第3話:禁制古代語魔導の魔導師

 フューが用意してくれたロープでリーファとフェイリックをそれぞれ吊り上げて、脱出させることに成功した。二次崩落を危惧した一行は、一旦馬を繋いだ林道まで戻った。

「ふぅいー、流石に疲れたわねぇ」

 フェザーの浮遊、飛行は翼を羽撃かせて生まれる揚力と共に風の精霊の力が伴っていると言われている。故にフェザーが飛行する際は、体力と精神力を使うことになり、長時間の飛行や、重量の有るものを運ぶ時などは疲労しやすいようだ。

「助かりました、あの、私はリーファ・マイザーと言います。こっちは弟の……」

「フェイリック・マイザーです」

 長い黒髪をふわりと揺らしながらリーファが頭を下げる。控え目な性格で誰にでも礼儀正しいのはリーファの美徳だ。続いて赤茶けた髪のシークと同世代の青年、こちらも黒髪で整った顔立ちをしたフェイリックも頭を下げた。

「あ、自己紹介してませんでした。俺はシーク・ヴァインです」

 後れ馳せながらシークも名乗り会釈する。

「トレスの旧友、フュー ・グレイ・アレスティーよ。宜しくね」

 年齢をまったく感じさせない、屈託のない笑顔でフューも名乗る。

「はい!」

「フューもルースとリゼリアと一緒に冒険したことがあるのよ」

「そうなんだ!」

 トレスの言葉にフェイリックとリーファが反応する。フェイリックとリーファはトゥール十四爪牙という英雄の称号を持つ曾祖父、ルース・マイザーを誇りに思っている。そんな曾祖父と一緒に冒険をしたフューには何かしら感じ入るものがあったのかもしれない。

「懐かしいわね。二人はリゼとは会ってないの?」

 やはりフューもリゼリアのことは気にかかっているのだろう。ルースの葬儀にはフューも参列していたが、フューもまたそれ以降はリゼリアとは会っていないはずで、ルースの葬儀の時のリゼリアの様子は、誰が見ても不安を覚える程だった。

「リゼお婆ちゃんなら去年久しぶりに会いましたよ」

 リーファの口から意外な言葉が出る。リーファやフェイリックに会いにナイトクォリー市に来たのならば、顔を見せても良い筈だが、リゼリアの控え目な性格を思えば、合わせる顔がなかったのかもしれない、という思いも浮かんでくる。

「あら、元気なの?」

「俺も会ったけど、元気そうだったよな」

「うん」

 シークとフェイリックが頷く。元気でいてくれるのならばそれで良い。きっとその内に再会できるはずだ。

「そう……。それなら良かったわ」

 ともかく、トレスは安心し、ほっと息を吐く。

「その時にこの子を貰ったんです……。おいで、ウンディーネ」

 リーファが腰に下げていた小袋を開くと水が溢れ、その水が見る間に小さな人の形を取る。水の精霊、ウンディーネ。精霊は普段は目に見えないが、精霊が数多く存在し、精霊の力に満ち溢れた場所や、精霊魔導師の魔力をを介した時などに見ることができる。

「さっきの洞窟で、この子と巧く話せなかったのね」

 精霊語で挨拶を交わしたフューが指先をウンディーネに近付ける。フューの指先をちょいちょいと突つくと、小さな水飛沫が上がった。

「はい。姿が歪んで、言葉も乱れてて……」

「精霊力か、魔導力か、ともかく魔導に関するものに干渉するのかも」

 リーファと会話した時に、声が不明瞭であったことがその力の片鱗だったのだろうことは理解できたが、その力場に入っていないトレスでは今のところ推測の域も出ない。

「さっきフューさんが奥に何かあるのかもって言ってたけど」

 その奥に、魔力に干渉する力場を展開している意味を少しだけ考える。

「リーファの視界で見た部屋みたいになってた一部にその干渉があったとすると、広範囲の結界になっているのかもしれないわね」

 つまりはその結界の中心地に結界を発生させている物があるということだ。

「ふむ。さっきの洞窟って昔からあるの?」

「そうね、自然洞窟だし下級の魔族が住処にしては討伐依頼がかかってたから、結構前からあったんじゃないかしら」

 フューの問いにトレスが答える。討伐依頼の報酬はあまり高くはないらしいが、危険度も低く駆け出しの冒険者には適度な依頼だ。

「ふむ……」

 顎に軽く握った拳を添え、フューは頷いた。

「フューさん?」

「となるとやっぱり奥に遺跡があってもおかしくはい、かな」

 不思議顔のリーファに応えるようにフューは続ける。トレスもフューの言葉に頷いた。

「でも調査しようにも落盤で塞がっちゃいましたよ」

「まぁそうなんだけど、そもそもあんな魔族が住み着きそうな場所を入り口にするかって話ね」

 今度はフェイリックに応えてぴんと人差し指を立てる。長年遺跡に携わってきたフューの通り名、影切りは宝物狩りトレジャーハンターとしても有名な通り名だ。フューが長年培ってきた知識、直感や閃き、技術は何物にも代えがたく、トレスもアインスも、幾度となく助けられてきた。

「別に入り口があるかもってことね」

 遺跡が奥にあると仮定して、リーファが経験した魔導に作用する力場は、昔からその遺跡の中心にあり、地殻変動などが起こった時代にできた自然洞窟にその力場の一部が偶然漏れてしまったということだろう。

「そ。その自然洞窟の部屋みたいなところに魔力の干渉が出たのは偶然で、その奥の遺跡の入り口って訳じゃないんじゃないかしら」

「なるほど」

「でもこの洞窟はさ、大した標高はないけど山の中腹じゃないか」

 頷くフェイリックにシークが言う。そのシークの意図に気付き、トレスは言葉を繋ぐ。

「そうね、探すとなると山を探索しないといけないかも」

「あんなごく一部の干渉だと、あの結界がどんな規模なのかも判らないですよね」

 実際にその結界の効果を体験したリーファもしっかりと状況は把握しているようだった。

「確かに。でもあの辺りの落盤をどうにかできれば、力場の確認と調査はできるってことよね」

「そうね、あの部屋の周りに手掛かりになるようなものがあるかもしれないわ」

 実際にはあるかも判らない遺跡の調査で空振ることなど日常茶飯事だ。仮に遺跡があったとしても、その遺跡からは何も得られないこともまた日常茶飯事だ。

「でも危なくないですか?」

「危ないわね。でもあるかもないかも判らないもので正式な依頼は衡士師団にはかけられないし、かけたらかけたで何か月もかかる大調査になるだろうし、発見者の特権はまぁ、無くなるわよね」

 公国衡士師団に遺跡と認定された場には、無断で立ち入ることは禁止されている。しかし今回のように公国衡士師団が把握できていない場所を発見した場合にはその限りではない。発見した者の手に余る遺物もあれば、宝石程度の場合もあるが、ともかくそれは発見した者勝ち、という暗黙のルールがある。故にトレスの夫であるアインスは、今もって各地を飛び回っている。

「じゃあいっそのこと消しちゃう?」

 落盤の危険性は、岩盤そのものが消えてしまえば杞憂となる。

「消す?」

 シークがトレスの言葉に目を丸くする。幾度となくシーク達の助け舟になってきたが、それほど危機敵な状況に陥ったことはなかった。それなりに付き合いがあるシーク達でもトレスの実力は当然測りかねているだろう。

「そ。一つだけ、方法がない訳じゃないんだけど」

「そ、それ何?」

 あの岩盤を消し去る方法など見当もついていないのであろうフェイリックも目を丸くした。

「禁呪」

 ウィンクしつつ、ぴんと人差し指を立てる。

「禁呪!」

 ――禁制古代語魔導。

 その略称、俗称として禁呪と呼ばれている。古代魔導帝国よりも遥かに時代を遡る、灰世紀という時代に生み出された、原初の魔導とも言われている。魔導発動のための呪文詠唱に使われている魔導言語は魔神言語とも呼ばれ、熟達した魔導師でも文字として読むことはできても、呪文として詠むことはできず、行使できる者が限られた、あまりにも強大な、人の手には余り有る魔導だ。トレスはその禁制古代語魔導を行使することができる。

「古代語魔導に崩壊の魔導ディスインテグレイトがあるのは知ってる?」

「話には聞いたことあるけど……」

 崩壊の魔導は熟達した魔導師が使う魔導で、人体に向ければ人体が、物質に向ければ物質が、塵となり崩壊する、恐ろしい効力を持った魔導だ。

「風化させちゃうんだっけ、粉微塵にして」

 精霊魔導師であるリーファでもそれは知っていたようだった。

「まぁそんなところ。それに類似したもので、空間力場崩壊の魔導ホロウディスインテグレイトっていうのがあるの」

「空間、力場?」

 キョトンとした顔でフェイリックが片言のように呟く。

「そ。生物に限らず、術者の指定した空間すべてを崩壊させる魔導」

「空間を、崩壊?」

 続いたシークも唖然とした表情だ。魔導に携わらない戦士などはこうした反応が多い。通常の魔導で使用する至法言語ですら古代語魔導師以外の者には理解不能だ。

「そ。今、何もないこの場、空間を崩壊させるの」

「え、それで、落盤ごと力場も崩壊させるってこと?」

 空間という言葉を漠然とでも捉えているリーファが疑問を口にする。ある程度の理解はできているようで、トレスはリーファに答えた。

「そんなに広範囲は無理ね。力場の一部は消せると思うけれど、元を断てない限りは禁呪が収束すれば力場は元通りになるでしょうし。でも落盤だけなら何とかなるかも、って思って」

 通常、崩壊の魔導を壁などをに使用した際、約三メートル四方の範囲が崩壊するが、空間力場崩壊の魔導はその十倍ほどの範囲になる。充分頭上の岩盤も届く範囲だ。

「頭上の岩盤も?」

「そこを崩壊させないと私が生き埋めになっちゃうから」

 むしろそれが目的だ。既に崩落した岩盤や二次崩落の危険性を孕む岩盤が無ければ安全に調査ができる。

「ってなると、もう洞窟じゃなくなるし、魔族も住処にはできなくなるんじゃない?」

 フューが言って笑顔になる。確かにそういう意味では一石二鳥だ。

「や、それ、危なくないの?」

「崩壊の範囲はしっかりできるから大丈夫よ。結構広いけど」

 通常の崩壊の魔導ディスインテグレイトは三メートルほどの範囲を崩壊させるが、空間力場崩壊の魔導はその十倍、三十メートルの範囲の中の空間をを崩壊させる。トレスの目測だけが頼りだが、そうした目測をトレスは見誤らない。

「わたし達が通り抜けた穴から考えると、天井の岩盤はそんなに厚い物ではないように思えたけど」

 フューが着地を思い止まったほどだ。リーファの言う通り、洞窟の天井部に当たる岩盤はさほどの厚さはないように思える。つまり空間力場崩壊の魔導で、天井という天井はほぼ全て崩壊させることが可能だと踏んでの提案だった。

「魔導の効果時間中は範囲の中のものすべてが崩壊するから術者以外は近寄れないけれど、私が更なる落盤で潰されるなんてことはないわ」

 不安を露わにするシーク達にそう言って聞かせる。

「そもそも空間が崩壊って、どういうことなの?」

「古い魔導書には崩壊された部分は無になるっていう研究結果があるけど、それ以外はなんともね。効果範囲の中に入れば自分が崩壊、外側からの事象だと上手に認識も説明もできないみたいなのよね」

 トレス自身、指定した空間すべてを崩壊させるという結果以外、何も判らない。

「トレス、それ、使ったことあるの?」

「あるわよ。随分昔だけど」

 それこそフュー達と冒険の旅をしていた六王国大戦時に、それもフューを助けるために。

「禁呪って使っちゃいけないんじゃなかったっけ……」

 世の中には禁制古代語魔導を使える魔導師はほぼいないとされているが、それはあくまでも表向きの発表だ。トレスのように魔導学院ウィザーズ・カレッジに申告をしていない魔導師は多く存在している。そして魔導学院で働いている魔導師の中には、何人もの禁制古代語魔導を使える魔導師がいるはずだ。人間の年齢感覚で言えば昔馴染みとなる、トゥール公国衡士師団フィデス市本部部隊長であるフィーア・レイ・ベルクトもまた、禁制古代語魔導の使い手の一人ではあるが、当然そのことは伏せてある。

「ま、魔導に関しちゃトレスが制御を失敗するなんてことは有り得ないから大丈夫よ」

「効果時間が切れるまでは近寄ることもできないけれどね」

 それにしてもそう長い時間はかからない。呪文詠唱は長いが、それを含めても僅かに十分足らずのはずだ。

「ふ、ふむぅ……」

 シークとフェイリックはもはや訳が判らないのだろう。曖昧な返事が返ってきた。

「やってみる?」

「で、でも、危なくない?」

「危なくはないわよ、私がやるんだから」

 空間力場崩壊の魔導は禁制古代語魔導の中ではさほど難しい魔導ではない。制御に失敗するなど万に一つも有り得ない。

「危ないのはその奥に遺跡があったとして、その遺跡よね」

「何もないかもしれないけれどね」

 フューが冗談めかして笑うが、その遺跡すら本当にあるかどうかもまだ判らない。

「何もなくても魔族の住処が一つなくなるならいいじゃない」

「いやそんなお気楽な話じゃ……」

 フェイリックが苦笑する。確かに禁制古代語魔導を行使してまで確保する安全ではないのかもしれないが、遺跡がなかったとしても人々への危険は取り除くことができる。

「じゃあここでやめとく?」

 そもそも洞窟に巣食う下級魔族は討伐されている。ここで止めたところでシーク達は報酬を手に入れられる。

「や、行こうシーク、リーファ。大袈裟かもしれないけど、おれはこういうところで諦め癖をつけたくない」

 一頻り考えた末、フェイリックが真剣な面持ちで言う。

「だな。折角トレスとフューさんが手伝ってくれるんだ、やれることがあるならやろう」

 フューの言う通り、危険な遺跡があるのかもしれない。まずはその調査として得られる情報は得ておきたいとシークも考えたのだろう。

「二人が行くって言うなら、仕方ないか……。それに崩落の危険性があるところをそのまま放っておく訳にもいかないものね」

 リーファも苦笑しつつ、乗り気のようだ。前途有望な若者達の様相に、トレスもフューも笑顔になる。

「ん、三人とも、いいわね」

「結界が破れなければリーファとフューの精霊魔導も当てにはできないわよ。多分私の魔導も」

 奥に遺跡があると仮定して、更に適正存在があった場合の戦闘の主軸はシークとフェイリックだと、暗に告げる。

「リーファは剣も弓も使えるし、トレスとフューさんを守ればいいんだろ?」

 シークは言って剣の柄に手を掛ける。シークの剣は旒具りゅうぐと呼ばれる簡易的な魔導の剣の一種で、形状が剣であるとこから旒剣りゅうけんと呼ばれている物だ。斧であれば旒斧りゅうふ、槍であれば旒槍りゅうそう、と呼ばれている。元々は旒勁りゅうけいというごく一部の者が覚醒する、気を旒気という力ある気に変質させ、身体能力を向上させる戦闘法を模倣した技術だが、旒具は打撃力に旒気を乗せるだけのものだ。とはいえ旒勁は今もって覚醒する要因や理由も解明されていないため、旒具の登場は画期的だった。

 六王国時代には当たり前だった戦士や騎士の鎧に変わり、旒具開発で得た知識や魔導回路などを参考にした、強化骨格を伴った衣服なども多く開発され、あらゆる冒険者の装備の軽量化に絶大な効果をもたらした。

「あら、あたしとトレスだって剣なら使えるわよ」

 トレスも腰には魔導の触媒である旒刻石が設えられた細剣レイピアを下げている。魔導の杖ウィザードロッドとしても使える優れものだが、旒具ではない。フューも短刀ダガーを二振り腰に差している。

「なるほど……」

 トレスの剣の腕前はともかく、フューの短刀の腕前は相当なものだ。

「でも、何か出た時はしっかり守ってよね、シーク君」

 ぱちり、とウィンクをしてフューは愛想を振り撒いた。

「あ、は、はい!」

 ぽんと赤面する、あまりにも判り易い反応を示したシークに、リーファが呆れた表情を作った。

「フュー」

「おっとっと、年下に興味なーし!」

 フューの夫であるファルトベルは健在だ。とてもとても年下の青年に手を出す訳もなく、フューはいたずらっぽく笑った。

「リゼ祖母ちゃんと同じくらい生きてるんですよね、フューさんって」

「年下にも程があるわ……」

「年の話はしなーい!ま、でも見た目は同年代だし!」

 くい、とサムズアップをするフューの姿は、先日会ったばかりのフィーと確かに何ら変わらない笑顔だった。

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