がある。右にも、左にも。

「ここが正面の扉かしら」

 扉はかなり大きなもので、両開きの扉だ。窓はないが、多少の意匠性もある。

「かも。どっちも蝶番の軸は外ね」

「ってことはどっちも外開きだ」

 地下迷宮等では扉の開き方にも注意を払わなければならない。古代魔導帝国や灰世紀の遺跡では扉が横にスライドする引き戸もあるが、多くの扉は開き戸で、扉の先に侵入を試みた時に押して開く場合と、引いて開く場合で、行動の取り方も変わる。

「あたしの感覚からすると、こっちが外だけど、多分埋もれてるから開かないわね」

 フューは左側の扉を探りながら言う。恐らくは山中を掘って造られたものなのだろう。幾度かの地殻変動で埋もれてしまった可能性が高い。

「扉、壊してみる?」

 蝶番を破壊すれば扉はただの板と変わらない。魔導が使えない状態でも剣一本で壊すことは可能だが。

「やめときましょ。音の反響からして扉の向こうは地中。明かりも抜ける様子がないわ。さっきの落盤の影響もない訳じゃないだろうし」

 扉がなくなることで地中の土砂が流れ込んで来る可能性もある。それに連鎖して内外で土砂崩れが起きないとも限らない。

「そっか……。となると、こっちが遺跡の奥への入り口?」

「でしょうね」

 話している間にフューが反対側の扉を調べる。

「罠はないわね。ま、ある訳ないけど」

「鍵もなさそうだ」

 開閉用の取っ手はついてはいるが、鍵穴らしきものは確かに見当たらない。

「魔導的な仕掛けができないとなると、物理的な仕掛けしかない訳だし、でもここが往来の通路だとしたら罠を仕掛ける意味がないわ」

 神殿跡ではない。宝物庫にしては魔力を無力化する結界のみでは心許ない。これまでの扉のどれにも鍵はかかっていなかった。そしてただの倉庫にしては結界が大がかりすぎる。

「確かに。何に使われていたのかが判らないと何ともね」

「宗教的な感じはしないよなぁ」

「だね」

「あとは保管庫……」

 そこでふと思い当たる。魔導師の研究材料の保管庫の一つだとしたら。トレスも一時期は時間に関する研究していた時期がある。その時の研究材料や研究成果は、とある遺跡を利用して、自身にしか解除できない仕掛けなどを施していた。この結界も、そんな魔導師の研究成果を保管する場所の一つなのかもしれない。

「魔導の品物を封印して保管する、って場所だったらお宝もあるかも!」

 ぱぁ、っとフューの表情が明るくなる。フューは出会った頃から宝探しを専門とする斥候、いわゆる宝物狩りトレジャーハンターだった。出会った頃は今のシーク達と同じく駆け出しではあったものの、当時からフューの技術は一流だった。そんな長年宝物や遺物を探し続けてきたフューでも、宝物の存在は胸踊るものらしい。

「フューも随分希望的な想像するのね」

 そう言いつつ、トレスもフューと同じ気持ちだった。遺跡調査などはどれだけ手こずったとしても空振りに終わることなど珍しくない。つまらないものでも何か一つ、遺っている物があるだけで、その後の笑い話にもなる。

「ま、何事も楽しまないとね、フェイ君」

「そうだよトレス、何が待ってるのか考えるのも楽しいじゃないか」

 進んだ先に何が待っているのか。そんな好奇心がなければ冒険者家業など続けられないものだ。六王国時代、フューと一緒に冒険していた頃は、フューやアインスの好奇心に随分と振り回されたものだった。

「それもそうね。……さっきよりもまた圧迫感が強くなってきたわ。緊張感だけは持っておいて」

 恐らくこの扉の先に何かがある。トレスの予想が正しいとするならば、保管庫だろうか。

「了解。さって開けるわよ」

 生物などの気配は感じられないが、この圧迫感の中ではその感覚も疑って然るべきだ。渋い音を立てながら、シークが扉を押し開くと、明かりが漏れる。

「明るい?なんで?」

 室内はランタンの明かりが必要ないほどに明るい。トレスと同時にフューが天井を見上げた。

「天井に発光する旒刻石が使われてるみたいね。明かりを持たなくていいのは助かるけど……」

 旒刻石りゅうこくせきは大地の生気、旒刻旋りゅうこくせんの力を溜めた、気の力や魔導力に呼応する魔導石の一種だ。古代語魔導師や精霊魔導師が創り出す護符などには触媒として宝石が使われるが、市場に出回っている一般的な宝石よりも触媒としての効果は高い。それ故に強力な魔導の力を秘めた武具には必ずと言って良いほど使用されている。

「でもここだけ明かりがあるっていうのもおかしいわね……」

「フューさん、これっていつの時代のものなんですか?」

 フューの言葉にリーファが反応した。先ほど明かりを見ればどの時代のものなのかが判ることもある、と言っていたのを覚えていたのだろう。

「どれだけ遡ったとしても、六王国時代初期、かな」

 この明かりの技術は当時は流通しなかったものだ。今街の明かりとして利用されているのは、この明かりと同じく旒刻石を使用したものだが、旒刻石を厳選し、魔導学院の魔導師達が長い時間をかけて研究したもので、トゥール公国が発足してから漸く完成した技術だった。

「その頃の明かりは、あまり持続時間は長くないはずなのよね」

「そうね。どうも扉を開けた時に光るようになってたみたいだから、どれだけ魔力が蓄積されてるのかは判らないわね」

 フューは六王国時代後期に生まれたフェザーだが、あらゆる遺跡を巡って知識を身に着けた。そうした知識はトレスももちろん持ってはいるが、専門的に学び、実際に多くの遺跡に触れてきたフューには敵わない。

「じゃあいつ暗くなってもおかしくないってこと?」

「急に真っ暗になったりはしないはず」

 蓄積された魔力の残量に応じて、徐々に暗くなって行くはずだ。

「でもなんでここだけなんだろ」

 恐らくはここを利用していた者が、暗いままでは不便していたからだ。つまりこの遺跡を利用していた者が、多くの時間を費やした場所。

「ここが目的地、ってことよ。油断しないで」

 トレスは言うと、注意深く室内を見渡す。

「油断も何も、敵なんていない……んじゃない?」

 扉の先は広間になっている。三十メートル四方ほどの広間で、部屋の四隅に丸い支柱がある。そして正面にはゴーレムと同じような大きさの、人を模った銅像が一体。

「……いるわ」

 その銅像を見据えて、トレスは細剣レイピアを構える。

「え、銅像、でしょ?」

「もしかしてブロンズゴーレム……?」

 魔導が正常に作用しないこの結界内でゴーレムが動くはずはない。しかし、トレスが想定する敵であっても、この結界の中では動くことはできないはずだが――

「そんな生易しいものじゃないわ」

 そうトレスが言うと、銅像はゆっくりと動き始めた。台座に腰かけていた姿勢から、立ち上がり、台座の脇にあった二振りの大きな剣に手を掛ける。

「え……」

 呆気にとられながらも、シークとフェイリックは剣を構える。

「宝物の守護者スプリガンね……」

「守護者」

 ゴーレムとは訳が違う。魔導で錬成された特殊な魔導合金でできている。動きの切れもゴーレムとは比べるべくもない。魔導を行使できないこの状況で、頼れるのは剣のみだ。

「元々は妖精だったなんて話もあるけど」

「あれは魔導生物じゃないの?」

 フェイリックが嘆くように声を高くする。

「本来は魔導生物よ。でも力場……この圧迫感はあの守護者の中にその装置が埋め込まれてるみたいね」

「なんで動けるんだよ!」

 両手に持った二振りの剣を大きく振りかぶり、守護者は一歩踏み出す。今この状況では、逃げるか、戦うか。

「あの守護者が動けなければ意味がないから、そうした魔導公式を組んだものなのかも」

「だとする相当高度な魔導なんじゃない?」

 トレスの言葉にフューが反応する。確かにフューの言う通り、相当に高度な魔導公式を組み立てられた結界と守護者なのだろう。

「禁呪かもしれない」

 いくつか、考えることはできるが、それこそ何年もの時間を費やし、漸く組めるであろうほどの魔導公式だ。やはりここは不明の魔導師の保管庫なのかもしれない。

「まさか守護者って、襲って……」

「当り前でしょ。力場内に誰かが入れば感知するし、近付いてきた侵入者は排除するってことよ!」

 剣を振り上げた守護者を見て、シークが半歩、後退る。一歩、また一歩と守護者が近付いて来る。

「来るぞ!」

「わぁっ!」

 大きな踏み込みから大上段の一撃を振り下ろす。そこでとどまらず、左手の剣が横凪ぎに一閃。守護者の一撃をフェイリックの剣が阻む。

「シーク、フェイ、無事?」

「あ、あぁ!なんて力だ!」

「こっちも大丈夫!」

 シークもフェイリックも右利きだ。トレスは守護者の左手側に回り、シークとフェイリックが少しでも攻撃し易くなるよう、立ち回る。

「リーファ、牽制にはなるから弓は構えておいて!」

「うん!」

 リーファは魔導生物にも効果が高い銀の矢シルバーアローを持っている。その腕前も折り紙付きだ。

「フュー、左お願い!」

「了解!」

 言ってトレスは守護者の正面を取る。

「シークは右!フェイは後ろを!リーファは支柱をうまく使って立ち回って!」

 守護者の四方を一人ずつで固めれば、攻撃は分散する。その隙を突いて攻撃するしかない。

「トレス?」

「……!」

 今守護者が狙いを定めているのは恐らくトレスだ。そのトレスに左右から同時に斬撃が襲い掛かる。

「無茶しちゃダメ!」

 体制を低く、腰溜めに足を踏ん張り、くるりとわずかに右に身をひるがえすと、右から襲ってきた剣を追撃するように細剣を叩き付ける。魔導の細剣でなければこれだけで曲がるか折れるかはしていたかもしれない。勢いを削ぐどころか更に加速させた守護者の剣と腕は自身の胴に巻き付くように当たり、右手の剣の自由が利かなくなる。

「……やっぱり守護者自体が力場を形成する魔導装置そのものだわ」

 そのわずかな一瞬でトレスは間合いを取り直す。あまり披露する機会はないものの、トレスは剣の扱いにも自信を持っている。しかし今回は正面から斬り合って勝てる相手ではない。

「埋め込まれてるとかじゃなくて?」

 ぎりぎりにまで近付いて、より圧迫感が強くなったことで確信を得る。不明の魔導師は、この守護者との戦闘そのものを実験としていた可能性すらある。この状況下での挑戦者の立ち回り。自身の魔導装置の稼働状況。そんなものを記録していたのかもしれなかった。

「触媒と魔導回路、装置は当然埋め込まれてるとは思うけれど……どこにあると思う?」

 トレスに攻撃を往なされ、ターゲットを切り替えたのか、一瞬だけ守護者の動きが緩慢になる。

「頭か、心臓か……」

「人間じゃないんだから……」

 確かに魔導生物の中に何かを埋め込む場合があったとして、人間の急所と同じ場所に組み込む訳はない。

「でも創ったのは人よ。何かしらの心理や理由があってどこかに埋め込まれるはずね」

「だとしたら、頭か胸か腹か……」

「攻撃で振り回す手や脚に埋め込まれる訳はないってこと」

 人間の急所が胴体に集中している一つの真理でもある。末端の部分にそんな大事なものを埋め込み、隠す訳はない。となれば、一つずつ試すしかない。

「来る!」

 今度はシークに狙いを定めた守護者が再び大上段からの一撃を繰り出す。

「あたしとシーク君で腕一本ずつ!いける?」

「やってやるさ!」

 上段からの一撃の後に来るであろう横凪ぎの一撃は、フューの攻撃を防御させることで止めることができる。フューは突進の勢いも乗せた短刀での一撃を守護者の持つ剣に叩き付ける。

「ぎっ!」

 守護者の持つ剣は相当な硬度だ。叩き付けたフューの短刀撃で弾かれる。守護者自身を形成している魔導合金とは異なる合金で創られたものなのかもしれない。

「フェイは背後、私は正面、もう一度行くわ!」

「判った!」

「!」

 右腕の剣はシークが、左腕の剣はフューが受け持っている。トレスはもう一度正面に立ち、守護者の軸足になっている左大腿部に突きを繰り出す。

「つぁ!」

「えぇい!」

「たぁっ!」

 続いてシークが守護者の真上からの一撃を剣で受け止める。旒剣でなければ剣が折れていた可能性はあるが、体の軸は外している。フューは再び短刀を守護者の剣に叩き付け、その動きを封じるが、やはり剣が衝撃で弾かれる。フューの手にも相当な衝撃が返ってきているはずだ。

「……今だ!」

 筋肉で動いている訳ではない守護者にはトレスの左大腿部への一撃はあまり効果がなかったようだが、両手の剣をシークとフューが止めた瞬間、フェイリックが飛び掛かるように守護者の頭を狙う。

「フェイ!だめ!」

 その瞬間、守護者の胴がぐるりと反転し、フェイリックの目の前には守護者の正面が現れる。反転した勢いで飛び上がったフェイリックのがら空きの胴が狙われる。

「っ!」

 咄嗟に剣を下げ、防御に回す。その瞬間、フューがもう一振りの短刀を腰から抜き、二刀を構えて身体ごと守護者の剣にに飛びう込むようにぶつかった。弾かれたフューの身体がフェイリックと激突し、二人は文字通り吹き飛ばされた。

「フューさん!」

「大丈夫よ……」

 地面を転がって、体制を整えるが早いかフェイリックはフューに駆け寄った。どちらも剣による傷は無さそうでトレスは一瞬安堵のため息を漏らす。

「人の形を模しているからと言って人の動きをする訳じゃないわ!」

 人を模った姿をしているとはいえ、その関節の可動域などが人と同じ訳ではない。肩は背後にまで回るし、胴に至っては今見たように簡単に回転する。ただ、二足で立っているということだけは事実で、足の動きを封じればそれなりに効果はあるはずだ。

「頭は付いてるし目もあるけど目で見てる訳じゃない。恐らくあたしたち全員の行動を把握してるはず!」

「結局攻撃手段を封じた時しかないってことか!」

 フェイリックは再び剣を構え、守護者との間合いを詰める。

「来るわ!」

「シーク君!もう一度よ!できる?」

「やってやるさ!」

 守護者のそれぞれの剣を受け持つ形でシークとフューが再び配置に着く。

「アレに思考はないわ!最も効率的な攻撃手段を瞬時に判断して繰り出してくる!」

「了解!あぁぁぁっ!」

 今度は守護者の腕を狙うように、先ほどよりも深い踏み込みでシークが剣を振るう。

「!」

 しかし守護者の腕に亀裂は入れたものの、その勢いは止まらなかった。脇や筋肉、人であれば弱点でもある部位を狙っても守護者に筋肉や神経がある訳ではない。

「甘い!」

 守護者にではなくシークに言い放ち、フューは再び突進した。二刀を構え自身が受け持った剣に身体ごとぶつかり勢いを殺すと、シークを突き飛ばす。そこに瞬時に狙いを変えた守護者の剣が落ちる。

「フューさんだめ!」

 守護者の剣は確かにフューを捉えたはずだった。しかしフューの身体が先ほどのウンディーネの様にぐしゃりと曲がり、掻き消えてしまう。

「!」

「か、鏡幻影ミラーイメージ?」

 確かにフューが今使ったのは古代語魔導の初歩の魔導、鏡幻影にも酷似している。しかしフューは古代語魔導師ではない上に、この結界内だ。当然魔導を使うことはできない。

「な訳ないでしょ!」

 いつの間にか突き飛ばしたシークの真横にいたフューが声を上げる。フューは精霊魔導師であり、斥候でもあり、暗殺者でもあるのだ。その技はアルダースト大陸から渡ったとされる暗殺者独自の技で、フューは精霊魔導、斥候、暗殺の技を駆使して第二次六王国大戦を戦い抜いた。フューの持つ通り名、影斬りは恐るべき能力の高さから広まるようになった。

「ほら、今ので判ったでしょ!あんなとこ狙ったところで意味はないわ!」

「な、なら剣を引き付ける以外手はないってことか」

「そゆこと!もう一度!トレスとフェイ君のフォロー!」

 守護者を攻撃しようとは考えず、剣の動きだけに集中する。有効打はトレスとフェイリックに任せ、トレスとフェイリックに攻撃が行かないようにすることがシークとフューの役割だ。

「はい!」

 それを理解したのか、シークは力強く頷いた。

「うぉあ!」

 しっかりと間合いを取り、無暗に攻撃はせずに、守護者の剣の動きに集中する。もう一振りの剣をフューが受け持ってくれていることで、集中さえすれば無暗矢鱈に慄くことはない。

「精霊魔導は使えない……でも!」

 視界の隅でリーファが弓を引き絞っているのを確認すると、トレスは体制を低くする。それを見たフェイリックも体制を低くし、リーファの一撃を待っているかのようだ。

「シーク君!今よ!」

 大振りの一撃が来る。シークは逆手に剣を立て、左手に装備された鉄羽スティールを剣に当て、身体ごと衝撃に備える。

「止める!うああああ!」

「シーク!気を付けて!」

 激しい剣戟が響き渡る。

「たっ!」

「よっしゃあ!」

 瞬間、攻撃の手と共に守護者の動きが止まったのをリーファは見逃さなかった。リーファが放った銀の矢は守護者の頭部に突き刺さる。ぐらり、と守護者の身体が揺れたその瞬間、聴いたこともないような、何とも形容しがたい音と共に、シークの剣が砕け散ってしまった。

「なっ!」

 続いて飛び掛かろうとしていたフェイリックが逡巡する。

「剣が……!」

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