第8話 自己紹介

「ちょっと!

 どこに行ってたのよ。

 全員が集まるまで

 ここで待つように言われたでしょ?」

娼婦が死神を責め立てた。

死神は「くっくっく」と鼻で笑うと

「建物内を散策してきたんだよ」

と面倒くさそうに答えて

柱時計の横の壁に背を持たせかけた。

そして

「2階はまだ確認してないが、

 1階には誰もいなかったぞ」

と付け加えた。

それから死神は僕の方を見て

にやりと口元を歪めた。


「忙しい中、

 わざわざスケジュールを空けたのに、

 いつまで待たせるのかねぇ」

ソファーに背を預けて腕を組んでいた

白髪の魔女が不満げに呟いたが、

その声は掠れていてやや聞き取り難かった。

「あ、あの・・。

 まだ1人お見えになっていませんが、

 改めて一度、

 自己紹介をしませんか?」

その時、

車椅子の堕天使が控えめに提案した。

少女の発言に異を唱える者はいなかった。


「・・では言い出した私から

 お話させていただきます」

そして美しき堕天使はさらに続けた。

「私は塚本茜(つかもと あかね)

 と申します。

 『私立傾城学園』の2年生です。

 今日は母の代理で参加させて頂きました」

少女が頭を下げると

頭髪の薄い老いた豚が

「ほぅ、ということは17歳か」

と感嘆の溜息を漏らした。

少女は顔を上げてからふたたび続けた。

「御覧の通り、

 足が不自由で

 こうして車椅子のお世話になっています。

 ですが今はインターネットの世界で

 自由に歩き回ることができるので

 それほど不自由に感じていません」

そして少女は「ふふふ」

と口に手を当てて上品に笑った。

同時に

魔女が「はっはっは」と掠れた声で笑った。


次に老いた豚が口を開いた。

「儂は

 松平守彦(まつだいら もりひこ)

 今年で72だ。

 学校法人『松平学園』

 は聞いたことがあるだろう?

 儂はそこの理事長だ。

 趣味は車で

 ベンツを1台。

 フェラーリを1台。

 ポルシェを1台。

 所有しとる。

 わっはっは」

豚が豪快に笑うと、

隣の娼婦が目を輝かせた。

「じゃ、次はアタシの番ね。

 名前は菅野あかり(かんの あかり)

 25歳。

 見た目はこんな風だけど、

 仕事はいたって真面目だから誤解しないでよ。

 ついでに言うと彼氏はいません。

 うふふ」

そう言うと娼婦は隣の豚の肩に

そっと手を置いた。

松平はゴホンと軽く咳払いをして顔をしかめた。

社会的に地位のある者の矜持が

彼にそんな態度をとらせているのだろうか。

僕はそう邪推した。

それよりも。

娼婦が僕と同い年であることに驚いた。

人は見かけによらないというのは

若干ニュアンスが違うか。


「わ、わたしは・・

 六条美和(ろくじょう みわ)

 と申します。

 しゅ、主婦です・・」

部屋の奥で立っていた

黒のジャージを着た未亡人が静かに口を開いた。

しばらく待っても

彼女の口からそれ以上のことは

語られることはなかった。

これは本当に未亡人かもしれないと

僕は密かに思った。


「あたしも自己紹介をするのかい?」

ソファーに座っていた魔女が

気怠そうに口を開いた。

「婆さんに興味はねーけど、

 せめて名前くらい名乗ってくれよ」

その時、やや甲高い声が部屋に響いた。

声のした方を見ると

壁際で立っている死神が見えた。

魔女は顔を引きつらせながら

死神を睨み付けた。

「平原由紀(ひらはら ゆき)だよ。

 これで文句はないだろうよ!」

死神はこくりと頷くと

「俺は西岡真(にしおか まこと)

 歳は21。

 フリータだ」

とポケットからパスポートを取り出して

皆へ見せた。

なぜパスポートを持っているのか

という疑問が頭に浮かんだが、

免許証を持っていない人間にとっては

ある意味身分証明書になるのかもしれない。

ぼんやりとそんなことを考えていると、

皆の視線が僕に注がれていた。

僕は慌てて口を開いた。

「・・え、えっと、す、鈴木洋です。

 歳は・・25です。

 えっと・・今は失業中です・・」

最後は小声になった。



「・・これで7人ね。

 全員揃ったら開けろって言ってたけど、

 あと1人はいつになったら来るの?」

菅野が欠伸を噛み殺しながら

大きく背を伸ばした。

その言葉で僕は

テーブルの上に置かれた封筒に気付いた。

「そう言えば。

 儂の受け取った招待状には

 客の人数は書かれてなかったぞ」

松平の濁声が僕の疑問を代弁した。

「おかしいわね。

 アタシの招待状には

 『8人の紳士淑女の皆様をお招きして』

 って書かれてたわよ」

そして菅野は部屋の中をぐるりと見回すと

「それにしてもテレビもないし、

 スマホだって繋がらない。

 今時、

 こんな場所が存在していることが奇跡ね」

とぶつぶつと不満を並べた。


「・・わ、わたしはこれ以上待つ必要はない

 と思います。

 最後の人には

 来てから説明すればいいのでは?」

その時、六条が口を開いた。

「賛成。

 時間に遅れる人が悪いのよ」

菅野が手を挙げた。

「同意見だねぇ」

そう言うや否や平原が

テーブルの上の封筒を手に取って開けた。

中には1枚の紙が入っていた。

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