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「よし。じゃあまずはお前が仲間について知ってることを教えてくれ」
「はい。先程も申し上げた通り、私達S2型は全部で五機。その中で私は二号機にあたります」
「それって造られた順番ってことか?」
「そうなりますね。さしずめ私は次女……と言ったところでしょうか」
そして、ユディトは他の姉妹達についての情報を話し始めた。
まずは一号機、カーリー。彼女の思想プログラムは「破壊」「修正」。現状を「誤った発展」と判断し、それらを破壊することで社会の修正を促す役割を持つ。
「誤った発展って、なにが誤りなんだ?」
「それはAIの進歩です。ここ数十年間で、AIの社会参入度は大きく深まりました。その結果人間によるAIへの依存が大きくなった他、職業選択という場においても人間とAIは競合する関係となりました」
「確かに。Evoに仕事取られたーなんて役所に泣きついてくる奴もいるらしいしな」
こと計算能力、処理能力という点においてAIは人間を凌駕している。その力が重宝される分野においてはもはや勝ち目はないだろう。
いまでこそ下火になったが、AI黎明期と呼ばれた時代にはデモなどの排斥運動が盛んに行われていたという。
「彼女……カーリーはそのような状況を憂いているのでしょう。人間の社会は人間のみで運用すべきだ、と考えているのかと」
「少しばかり遅れた価値観だな……。となると、そいつはEvoを壊したがってる訳か?」
「はい。そのような行動を取る可能性が高いです」
「だったら、とりあえずEvo襲撃関連の事件を洗ってみるか」
恭弥が椅子から立ち上がろうとすると、それをユディトが制した。
「いいえ、その必要はありません。既に情報を絞り込んでおきましたので。こちらをご覧ください」
仕事の速さに早々舌を巻きながらも、恭弥はユディトの持ってきたファイルに目を通す。
そこには発見された日時、場所と共にEvoの写真が並んでいる。そのどれもが、手足が欠損していたり体に大きな穴が開いていたりと、痛々しい姿だった。
「これは都内で見つかった、違法に破壊されたEvoのリストです。課の保管資料から拝借してきました」
Evoの破棄や解体は、国から認可を受けた業者ならば許されている。当然、それならば警察にわざわざ通報が来ることはない。ところが時折街中では何者かによって壊された状態のEvoが発見されることがあるのだ。動機はストレス発散だったり、処分を面倒がったりと色々だ。
他人の所有しているEvoなら器物破損だし、自分のものだとしても不法投棄にあたる。しかし件数としてはそこまで多いものではない為、本格的な捜査の手が加わることは稀だ。
「重要なのはこちらのグラフです。どうぞ」
次にユディトが差し出してきたのは、どうやらこの破壊されたEvo達の台数の推移を示しているようだ。
日間別に細かく区切られているそれは、とある地点を境に右肩上がりを続けている。そう、丁度二週間前から。
「おい、二週間前ってことは!?」
「ええ。S2型逃亡と同時に、Evoの破壊数が増加しています」
カーリーが関与している可能性は極めて高い、と彼女は言った。
結局その日は二人で捜査方針を打ち合わせ、必要な資料を集めた後に終業となった。
とはいえ、恭弥は既にユディトのオーナーである為、彼女とは帰宅しても一緒なのだが。
都心郊外に立地する1LDK賃貸マンションが恭弥の住まいだ。年季こそ入っているものの近くに駅とスーパーがあり、日当たりも良好。初めは一時の仮住まいのつもりだったのだが、存外暮らし心地が良かった為こうして今でも居ついているという訳だ。
まさか今日会ったばかりの女性を家に上げることになるとは。相手はEvoであるが、恭弥はどこか落ち着かなかった。
窓の端から朱色の西日が差し込み、部屋の中を照らしている。夏が近いせいか、午後7時を間近にしてもそれなりに明るい。
「あー、とりあえず座れよ」
恭弥は所在なさげなユディトにソファを勧める。Evoの扱いとしてこれで合ってるのかは分からない。なにしろ生まれてこの方Evoを所有したことなどなかったのだから。
今の時代、市民が個人的にEvoを購入することは珍しくない。価格はだいたいワンボックスカーと同程度と、値は張るものの一般人にも手が届く額だ。
しかしながら恭弥はまだ社会人としての生活は長くなく、貯蓄がそこまである訳ではない。こうしてタダ同然で手に入ったことは、まさに棚から牡丹餅だったということだ。
ユディトはクスリと笑った。
「恭弥さん、私はEvoですよ。どうぞお好きなように命令してください」
「つってもなあ。別にやらせることなんか浮かばねえし……」
「では、お部屋の掃除をしましょうか。見たところ、恭弥さんは日常的に清掃を行っている訳ではなさそうなので」
普段のサボり具合を言い当てられてしまい、恭弥はぐうの音も出なかった。
別に頻繁に来客がある訳ではないので、わざわざ掃除を毎日する意義は薄い。というのが一応の恭弥の言い分であったが、アンドロイド相手にあれこれ弁明するのも馬鹿らしいのでやめた。
てきぱきと作業を進めるユディト。恭弥も何か手伝おうとしたが、彼女の完璧な動作の流れに付け入る隙を見出せず、最終的にシャワーでも浴びてくるかという結論に達するのだった。
風呂場に行って戻ってきた時間は15分程度だったが、その間にユディトは室内の片づけを全て終わらせており、またしても恭弥を驚かせた。
「こりゃベテラン家政婦も顔負けだな。人間が仕事奪われるのも道理だぜ」
などと言いつつ、恭弥は帰りがけに買ってきた総菜類を缶ビールと共に無造作に食卓の上へ並べると、皿に盛ることもせずにそのまま食べ始める。
ユディトが恭弥の向かいに置かれた椅子に腰かけた。その椅子は家具を買った時にたまたま二つセットでついてきたものの、一人暮らしという都合上ただの置物と化していた。そんな中、入居者が増えたことでようやく本来の役目にありつける日が来たのだった。
「お注ぎしましょうか?」
「ん? ああ、頼む」
恭弥が答えると、ユディトはコップにビールを注いだ。
「最近はEvoも飯を食うらしいな」
「ええ。食べた物が実際にエネルギーへ変換される訳ではないので単なる真似事に過ぎませんが」
「じゃあ何の為に。味覚を楽しみたい、とかか?」
「うふふ、面白い事を仰いますね。ですが違います。正解は、人間がそのような機能を望んだからですよ」
親しいものが自分と同じ歓びを共有することを欲する。それは人間なら多かれ少なかれ持っている欲求だろう、とユディトは言う。
共に食卓を囲む相手として、Evoを「使う」人間もいるということだろうか。
確かに食事は誰かと摂る方が楽しいというのが大多数の意見で、恭弥自身もその考えには同感だ。ただ機械相手にそのような精神的な繋がりまで求めるのか。そこはいまいち腑に落ちなかった。
「まったく、分からねえ。分からねえが、試してみるぐらいはいいか」
「?」
「ほら、お前も食えよ」
恭弥はコロッケを一つ、ユディトへ差し出した。
一瞬だけ表情が固まった彼女だが、それを受け取ると顔を綻ばせて礼を言う。
「ありがとうございます。いただきますね」
改めて見ても、ユディトは綺麗だ。笑った顔は特に。
そんな彼女を眺め、時折言葉を交わしながら摂る食事というのも悪くはあるまい。たとえそれが造られた美だとしても。とりあえず、恭弥はそう思うのだった。
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