第5話:調査開始
「収まったわね」
「ほんとだ。さっきまでわたしとフェイが閉じ込められてたところだけ残ってる」
リーファもトレスに続く。もはや山中に埋まってしまった建造物の外壁のようにも見える。
「リーファ、ウンディーネを呼んでくれる?」
「あ、ここにいるよ」
リーファが短く精霊言語を詠唱すると小さな水飛沫が発生し、ウンディーネが現れた。ウンディーネはリーファの肩に乗ると小さく手を振り、愛想を振りまく。
「壁の所まで行きましょ」
トレスはウンディーネに小さく手を振り返すと歩き始めた。
「しっかし見事に天井が抜けたなぁ。もう洞窟内じゃないもんな、これ」
外壁のように見える壁の寸前までで空間力場崩壊の魔導は止めた。先ほども言ったが、魔力干渉の力場と禁制古代語魔導が接触した場合、どんな影響があるかがトレスにも判らなかったからだ。
「星も良く見えていい天気ね」
下級魔族や猛獣が住処にできそうな場所はもうない。後は、恐らくは現れてしまったであろう、この壁の奥の遺跡だ。
「そんな能天気なこと言ってる場合じゃ……」
呆れたようにシークが言う。人々への脅威が一つ消えたのは良いことだが、確かにシークの言う通り、気を緩めるにはまだ早い。
「あれ?」
「どうした?」
壁にまで近寄り、リーファが声を上げた。
「ウンディーネに変化がないの」
「……私も干渉されている感じはしないわ」
トレスもリーファに近付いてみるが、自身の魔力には何の変化もない。その直後。
「あ!」
「!」
リーファの肩にいたウンディーネの姿がぐにゃり、と歪んでしまった。しかしそれも一瞬のことですぐに元の姿に戻る。
「リーファ、ウンディーネは?」
ほんの一瞬だが魔導力を圧迫されていたというか、精神的に締め付けられるような感覚はトレスにも感じられた。あれほどに姿が歪むようなことがあれば、何か悪影響があるかもしれない。
「何ともないみたい。でも何だかすごくうるさかったって」
「なら良かったけど、うるさい、ね……」
古代語魔導師の魔導力、精霊の姿を保っていられないほどの圧力、とでも言えば良いのか。ともかく、魔導的なものに干渉する力場であることは間違いないようだ。
「もしかして、結界の発生源が動いてる、とか?」
「そうかもしれないわね」
或いは結界の範囲が収縮を繰り返しているのか。トレスの知識では内部の建造物がどんな時代に造られたものなのかまでは判らない。フューがそれに言及しないということは、現時点でフューにも確証はないのだろう。
「ってことはこの奥に何かあるのは確実ね。どれどれ……」
壁に目をやり、フューはあちらこちらと調べ始める。
「罠とか仕掛けは無さそうねぇ。壁も厚そうだし」
「今度は禁呪じゃない方でやる?」
「壁くらいはできるけど、さっきと同じで結界とぶつかったら何が起こるか判らないし、止めときましょ。もしかしたら何か仕掛けもあるかもしれないし」
うんうんと唸りつつもフューは調査を続ける。壁から床に視線を移し、もはや四つ這いになって床を手探りする。
「そうね」
崩壊の魔導であればその結界に触れた一部が崩壊するか、崩壊の魔導が打ち消されるかのどちらかだろうが、ここは熟練者の言葉を信じ、トレスは頷いた。
「ま、素直に壁に仕掛けがあって扉が出てきます、なんてことはないだろうから……ね!」
言いながらフューは立ち上がる。足元には石の突起物のような物があった。空間力場崩壊の範囲外に落ちた、岩盤が地理となった際に発生した砂で埋もれていたのかもしれない。そしてその突起物を、ブーツの踵で勢い良く踏みつけた。
「おあ!」
その途端、フューの足元のすぐ脇の地面が勢い良くせり出した。ほんの少しだけ浮き上がった地面は人一人が寝そべることができる程の面積がある石板のようになっている。側面には取っ手代わりなのか、手を入れられる窪みがあった。
「ちょっと待ってよー。あ、ちょっと離れて、砂埃飛ばすから」
そう言うとフューは出したままだった二対の翼を羽ばたかせる。次第に風が生まれ、石板に被る砂埃が飛ばされる。
「暑い日には仰いでもらうと快適よね」
トレスが冗談めかして言うと、砂埃は見る間に吹き飛ばされ、岩肌が現れる。削り出した石板を蓋の様に被せたのだろう。自然洞窟を加工した代物だ。
「あたしが暑いっつーの。ほら、シーク君、フェイ君、引っ張り上げて!」
「え、はい!行くぞ、せーの!」
男二人で石板を持ち上げ、脇にずらすと、ゆっくりと石板を置いた。
「階段!」
隙間から見えたのであろうリーファが声を高くする。現れた地下へと続く階段は、暗くて中まで見通せない。
「落盤の影響で埋まってるって感じもなさそうね」
「狭くない?」
人一人がやっと通れるほどだ。背負い袋を背負ったままでは身動きが取れないほどに狭い。
「正規の通路じゃなくて落盤とか崩落に備えての脱出用の通路かしら」
「山を掘って造った遺跡ならなくはないかもね」
遺跡があったとして、落盤や崩落などが起き正規の通路が埋まってしまった場合、遺跡の中から脱出するための通路は確保してあるはずだ。そしてこの狭い階段がそれにあたるのかもしれない。
「通路を狭くして強度を保ったってこと?」
「そ」
流石にこの辺りはきちんと学んでいるようだ。通路が広ければ天井の幅も広くなる。広くなれば天井が崩れる可能性も高くなる。近年の建築技術であればそれに対応した様々な技術や建築方法で強度は保たれているが、古い遺跡ともなるとそうした事態を想定はできても対処はされていないこともある。
「そうね、灰世紀や古代魔導帝国の遺跡なら今では考えられない技術で造られていることも多いけど、ここはそういうのではなさそう」
暗くて先は殆ど見えないが、階段を隠してあった仕掛けや、階段の脇の壁の造りから、ある程度の予想は立つのだろうが、それもフューの経験あっての賜物だ。
「かなり狭いもんね……」
「身動きが取れなくなるのも良くないわ。武器と明かり、最低限必要なもの以外は置いて行きましょ」
そう言うとトレスは踵を返す。馬を停めてある場所に戻り、持って行く物の整理をした方が良い。馬を繋いである木々、地面には岩肌、土、これならば護衛の方もなんとかなる。
「あたしも翼は消しといた方が良さそうね」
「え、フェザーの翼って消したりとかできるんですか?」
フューの一言にリーファが目を丸くする。リーファもフェザーと会うのは初めてだったのだろう。無理もない。
「まぁ取り外しって意味じゃないんだけど、翼だけ存在を精霊界に送る、みたいな感じね」
「なるほど……」
フェザーの翼は、フェザー特有の呪文詠唱で一時的にその翼の存在を精霊界に移すことができる。そうなると精霊と同じ様に常人の目では見えなくなり、触れることもできなくなる。
精霊が本来存在しているのは、無と同じく明確な解釈はないが、こことは違う別世界のような、精神世界のような世界だと言われている。こちらの世界でも精霊が過ごしやすい、自然が多い場所には精霊も多く存在するが、そうした場所がいわゆる精霊界と定義付けられている世界との繋がりが強い。故にエルフの住まう森などは精霊も多く存在し、エルフと精霊の手にかかれば常人では出ることができなくなったり、方向感覚を簡単に狂わされたりもする。フェザーもエルフと同じく森林に集落を作ることも多く、人間よりも圧倒的に個体数が少ない亜人類がその種を守ることができているのは、そうした精霊との協力関係で集落が敵性存在には見付けられないこともあると言われている。
「何がなるほどなんだか……」
精霊魔導師であるリーファには理解できたことなのだろうが、魔導のこととなればまったくの無頓着であるシークが苦笑した。それに合わせフェイリックも深く頷く。
「それはともかく、馬は大丈夫かな。倒したとはいえオークの住処だった訳だし」
馬や荷物のことを考えたのか、フェイリックが言う。
「ゴーレムでも置いときましょ」
「ゴーレム?」
馬を繋いである場所まで着くと、トレスは笑顔になる。
「木と土、岩もあるから……」
「一旦馬を避難させましょ」
トレスの意図を汲んでか、フューがロープをほどき、馬を移動させる。ゴーレムは創ってしまえば無駄な動きは取らないが、木々や土から生成される瞬間は訓練された馬でも驚いてしまう。馬が離れたことを確認すると、早速呪文詠唱に入る。ゴーレムを創造する魔導であれば高速詠唱で充分だ。クレイゴーレム、ストーンゴーレム、ウッドゴーレムを創造するための詠唱を終え、ぱん、と手を打ち合わせる。
「起動」
短くそう告げると、土が盛り上がり、岩が地中からせり上がり、立っていた木々が絡み合う。
「うぉあ!」
木々や土、岩が不自然な動きを見せて人の形を模った、二メートルを優に越える巨人の像が三体、見る間にできあがった。
「禁呪を使った後とは思えないわよね。一体一体ならまだしも、三体いっぺんに造るとかトレスじゃないとできないわ」
とはいうものの、三体同時に造った方が時間も魔力も無駄にはならない。少し魔導公式を工夫するだけでこうした魔導の編成は充分に可能だ。それには魔導言語も、呪文詠唱に含まれる魔導公式も理解しなければならないが。
「馬と荷物を守ること。他の生物には危害を加えないこと。敵性存在が襲ってきたら応戦すること、くらいね。ゴブリンとかオーク程度なら何ともないわ」
魔導公式の中にはしっかりと役割分担を与えるための呪文を組み込んである。ウッドゴーレムには馬を繋いであるロープを持たせ、馬と荷物を守る役割。クレイゴーレムとストーンゴーレムには、周囲の警戒と、敵性存在との戦闘だ。
「トレスのゴーレムはね。普通に創ったゴーレムならやられちゃうわよ」
下級魔族は群れで行動する。ゴブリンやオーク、コボルドは、個で見れば大した驚異ではないが、獣よりは知恵もあり、群れで一気に攻め込まれれば、それなりの驚異になる。
「そうかしら」
確かに通常の魔導で生成したゴーレムでは下級魔族が群れで襲いかかった場合、さほどの時間もかからずに壊されてしまうだろう。ストーンゴーレムであればそれなりの奮戦は期待できるが、オークやゴブリンの中には魔導の素養を持った者が希に存在する。それに下級魔族を束ねる闇エルフも存在する。この辺りでは聞かない話だが、闇エルフはエルフ同様、知能も高く、精霊魔導に精通している者が殆どで、闇エルフが指揮を取った下級魔族の一団ならば、トレスのストーンゴーレムでさえも壊されてしまうだろう。
「オークを一撃でばらばらにするゴーレムなんてトレスかフィーアくらいしか創れないわよ」
半ば呆れたようにフューは笑う。フィーアは衡士である手前、戦闘訓練も日常的にしている。そのため剣の腕前ではフィーアには劣るが、古代語魔導についてはトレスの方が一歩秀でている。以前お互いのゴーレムを戦い合わせてみたこともあった。
「フィーア?ってフィデス市の隊長でしょ?衡士師団の」
「ナイトクォリーの隊長のドヴァーの奥さんなんでしょ?」
シークとフェイリックが口々に言う。流石に剣で戦う二人は、強い衡士のことであれば興味もあるようだ。
「そうよ。良く知ってるわね」
「ずっと別居とか……」
妻のフィーアはフィデス市本部隊長、夫のドヴァーはナイトクォリー市常駐部隊長で、少なくとも五年以上は離れて暮らしている。トレスも人様の夫婦事情をとやかく言えたものではないが、五年も離れて暮らしていてよく平気なものだと感心してしまう。
「たまに会うから燃え上がるって言ってたわ」
「お、大人!」
ぽん、とリーファが赤面する。その肩には先ほど呼び出したウンディーネがいて、リーファと同じような反応を可愛らしく示している。仲が良い証拠だ。ウンディーネはともかくとして、リーファには少し刺激の強い話だったかもしれない、とトレスは小さく舌を出した。
「ドヴァーもフィーアも昔馴染みで仲良しよ」
ドヴァーは良く食事を摂りに訪れる。最近は副隊長であるリセル・セルウィードと一緒のことが多いが、大抵の事務仕事をリセルに押し付けているせいで、いつもドヴァーが奢っている。
「トレスってすげぇ人なんだな……」
「アインスの顔が広いってうのが大きいかもね」
アインスの仕事柄、あちこちに出向いては有力なパイプを作っていて、そういった者達がナイトクォリー市に訪れた時に、トレスの店に顔を出すことも多い。
「さ、とにかく準備して、行きましょ」
クレイゴーレムの腕に馬を繋いであるロープを固定すると、トレスは背負い袋に手を掛けた。
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