第19話 今夜こそはバカは酒を飲みに行く
話を色々と聞いたが一旦保留にして身柄は一時預かりという形で終えたニィヤン達はゴブリン討伐の依頼の完了をアウトローギルドに行ってきた帰り道だ。
時間が遅くなっていた事で昨日の丸眼鏡の受付嬢がいたのでワンディがいるのに気付いていたがそちらに行こうとしたニィヤンだったが捕まって連行された。
「私が専属になるって言ったわよね?」
「応じた覚えはない」
と素っ気なく伝えるとダル絡みされてへきへきとさせられた。
その時の事を思い出していると隣で歩くジュラが下から覗き込むようにしてクスリと笑う。
「お兄さんも大変なの。鍛え過ぎたせいでこんな目に遭うなんて」
「本当にな。見た訳じゃなく見せられた立場なのに理不尽だ」
その上、その場に居た奴等に鼻血を出す醜態を晒したニィヤンは泣きっ面にハチとはこのことである。
査定中も「普段はもっとちゃんとしたのを着けてるからね? 後、誰にも言ってないでしょうね?」と念押しされてウンザリさせられたニィヤン。
とりあえず無言を貫いたがニィヤンからすればなんて言えばいいんだ? という事である。勿論、吹聴する気はない。
嘆息して肩を竦めるニィヤンに前を見つめながら聞いてくる。
「……ネアールちゃんの事どうするの?」
急に話を変えてきたジュラを横目でチラリと見たニィヤンは紫煙を胸に満たす。
煙草の先がニィヤンが吸う事で赤く燃える。
ネアールの依頼、匿って欲しいという話は家を出る前に聞いた。
かなり厄介な立ち位置にいるようだ。
まずネアールは第7王女、つまり姉が上に6人もいる末っ子らしい。兄弟もいるらしいが男は3人。
つまり王族としては継承関係で言えばまったく絡む可能性は皆無の存在である。名ばかりの王族というやつだ。
だが、有力な貴族に担ぎ上げられたらまた話は変わってくる。
その有力な貴族が、という話が今回の匿うという事ではない。
ネアール自体は市井落ちになっても構わないと思っているぐらいに王族としての立場には興味はないらしい。
それを知る王、つまりネアールの父親がそういう面倒に巻き込まれる前に王家を出る事を許可して今があると言っていた。
継承権を放棄していようと王族に連なる血族である事は変わらず、野に放たれた事で問題が生まれるかもしれないという可能性から命を狙われている。
しかも、その犯人はどこぞの貴族かもしれないが一番有力なのが悲しい事にネアールの兄弟姉妹というのが目が当てられない。
だが、暗殺は不味い。
世間体などもある為、事故死という形が望ましいらしく消極的ではあるが命を狙われているようだ。
ニィヤンが出会った時もその疑いがあり、ネアールが持っているコネで集めた一番の腕利き護衛であったが護る事が出来ずに命が失われる直前だったようだ。
そういう危険があり、ネアールを受け入れてくれる先がない。
受け入れ先がないからといって適当な街でラスティと2人で暮らしていたら殺して下さいと言っているようなモノ。
さすがに無理がある。
そこで先の出来事もたいした事をしたと自覚のないニィヤンに白羽の矢が当たったという事だ。
などとネアールに聞かされた内容を思い出していたニィヤンは胸に入れた紫煙を吐き出す。
「なかなか難儀な話だな」
「うふふ、やりたくなさそうに言ってるけどお兄さんは助けちゃうんでしょ? ジュン君もきっと分かってるよ」
さあ、どうだろう? と肩を竦めて言うニィヤンに笑みを浮かべたジュラが言ってくる。
「本当にジュン君が良く言うけどお兄さんってツンデレだよね」
そう言われたニィヤンは参ったとばかりに両手を軽く上げるのを見て更に笑みを深めるジュラ。
そのジュラが話題にしたジュンはアウトローギルドを出た時に
「小遣い寄こせ」
と拗ねた顔して要求してきたので渡すとどこからか現れた分からないがカ―さんと並んで商業ギルドがある方向へと向かった。
きっとお姉ちゃんがいる店に行ったのだろう。
行き損ねてた事と拗ねていたので恐らくジュンは朝帰りだろう。
今回は問題さえ起こさなければ好きにしてくれとニィヤンは思っている。
少し考える素振りを見せたニィヤンがジュラに言う。
「今日来たばかりで問題は起きないとは思うが家にいる2人を頼めるか?」
「うん、それはいいけどお兄さんはどうするの?」
気持ち良く快諾してくれたジュラに問われたニィヤンは夜空を眺めながら煙草を吹かしながら言う。
「ネアール達と出会った場所を調べてくる。2人が疑心暗鬼になり過ぎてるのか、本当に危ないのかをな」
あの時もどうしてこんなにモンスターがいるのかと思ったが一刻もジュラを街に連れていく使命に燃えてたニィヤンは原因まで調べようとしていなかった。
良い機会だから空振りになっても調べようと思ったらしい。
「危ない場合、証拠になるようなモノ無くなってるんじゃない?」
「そうだな、余程のバカでないならそうするだろうが痕跡というのは消した場合にも不自然さが残る。それにあの時の規模、範囲の痕跡を完全に隠すのは難しい」
何せ、ニィヤン達が駆け抜けた距離、10キロ、20キロじゃない。それなのにあれ程広範囲にモンスターを何らかの方法で誘き寄せたとなると仕掛けの完全除去は現実的ではない。
それともまた違う方法で? などと考えるが行ってみれば分かるとニィヤンは思う。
「まあ、そう言う訳で調べてくる。朝までには戻るつもりだから頼むぞ、ジュラ」
「うん、分かった。気を付けてね、お兄さん」
そう言ってニィヤンを見送り、そこで別れて家路に向かったジュラだったが慌てて振り返るがニィヤンの姿はそこにはもうなかった。
「朝までに戻る?」
今は陽が暮れてそうまだ時間は経っていないが、ニィヤンが言う朝というのが日の出という意味であるならば10時間あるかどうかである。
大量のモンスターに遭遇した辺りからニィヤンとジュンが1日がかりで走り抜けた先の場所である。
しかも捜索する時間を込みにすると……
「……相手はお兄さんだった。出来ない事をやるって言わないか」
良く考えるとその距離をジュラを抱えて走って息切れすらしなかったニィヤンである。
本当にやってしまうだろうとジュラは納得する。
今はニィヤンに託されたネアール達の護衛をと家路を急ぐ事にした。
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