京都鼎獄決戦の章

髑髏原《どくろがはら》

827年、京都にて大地震が発生。地下深くにある常夜(とこよ)で、あってはならぬ事が一人の人間により引き起こされてしまう。


地震と時を同じくして西海道(さいかいどう)にある鬼界山(きかいさん)より現世(うつしよ)へ、亡霊と百鬼が放たれてしまった。


京都で大地震が起こる少し前、真夜中に京都嵯峨野、髑髏原(どくろがはら)の井戸より這い出てくる男がいた。


漆黒の束帯ははだけ髪を振り乱し、冠は何処かへ行っている。「はぁ、はぁ。」息を切らし、何かを巾で覆い隠して大事に持っている。


「さんぎ殿!これで…これでいいのだな!」


男は走り続ける。すると背後から気配を感じる。男は振り返る事ができない。最後の力を振り絞って走り続ける。


ただ、背後の気配は追ってくるだけで、付かず離れず距離を保っている。すると漆黒を覆っていた雲が晴れ月明かりが闇を照らした。


すると背後の気配の影が男を覆った。追ってくる気配は体長7メートルはある巨大な鬼であった。


一方、京の宮殿には陰陽師500人と星兜を着け腰には神刀剣(かむとのつるぎ)、背中には破魔雷上(はまらいしょう)の弓を携えた武者1000人で御所を警護していた。篝火(かがりび)の烈火の音だけが静寂に鳴り響いていた。


宮殿の正面には安倍家、加茂家の頭領2名が配され、武者は源頼煌(みなもとのよりあき)と頼煌四天王(らいこうしてんのう)が配された。


「何か来る」渡辺喬綱(わたなべのたかつな)が呟(つぶや)く。遠くから徐々に見えてくる。


「鬼か。でかい。」坂上公時(さかのうえのきんとき)が太刀に手をかけた瞬間、「源次!荒太郎!儂が童子に太刀を浴びせる!その隙に連れて行け!」と源頼煌が叫ぶ。


「はっ!」「はっ!」渡辺喬綱と平貞通(たいらのさだみつ)が同時に返答を返す。


男の目的地である宮殿が見えてきた。その宮殿の門に2人の陰陽師と5人の星兜をつけた武者が見えた。安心した男は足がもつれて倒れてしまった。


その弾みで背後の鬼と目が合った。その瞬間、鬼は手に持つ槍で男の心の臓を突く。


間際、一人の武者が雷鳴の如き早さで現れ神刀剣・童子切で槍を払う。


『誰か?』鬼が問いかける。武者は表情を変えず鬼の右腕もろとも槍を切り裂く。


『ぐぬ。』鬼が怯んだ。大の字で立ちはだかる武者。背後には既に坂上季猛(さかのうえのすえたけ)、坂上公時が配し魚鱗の陣で対峙する。


腕を切り落とされた鬼の背後で蠢くモノがある。それは大小様々な鬼たちであった。


「悪鬼め湧いて出てきたわ。」坂上公時は思ったことがすぐ口に出るようだ。


背後から出てきた鬼は星熊童子(ほしくまどうじ)が率いてきた鬼1000匹で3人の武者を取り囲んだ。


鬼たちは体長2〜7メートル様々で素手や棍棒、槍など持ち殴りかかってきた。


すると魚鱗の陣に六壬神火(りくじんしんか)の1人が加わった。3人の武者の背後で陰陽師が「奥義!天曹地雷(てんそうちらい)」と唱えると放電しながら姿が見えなくなった。


同時に3人の武者の星兜が変形。縄文の紋様が浮かび上がり色は漆黒、甲冑は隙間なく武者の全身を覆った。


武者たちの体長も3メートルほどになり太刀も漆黒に。太刀を使うと刃文から先が赤くなっている。武者たちは巨大化したが軽々と太刀を使いこなしている。重装歩兵になった3人の武者は魚鱗の陣を保ちつつ横に広がる。


「将監神流(しょうげんしんりゅう)・燕飛(えんぴ)!」源頼煌が口火を切り、眼前の鬼たちを刹那バラバラに吹き飛ばしていく。


「戻り打! 地摺(じずり)!」坂上季猛と坂上公時も囲ってくる鬼たちを薙ぎ払っていく。


一方、2人の武者が男を抱え宮殿へ走り出していた。その時、巾が外れ抱えていた物が露わになった。


呪符が貼られた黒い餅のような物だった。それを見た陰陽師たちに緊張が走る。


「占霊(せんれい)通りじゃ!鉄(クロガネ)だ!これを御所に入れるのか。」「結界を張った時あれはどうなる。」「命を賭して押さえ込むしかない!」「お前の軽い命では吹き飛ぶわ!」


安倍益材(あべのますき)と賀茂岑雄(かものみねお)のライバルでもある2人の頭領が言い争いながらギリギリの判断が迫られる。


頭領が言う「六壬神火と勘解由五尭(かでのごぎょう)は正面へ!」陰陽道の精鋭中の精鋭。六壬神火と勘解由五尭の二つの陰陽部隊は神の使いも祓う人ならざる者たち。


20人からなる陰陽師たちが並ぶ「頭領!下がられよ!」一人の陰陽師が前に出る。


六壬神火の長、滋岳川人(しげおかのかわひと)である。「手筈通りに!」背後の陰陽師達に言う。そしてこの男も雷鳴の如き早さで魚鱗の陣に加わった。


背後の六壬神火が間髪を入れず結界の詠唱「六根清浄、急急如律令(ろっこんせいじょう、きゅうきゅうにょりつりょう)」。


「うわ〜ん!」「大変じゃ〜!大宿禰(おおすくね)殿〜!」安倍益材と賀茂岑雄は宮殿の奥へ逃げて行く。


男を抱えた武者2人が宮殿正面の門に入ってきた。すると宮殿の周りに濃霧がかかり、宮殿は見えなくなった。


宮殿内部からも外は霧で見えない。「あっちへ我らを送ってくれ。」渡辺喬綱が言うと「承知。鉄(クロガネ)は我らの命に代えて抑えまする。ご武運を!」


2人の武者が濃霧の中に勢いよく飛び込む。霧は川の流れのように動いており、霧が2人を押し流して行くようであった。


2人の武者に助けられた男は突っ伏したまま息を切らしている。「みっ、水。」やっと絞り出した言葉は声が掠れ聞き取れなかった。


「立てますか?皆が肩を貸しまする。奥へ。西三条殿。」目の前に立っていたのは坂上大宿禰(さかのうえのおおすくね)であった。


武者達が藤原良相(ふじわらのよしみ)の両脇を抱え、大儺祭壇(たいなのさいだん)が設けられている部屋へ連れて行った。


祭壇には安倍益材と賀茂岑雄含め、20人程の陰陽師が配されており、加持祈祷が始まっていた。


祭壇の中央には六芒星の呪符が置かれてあった。「西三条殿。彼方へ鉄(クロガネ)を。」賀茂岑雄から六芒星の呪符の上に鉄(クロガネ)を置くように促された。


藤原良相は次第に落ち着きを取り戻し、自分の足で祭壇の中央に向かい、鉄(クロガネ)を置いた。


すると鉄(クロガネ)がカタカタと震え出した。陰陽師達の祈祷に力が入る。それを嫌がるように鉄(クロガネ)の振動が大きくなる。


「これは。大丈夫なのですか。」藤原良相が疲労のあまり尻もちをつく。


「キィィーン!」その場に耳を劈く音が響き渡る。その場にいる者は全て耳を抑え蹲る。音が収まり祭壇を見ると鉄(クロガネ)が宙に浮いている。


さらにその上に人が浮いていた。その人はセピア色で袖や衣服がゆらゆら揺れていた。


「小野参議祇邑(おののさんぎまさむら)殿〜!」藤原良相が搾り出すような声で呼びかける。


そこに居たのは鉄(クロガネ)を盗み出し、冥府の罪人として幽閉された冥官、小野祇邑(おののまさむら)であった。


「鉄(クロガネ)を渡しませんでしたぞ〜!」藤原良相が涙を流していた。


すると鉄(クロガネ)のオーラが輝き出し、部屋の中に竜巻が発生。立っているのがやっとの状態になった。祭壇はバラバラになり宙に浮いた鉄(クロガネ)の輝きが最大になると「バッ!」と轟音と共に消えた。


そしてゆっくりと小野祇邑も消えていった。竜巻は治り、あまりの出来事に皆呆然としていた。


「いよいよ始まりますな。御所を出ましょう。」坂上大宿禰がその場の者たちに言うと藤原良相が抱きついてきた。


「永子(はるこ)様が戻られたのですね。」藤原良相が坂上大宿禰に尋ねると「現世(うつしよ)に戻られました。」坂上大宿禰が応えた。


「ううっ、うう。」藤原良相の嗚咽が部屋に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る