第31話



 ゴッ——




 鈍い音が、ジークハルトの“頬”を襲った。


 音は“通り”過ぎていた。


 わずかな反響を残しつつ、小さな振動を空間にこぼしていた。


 意識は下に傾いていた。


 それは事実だ。


 クラウスの攻撃は、顔面ではなく下。


 ——ジークハルトの腹部を目掛けて放たれていた。


 しかし、予期しない角度から「視界」が揺れる。




 スッ

 


 と、暗闇が顕われる。




 距離が、見えない。



 不意に意識を襲った不可解な感覚は、糸で引っ張ったように頭のてっぺんを“突いた“。


 ジークハルトは、「防御」への意識に傾いていた。


 上半身に流れる筋繊維を束ね、迫る攻撃に備えようとしていた。


 ダメージを恐れての行動ではない。


 彼の実力を鑑みれば、それがどの程度の攻撃であったとしても、全てのエネルギーを吸収することができただろう。


 たんに受けようとするならば、その場に留まっているだけでよかった。


 その選択を無視しての「防御」に意識を投じたのは、彼がクラウスに伝えようとしたからだ。



 攻撃は通じない。



 その“メッセージ”を、より強い形で表示しようとした。


 何をしようとしているにせよ、効かない。


 鉄を殴るような「硬さ」を味わわせてやる。


 クラウスの動きに合わせていたとはいえ、“避けきれない”というのは彼の癪に触っていた。


 だからこそ、「逆に弾いてやる」という意識だった。


 腹に力を入れ、魔力を使った“硬質化”を施す。


 ジークハルトからすれば、これ以上ない万全の状態だった。




 グニャッ




 ほくそ笑むジークハルトの顔が、歪む。

 

 左半分の皮膚がクラウスの拳の形に沿って窪んでいき、クの字に口が曲がる。


 ジークハルトの腹に触れようとしていたクラウスの右腕が、なぜか彼の顔面を捉えていた。


 踏み込んだ下半身が、尚も「下」へと流れていながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る