第6話:進行、遺跡?

「あら、何だか圧迫される……」

 先ほどの地下への階段まで戻って来ると、トレスが呟くように言った。先ほどと同じように、精神的に、頭を締め付けられるような感覚だ。

「ウンディーネ!」

 リーファの肩に乗っていたウンディーネの姿が歪む。

「結界が戻ってきたみたい」

 魔力に干渉する力場を作っている結界そのものが動いているのは間違いなさそうだ。

魔力の矢エナジーボルト

 トレスは口早に高速詠唱を行使し、一本だけ魔力の矢を壁に向かって飛ばす。魔力の矢は術者の熟練度に依って一度に出せる本数が異なる。今回は高速詠唱という、本来の呪文の中に含まれる、魔力の矢を射つための魔導公式から、必要最低限の魔導公式だけを抜粋した、短縮された呪文詠唱を行使した。短縮されているが故に、すべての詠唱をして射つ魔力の矢よりも威力は落ちる。

「消えた!」

「少し飛んでから消えたね」

 高速詠唱とはいえ、威力はともかく効果は変わらない。魔力の矢は狙った標的に必中するはずだが、壁に当たる前に魔力で紡がれた矢が減衰し、消滅した。

「ウンディーネと会話は?」

「できません」

 フューの声にリーファが答える。ウンディーネの姿はやはりぐにゃりと歪んだままで、なるほど、トレスの精神的圧迫感を極端に具現化したような状態だ。

「一旦離れましょ」

 結界の移動範囲の限界なのか、少し離れると、精神的圧迫感は消え、ウンディーネの姿も正常に戻った。

「戻った」

「どぉ?」

 ウンディーネからの情報で何か判るかもしれない。

「大きな雑音が聞こえて、自分で声を出しても音にならないって……」

「怪我とか、何か不調は?」

 古代語魔導が減衰し、力を失ったことを考えると、精霊魔導師の力の源である精霊にも某かの悪影響があるはずだ。

「さっきもそうだったけど痛みとかは特にないみたい。でもものすごく雑音がうるさいって」

 魔導発動後の魔力の矢と、精霊魔導の力の源とでは、効果が違うということか。精霊そのものを消滅させるほどの効果はないようだ。

「ふむ……私が感じた感覚と魔力の矢が消えたことを考えると、魔力を圧迫してる感じね。大きな魔導もかなり威力が制限されるか、無力化される……」

 言葉が通じなければ、精霊魔導も発動はできない。ここに使い手はいないが、恐らくは神聖魔導も同じだろう。

「なるほど。やっぱり魔導の類は頼れないってことだな」

 となれば肉弾戦あるのみだ。精神力を高めたり、防御力を上げる魔導もあるが、予めかけておいてもその効力は無力化されてしまう可能市の方が高い。

「そうみたいね。じゃあ、覚悟を決めて行きましょうか」

「あぁ!」

 フューの不適な笑みにシークとフェイリックが力強く頷き返した。



 発見した地下への階段を下り、地下のフロアに着くと、フューはランタンをあちらこちらに向け、観察を始めた。

「遺跡ね。当たり前だけど人工物。それにやっぱりここは入り口じゃないみたいだし、非常通路だったのかもってのは当たってるかもね」

 壁や床の石の敷き詰め方でも、どの時代に造られた遺跡なのか、ある程度の予測は立つ。フューの知識があれば、特定できるかもしれない。

「い、いきなり最深部とかそういうこと?」

「かも」

 今下ってきた通路が、遺跡の最奥からの避難通路なのかはまだ判らない。入り口から入るよりは、深部であろうという予想だけだ。

「遺跡なら何かを保管、もしくは祭ってる可能性が高いし、無暗矢鱈に罠がある訳じゃないとは思うけど……」

 例えば宝物庫のような場所ならば、出入りする人間にしか回避できない罠が多数仕掛けられていたりもする。しかし神などを奉っている神殿跡だとするならば、祈りを捧げるために訪れる信者を罠にかける必要はない。

 今のところどんな可能性も考えられる。 

「人の出入りそのものはあったってこと?」

「多分。力場のことを考えると、立ち入り禁止っていうよりは、荒らされないようにしてた、とか」

 階段の手前で感じた圧迫感が、地下に降りることに依って強くなっている。不調を訴えるほどではないが、結界の発生源に近付けば近付くほど、圧迫は強くなって行くのかもしれない。となれば当然魔導は使えない。精霊魔導も、精霊魔導も抑圧してしまう結界であれば、恐らくは神聖魔導でも同じことが起こるだろう。ということは神殿跡という線は薄い。

「でも古代語魔導も精霊魔導も使えなくても賊はいるだろ?」

 むしろ魔導師よりも盗賊達の方が多いだろう。遺跡荒らしをする輩はいつの時代も絶えない。

「それに対抗する手段は、あるかもね」

「罠で、ってこと?」

「そ。物理的な罠かどうかは判らないけど」

 魔導は使えない。ならば物理的な罠が一番効果的ではあるが、この遺跡の本質が判らない以上、フューの言葉もまた、推測の域は出ない。

「……」

「まぁこういう類の遺跡は侵入者を排除しようってんじゃないから大丈夫よ、恐らくね」

 息を呑むリーファを安心させるようにフューは言って笑う。

「明かりはないから、灰世紀ではなさそうね」

「灰世紀の遺跡は明かりがあるの?」

 ランタンで照らされた壁を見つつ、トレスが呟く。外は自然洞窟だったが、この中は人の手が入っている。壁もしっかりと石が積まれているし、目地材もしっかりと入っていた。時代的には古代魔導帝国が滅んだ後の遺跡かもしれない。灰世紀の遺跡ともなると、壁や床に継ぎ目がなかったり、壁や天井に魔導の明かりをともす魔導回路が組み込まれていたりもする。現代の技術では再現不可能なものも多いので、古代魔導帝国や灰世紀の時代の遺跡であれば直ぐに判ることもある。

「ある場合の方が多い、かな。魔導帝国の遺跡や地下迷宮でも魔導の明かりがあるものもあるし、その魔導の明かりの種類で灰世紀の物か魔導帝国の物か判別できる時もあるわ」

「へぇ……」

「フューほどの経験と知識がないとなかなか難しいけれどね」

「やっぱりそうなんだ」

 トレスも予測くらいは立てるが、それもフューのような優秀者斥候技術を持った者と一緒に冒険をしてきた経験があるからだ。

「ここは、明かりもないし床の石畳も丁寧に敷き詰められてはいるけど、これは割と最近の技術ね。最近って言っても六王国時代か、それよりも前か、くらいだと思う」

 トレスの予想に即したフューの言葉。トレス自身の予想も捨てたものではない、と内心嬉しくなる。

「神殿跡、にしてはちょっと無骨よね」

 更に、神殿跡ではないとの予想を確かなものにするためにトレスは言う。

「そうね。どこにも意匠的なものはないし」

 神殿跡であれば、祭っている神やそれに類する天使などの彫像が壁や柱に施されているものだが、そう言ったものは今のところ発見できない。

「じゃあ何かが祭られてるって感じでもなさそう?」

「確定はできないけどね。地域や時代、時の人達に依って何がご神体になるかは様々だし」

「それもそうね」

 古代魔導帝国の時代から、多くの人々に信仰されている神は六芒神と呼ばれている神々だ。天空王神クロノア、地呈神アルミュース、戦神スランヴェルン、美神クレアファリス、幸運神ファーミュル、解放神レーヴェ。その神々の傘下にも多数の神がいるとされている。中でも解放神レーヴェの傘下には邪神とも呼ばれる神がいて、その信仰も様々だ。この体制は古代魔導帝国時代に母体ができたとされていて、勿論それ以前から存在する神々や、各地には六芒神から枝分かれした神々が土着神として祭られていることもある。

「でもこの結界、魔導力、それに類するものすべてを圧迫して無効化するってことなら、神様は祭られていないと思うわ」

「確かに神聖魔導まで使えなくしちゃったら、神々との交信もできないものね」

 フューもトレスと同じ予想だ。予想とはいえフューの予想は心強い。

「なぁるほど……」

 神妙にシークが頷く。半分くらいは、判ってくれているのかもしれない。

「ま、ともかくまだ判らないことだらけだわ。慎重に行きましょ」



 階段を降り、少し進むとフューが呟いた。

「うーん、墓、かな……」

「お墓!」

 ひぃ、とリーファが小さく悲鳴を上げる。リーファ達はまだ不死者との戦闘は未経験だったはずだ。あの醜悪な姿や酷い匂い。傷を負わされれば同じく不死者になってしまう可能性があること。それとなく不死者の危険性は話してきたが、そのせいで恐ろしさばかりが先行してしまっているのかもしれない。トレスもできることならば不死者とは相対したくはないので、リーファの気持ちも判らなくはない。

「呪術的なものはこの力場のせいで働かないだろうから、不死者が出て来るなんてことはないわよ」

「あ、そっか」

 墓所と言えば必ず不死者が出てくる訳ではない。不死者もまた死体を元に魔導で創られた魔導生物だ。何某かの病原体や薬物などで突然変異するという例外もあるが、不死者の中で最も強力な存在とされているリッチーは、禁制古代語魔導で自らを不死者化した魔導師だと言われている。

「さっきのゴーレムとかは?」

「あの子達もきっとこの力場の中じゃ動かなくなるわ」

 恐らく形を保つことすらできないだろう。この力場に入った途端に元の姿に戻ってしまう。

「じゃあ魔導生物もいないってことかな」

「そうね。今のところ何かが潜んでいるような感じもないし」

 となれば、物理的な罠に注意しなければならない。圧迫感は更に強くなっている。もう魔導を行使することはできないだろう。フューの感覚と技術頼りになる。

「扉……」

 通路は突き当り、その先には扉がある。

「罠はない、わね」

 自身のランタンを置き、扉を調査するフューに、トレスが背後からランタンの光を当てる。

「あ、階段?」

 扉を開けると、直ぐに階段が現れた。先ほどの通路よりも造りがしっかりとしているが、古代魔導帝国や灰世紀の技術ではなく、やはり宗教的な意匠は一つもない。

「一階層上に行けるってことね」

 更に下に階層があるのかは判らない。現段階では階段を進むしか道はない。

「行きましょ」

 扉を通ると、トレスは振り返る。扉の上部には金属プレートに古代語魔導で使う魔導言語が打ち込まれていた。

(非常通路、ね)

 となると、この先から遺跡ということになるはずだ。一行が階段を上がり切ると、今度は広い通路に出た。

「ここはあんまり狭くないね」

「そうね。さっきの通路は非常通路みたいだったから、ここは通常の通路、つまり遺跡の中ってことになるわね」

 前衛一人ならば戦闘も可能な広さがある。今のところ敵性存在とは遭遇していないが、油断はできない。

「なるほど。で、力場の中心とかって何か判りそう?」

「圧力は強くなってる感じだわ」

 先ほどよりも確実に圧迫感は強くなっている。魔導を行使しようと精神集中をしてみても、魔力が高まることがない。原理は判らないが、魔導師の精神に作用するこの結界は相当に複雑な魔導公式を組まれたものなのかもしれない。それも禁制古代語魔導と同等の。

「ふむ、何を守っているのやら……」

 これだけの結界を用意した理由は何か。荒らされないためだとしたら、荒らされたくない何かがある。そういうことなのだろう。

「強い魔導の剣とかだったらいいなぁ」

「そう巧いものがあるかしら」

 シークの言葉にトレスは笑顔を返す。戦士とあらば強力な魔導の剣を欲するのが普通だ。まだ駆け出しの冒険者であるシークの剣もフェイリックの剣も旒剣りゅうけんだ。通常の剣よりも値段は張るものの、初歩的な旒勁りゅうけいと同等の打撃力を得られるだけで、やはり魔導の剣と比べればその効果は薄い。ルースも出会ったばかりの頃は強力な魔導の剣を欲していたものだった。

「でもこれほどの力場を構成してるとなると、もしも魔導の遺物の類なら相当なものかもしれないわね」

 強力な魔導の遺物を隠すためなのか、守るためなのか。そういう意図も考えられる。

「まぁ進んでみましょ。トレス、方向は判る?」

「方向まではちょっと……」

 先程よりも圧迫感は強くなっているが、どこへ進めばより圧迫感かー強くなるのかまでは判らない。魔力探知の魔導ディテクト・マジックが使えればすぐに判りそうなものだが、そもそも魔導が使えない。魔導が使えない魔導師とは無力なものだ。と自嘲したところで状況は変わらない。今はフューの感覚や技術を当てにさせてもらう他ない。

「ま、仕方ないか。それほど広くはなさそうだし、進みましょ」

 そんなトレスの気持ちを慮ってか、フューが苦笑した。

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