1-4
翌日から本格的な捜査が始まった。
これまでの犯行は全てバラバラの場所で起こっていたが、それでも数が重なれば傾向は掴めてくる。
どうやら被害はEvoが目立つ活動をしている地域に集中しているようだ。例えば工業労働者としてEvoが多く稼働している大田区。秋葉原や原宿などは、趣向は異なれど両者ともどもインフルエンサーとしてEvoが活躍している区域だ。
そのような地域を数日間に分けて二人は調査した。が、未だ対象に出会うことはできでいない。
そんな中、今日選ばれたのは原宿だった。
「こういう足で稼ぐ捜査は好きだぜ。やっぱ机に向かってるよりか、俺には性に合ってるよ」
「ええ。これ以上被害が増える前に、早急に目標を捕縛しましょう」
彼女の歩む足は速い。
恭弥達が捜査に当たっている間にも、Evoが破壊されたという市民の声が届いている。ユディトの言う通り、もたもたしてはいられない。
被害を受けたEvoの多くは、オーナーと親密な関係を築いていたという。恐らくそれは偶然ではなく、そういった個体を向こうは優先的に狙っているのだろう、と推察している。
時折街角で聞き込みなども行っているが、今の所有力な手掛かりは得られていない。
「ネクサスへアップロードされた映像にも今の所怪しい人物は写っていないようです」
なんでも、街の防犯カメラで撮影された映像が三十分おきに送信されているとのこと。ネクサスの内部にはあらゆる情報が記録されているという話も、いよいよ信憑性が増してきた。
しかし、恭弥は捜査とは無関係だが一つ気になっていることがあった。
それは、すれ違う人々の視線である。
「あれって……Evo? 凄く綺麗だな」
「もしかしてモデルタイプの新作? レベル高いわ~」
などという声があちこちから聞こえてくる為、どうにも気が散る。その称賛、感嘆が向く先は勿論ユディトだ。当の彼女は全く意に介していないようだが。
「ったく、見せもんじゃねえってのに」
「すみません、そのEvoのオーナーさんですか?」
苦虫を嚙み潰したような顔の恭弥の行く手を、一人の男が阻んだ。
「私、週刊マドモワゼルのマネージャーをしております。実は今雑誌の専属モデルを探しておりまして、どうかお話だけでも」
「仕事中だ」
早口でまくし立ててくる胡散臭い輩に、警察手帳は効果てきめんだ。
今日だけで何度目かも分からないスカウトを躱すと、恭弥は溜息を吐いた。
「こんなんじゃ捜査になんねえよ……」
「少し休憩にしましょうか。どこか座れるような場所は…………あれは」
ベンチを探していたユディトの視線が、ある一点で止まる。
「どうした? 何か見つけたのか!?」
「はい。あれを」
ユディトが指し示す先には、小さな女の子が一人。
歳は小学校低学年辺りだろうか。道の端で膝を抱え、蹲っている。行き交う人はその子に見向きもしない。まるで路肩の小石に等しく、どうでもいい存在であるかのように。
そのような人々の態度に恭弥が憤りを覚えた頃には、既にユディトはその少女に向かって歩き出していた。
「どうかしましたか?」
「ぐすっ、ぐすっ……え?」
「安心してください。私達はおまわりさんです。あなたの力になりますよ」
少女に微笑みかける彼女は、さながら女神の貌であった。
「そんで、急遽この子の親探しが始まったと」
恭弥が見つめる先にはユディトと広瀬百合と名乗った少女。ひとまず彼女を泣き止ませることには成功したようで、今はユディトに手を引かれながらソフトクリームを舐めている。ちなみにこれは少女を安心させる為にユディトが与えたものだ。代金を出したのは恭弥だが。
「厳密には親御さんではなく、保育タイプのEvoですが」
「ううん、リリアーナは親だよ。だってパパやママよりも大好きだもん!」
百合の両親は多忙であり、普段はそのリリアーナというEvoとほぼ二人暮らしのような生活だという。
今時、子供の面倒をEvoに任せる親も少なくなく、それが社会問題になりつつある。が、少なくとも百合は現状の暮らしに不満はないそうだ。
「リリアーナはね、勉強を頑張ったらお出かけに連れていってくれるの。今日も一緒に来たんだけど、はぐれちゃったんだ……」
「それは心細かったでしょう。でも、大丈夫です。私達が絶対にリリアーナさんを探し出しますので」
「うん!」
ユディトが色々と話しかけた甲斐あってか、百合の顔にもすっかり笑顔が戻ってきたようだった。
「百合さんはよく原宿には来られるのですか?」
「うん! 美味しいパンケーキ屋さんがあるの! 他にもねー、可愛いお洋服買ったりしてー……」
年齢、そして人間や機械関係なく、女同士だと会話も弾むようだ。
恭弥としては早く捜査を再開したいので、百合は交番に預けるよう提案したのだが何故かユディトはこのまま自分達で探すことを主張した。
何かユディトならではの考えでもあるのだろうか。気は乗らないが、今は彼女に合わせるしかない。
目的の相手が見つかったのは、意外にもそれからものの数分後だった。
「百合様!」
「リリアーナ!」
互いに名前を呼び合いながら、二人は駆け寄る。
どうやらあの金髪のEvoがリリアーナらしい。彼女は竹下通りを駅から反対方向へ進んだ中腹辺りを彷徨っているところだった。恐らく向こうも百合を探していたのだろう。ともあれ再会できて何よりだ。
「どこに行っていたんですか!? あなたに何かあったらと思うと私、心配で……」
なんて人間らしい顔をするのだろう、と恭弥は感じた。
その心底安堵したような表情も、百合に向ける慈愛の眼差しも、ただプログラムによって打ち出された動作とは思えない程に繊細で、本当に百合を愛しているかのようだった。
「しかしツイてるな。こんなすぐに見つかるなんてよ」
「運だけではありませんよ。百合さんとの会話内容からリリアーナさんが行き着く確率の高い場所を割り出しましたので」
「マジかよ……。ただ雑談してた訳じゃなかったのか」
それで見事に的中させたのだから、ユディトの高機能さにはつくづく驚かされる。
「ですが、百合様? 日頃から勝手な行動はおやめくださいと申し上げている筈です」
「うっ……、ごめんなさい」
遅まきながらリリアーナに小言を言われ、百合はしゅんと項垂れている。
それからリリアーナは恭弥たちに向き直ると、深々と頭を下げた。
「まさか警察の方に助けてもらうなんて……本当にお手数をおかけしました」
「いやまあ、成り行きみてえなものだったし。それにしても、Evoが人を叱るなんてな」
「ええ。甘やかすだけでは親は務まりませんから。と言っても、あの子は人好きというか、可愛らしいせいですぐに許してしまうのですが」
「親、か……」
苦笑いするリリアーナに、恭弥は呟いた。
Evoは、それを使う人間が望んだ姿を演じる。彼女もまた、幼い子供の面倒を見るという役目を所有者から与えられ、それをこなしているに過ぎない。
だが、この女性の顔は子育てに翻弄されながらも我が子との触れ合いに幸福を感じている母親のそれであった。
まさか、与えられた役割に対し存在意義を見出しているというのか。機械が。
「まるで人間じゃねえか」
漏れ出た言葉はリリアーナには届かなかったようだ。彼女はすっかりしょげてしまっている百合の頭を優しく撫でている所だった。
ともあれ、ここはもう大丈夫だろう。
「そんじゃ、もう行くか。ユディト――」
その声を遮るようにして、真昼の表参道に鋭い破裂音が轟いた。
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