第30話



 ——クンッ




 ジークハルトの視線が下に落ちる。


 その反応を受け取ると同時に、クラウスはより素早い対応を見せた。


 動作はすでに始まっている。


 始動した動きの流れは滑らかな軌道線上に泳ぎ、淀みのない空間の繋ぎ目を疾っていた。


 地面を掴んだ足は、芝生を削るように低い重心を保っていた。


 足の裏に密着する土の破片が、地面とクッションの間に弾けるように散り、微かな“緩み”でさえも解(ほど)くように交錯していた。


 影と影のすれ違う、——「間際」に。



 ズッ



 深く、沈む。



 体の向きは一点だった。


 一点に向かって、全ての動作を注力していた。


 動きそのものは、引きつける動作の中間にあった。


 ただ前に出るのではなく、ジークハルトの動きを追いかける。


 そのために必要な要素は、一つ一つのモーションに混ぜ込んでいた。


 混ぜ、“中和”させていた。


 スープに塩を加えるように。


 あるいは、コーヒーにミルクを混ぜるように。



 ——温かい料理が冷めないうちに。



 「感覚」は、連結する動作と時間の繋ぎ目を泳いでいた。


 全ては布石でしかなかった。


 それでいて、「今」を直進するために必要な踏み込みと、“方法”だった。


 やり直しはきかない。


 最初の一振りで、「文字」を書く。


 筆の先に描かれる確かな「線」は、墨をつけた瞬間から始まっている。


 肩の力を抜き、大きく息を吐く挙動。


 そのギリギリの臨界線上を、クラウスは動く。


 時計の針が触れる先端を、——突く。

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