鬼一法眼の亡霊

「その太刀筋、八神流のうちの一つだな。将監か?」星熊童子と渡辺喬綱の間に割って入ったのは、すでに100年前に亡くなっている神流(しんりゅう)の開祖であり、遡れば八つの神流の一つである将監神流の開祖でもある鬼一法眼(きいちほうげん)であった。


ボロボロの衣服、無精髭、肩まで伸びた髪を後ろに無造作に束ねていて、兜は付けず、右手には太刀を持っている。身長180センチ、歳の頃は30歳に見えた。


「ん?あなたは…。人か?」渡辺喬綱が問う。「さぁ。幽霊かな。」力無く鬼一法眼が答える。


次の瞬間、喬綱に太刀を浴びせる。「ガキーン!」「ん〜。手応えがある。お主の首も取れそうだ。」鬼一法眼が目の前に上げた太刀をじっと見ている。


「あなたは鬼の仲間なのですか?」渡辺喬綱が問う。すると不気味な鳴き声が聞こえてきた。「ヒョー!ヒョー!」鵺がやってくる。


「え〜いい!どけどけ〜!亡霊どもは窟へ帰っておれ〜!鵺を連れてきた!儂らだけで十分だ!」星熊童子が鬼一法眼を制する。


「そうか。」鬼一法眼が言う。「儂も今の眠りを邪魔されるのは、腹立たしい。目が覚めたついでに、この剣の切れ味を試したくてな。」鬼一法眼がポツリと言う。


「ふん。死人(しびと)のくせに。」その言葉に反応した鬼一法眼は鋭く睨みつけた。その眼光と手に持つ太刀を見て星熊童子が後ずさる。


鬼一法眼が持っている刀剣は魔剣、礙刀剣(げとのつるぎ)・瞋(じん)であった。


「なぜ、その太刀をお前が持っている?それは天王(あめきみ)より賜りしもの。」礙刀剣・瞋は鬼をも滅する力を持っていた。


渡辺喬綱の背後に他の四天王が集まってきた。「お知り合いですか?」坂上公時が無邪気に聞いてくる。


「ほんとかどうか、分からんが。死人(しびと)様じゃ。」渡辺喬綱が返答する。


「ガキーン!」鬼一法眼が坂上公時に一撃を浴びせる。坂上公時が吹き飛ぶ。


「首を飛ばすつもりであったが、ようかわしたの〜。」四天王に緊張が走る。


坂上公時が吹っ飛んだと同時に四天王が一斉に鬼一法眼から距離を取る。


「今の太刀、見えなかった。」渡辺喬綱が辛うじて太刀を出したことで、坂上公時の首は繋がった。


「識神顕現!勾陣(こうじん)」弓削是雄が式神を降臨。鬼一法眼の上に大量の大蛇が降ってきた。


「神流(しんりゅう)・青眼(せいがん)!」蛇の如き太刀筋で目にも止まらぬ速さで式神を切り捨てていく。


切り捨てられた式神は灰となった。


「ギギギギッ!」平貞通と坂上季猛が破魔雷上の弓から水破を鬼一法眼に向け、立て続けて発射。


飛んでくる矢を鬼一法眼が太刀で払うが、太刀が弾かれる。


驚いた鬼一法眼が辛うじて避けるが、肩に矢がかすり、傷が焼け爛れていく。


「ぐぬ〜!神矢か!」鬼一法眼が矢の的にならぬよう走り出した。走る途中で鬼を拾い矢の盾としていた。


「将監神流・雲切(くもきり)!」神矢と式神に紛れて、源頼煌が鬼一法眼の足を止める一太刀を浴びせる。


「ガキ〜ン!」意表を突かれて源頼煌が見えなかった。鬼一法眼は辛うじて源頼煌の太刀をかわした。


「お主。名をなんと申す?」鬼一法眼の目が輝いた。盾にしていた鬼を後ろに投げて源頼煌を睨み付けている。


「我こそは!源春宮権大進(みなもとのみこのみやごんたいしん)である!腕に覚えがあらば掛かってまいれ!」


源頼煌が名乗るや否や「神流・閃電(せんでん)」鬼一法眼は雷鳴の如き太刀を源頼煌めがけて一閃。


「ガキーン!」雷が落ちがかのような火花が飛ぶ。


「ぐぐっ!」源頼煌は辛うじてかわしたが吹き飛ばされ、どうにか着地。


源頼煌の星兜の額から血が滴る。


「貴殿。兜も付けず、自らの命をも顧みぬ太刀裁き。名は何と申される。」源頼煌が尋ねる。


「鬼一法眼。」力無く返答する。


「?鬼一法眼様は100年前に亡くなられ申した。あなたは誰ですか?」源頼煌が疑うように聞き返す。


「儂は京で剣術を編み出した。それが神流だ。誰にも負けない…。そうか。儂は死んだのか。しかし先ほどまで寝ていただけだぞ。久しぶりに力が漲っておる。」

鬼一法眼は現状を理解しようとした。


「伝説によると神流が八つの流派に分かれたそうです。その中の一つが将監神流。あなたが本当に鬼一法眼様であれば…あなたは我らの師匠。」


「そうか。」源頼煌の言葉を遮るように鬼一法眼が言葉を重ねる。


「しかし、あなたは亡霊になられた。鬼と同様、神道具によって祓わねばなりません。」源頼煌が鬼一法眼に語りかける。


「フフ…。儂がここに来る前、語りかける者がいた。辺りを見回すが誰もいない。よく聞くと頭の中から聞こえてくる。


その者が言うには「人を憑り殺せ!」とずっと言っておる。儂もそうだと思うと力が漲ってくる。」


鬼一法眼の目が蛇眼に変わった。


「将監神流・八神(はっか)!」源頼煌が奥義を繰り出してくる。


目にも留まらぬ速さで八方向から同時に打ってくる太刀筋。


16本の腕があるようであった。


「シャ〜!」鬼一法眼が蛇の威嚇をする。「神流・八方剣(はっぽうけん)」同じ速さで八方向からの太刀を防いだ。が額に傷を負う。


「お主、化け物か?」鬼一法眼が完璧に防いだはずの太刀から溢れて、傷を負ってしまった。


「ガキーン!」源頼煌と鬼一法眼が瞬時に鍔迫り合いをする。頼煌四天王も鬼達も2人のあまりの速さに割って入ることができない。


「は〜はっはっはっ!死人でも血は出るようだ!ただし黒いがな!」鬼一法眼が大笑いしながら一瞬の隙をついて源頼煌の首根っこを掴みぶん投げる。


「覚悟!」渡辺喬綱がぶん投げたと同時に鬼一法眼に太刀を浴びせる。


「ガキ〜ン!」鬼一法眼は不敵な笑い顔で太刀で受け止める。そして渡辺喬綱を蹴り飛ばす。


「チェ〜スト!」平貞通が上段から、坂上季猛が下段から、坂上公時が中段から3人同時に渾身の斬撃を打ってきた。


刹那、上空から大蛇が鬼一法眼を咥え天へ放り投げた。貞通、季猛、公時は斬撃を空振りすると地面に転がった。


天空から大蛇が現れた気がしたが、それは鵺の尻尾だった。体長15メートル、顔は顔面が真っ赤な猿、胴体手足は虎、尻尾は大蛇。鵺の頭の上に鬼一法眼と星熊童子が腕を組んで立っていた。


「助けろと言った覚えは無いぞ。」鬼一法眼が星熊童子に言う。


「あれは、誰が見てもかわせんかったぞ。」星熊童子が言う。


「そうか。儂は死人じゃ。彼奴等が持っている太刀は、ただの太刀では無さそうだ。あれで斬られたらたぶん死ぬのだろう。2回目は唐にある地獄に行くのか?」鬼一法眼が考えを巡らす。


「ふん。そんな事も知らぬのか。彼奴等の太刀で斬られたらなぁ…。」星熊童子が言いかけていると、


「識神顕現・白虎(びゃっこ)!」弓削是雄が式神白虎を降臨させる。


目の前に突如体長15メートルの白虎が突進してきた。鵺も前足でその突進を阻む。両者が激突した衝撃で星熊童子と鬼一法眼が吹き飛ばされた。


鬼一法眼と星熊童子が空から降ってきた。鬼一法眼は着地したが、星熊童子は頭から落ちてきた。


「あ痛たたた。」頭を押さえながら起き上がる。鬼達が寄ってきた。「頭(かしら)。」鬼達もあまり心配していないようだ。


「もっと心配せぇ〜。痛みが酷くなったわ!」星熊童子が愚痴る。


「あの武者達。人じゃねぇ〜。鬼を手玉に取るとは、朱顛(しゅてん)様に出張って頂かんと。」鬼達は加勢を要求した。


「分かっておるわ!どいつもこいつも情けないのう!渡り合ってるのは儂だけか!」鬼達の白い目が星熊童子に突き刺さる。


「鵺の頭から宮殿の方向を見たが何も無かったぞ。宮殿らしきものは見当たらない。」話を逸らすように言った。


「鉄(クロガネ)の気配はある。陰陽師達が術を使って見えなくしておるな。あの霧が気になる。」星熊童子と鬼達は勘を頼りに鉄(クロガネ)目指して突進していく。


鬼たちを見送る鬼一法眼であった。「儂は彼奴等との勝負が最優先だ。」鬼一法眼が振り返ると源頼煌と四天王が目の前まで来ていた。


「100年後にこのような化け物たちが生まれていようとは、長生きはするもんじゃなぁ〜。」鬼一法眼がしみじみしていると


「あんた死んどるし!」坂上公時がボソリと言う。


源頼煌と四天王の背後では鵺と白虎のバトル。鬼一法眼の背後では御所へ突進する鬼達がいた。


「ガァ〜!」白虎が鵺の腕に噛み付く。


鵺も負けじと白虎の首元に噛み付く。


白虎が鵺の腕を引きちぎろうとするが鵺も体当たりをして腕を守る。


「ギャ〜!」鵺と白虎は一旦離れて、お互い威嚇する。


白虎が突進し爪を立てて両腕を振り下ろす。


鵺が体を避けて肩の部分が引き裂かれる。鵺の尻尾の大蛇が勢いよく伸びて、白虎の上半身に巻き付いていく。


前足の脇に絡みつき白虎の首根っこに大蛇が牙をたてた。


白虎の動きを尻尾の大蛇で押さえ込むと、白虎の後ろ足に鵺が噛み付く。「グオオォー!」白虎が牙を剥き威嚇する。

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