第2話:目覚め

 ――泥の中から意識がゆっくりと上ってくる様な感覚。

 綺麗なルビーの様な瞳が、ゆっくりと眠そうに開いて、美しい少女が棺桶から身を起こす。

 

 ――口元から覗く、鋭く尖った真っ白な「犬歯」。白磁のような肌に、美しい澄んだ「紅い瞳」。新雪のような、きめ細やかな「白銀色」のロングヘアは艶やかな緩いウェーブを描き、腰元まで届きそうなほどあります。

 

 ……吸血鬼である彼女の名はイリア=アークノルド、前世の名を周防すおう明里。つまりは私と言うことですね。

 

 寝ぼけた頭で辺りを見回します。今いるところは小高い丘の上の様で、丘一面は、私がいるところに繋がる小道以外、可憐な色とりどりの花々に埋め尽くされている、そんな幻想的な場所になっていました。何故ここに寝てるんだっけ……と働かない頭で考えます。


 ……えーと、ああ、そうでした。話を進めましょう。何を隠そう、実は今、転生した直後なのですよ。びっくりしますよね、だってさっきまで会社で残業していたんですもの。……って言うか私、もしかして死んだ?


 ……顎に手を当てて、記憶を探ります。……もしかしなくても死んでますね、コレ。オフィスが事故物件になってしまうので同期に少し申し訳無さを感じますが、しゃーないです。労災発生させるブラック企業が悪いっ!早めに退職するべきでした。……でも、アレなんですよね、上司がどうしても退職届受け取ってくれなかったんですよね。長時間労働が割と大丈夫な心にこない性格だったので、それでずるずると働き続けてしまいました、無念。


 まあそんな感じで前世でぽっくり逝っちゃって転生した直後なので、五里霧中、にっちもさっちもいかない状況かと思いきや、それまた実は、そうではなく。

 

 私が前世で嗜んでいたライトノベルによると転生とは大まかに2種類あります。――一つは、全く新しい赤子として生まれるパターン。そしてもう一つが、その世界で暮らしていた「誰か」に意識だけ取って代わるパターンです。

 

 私の場合、後者側に分類されるのでしょうけど、私が完全に「前世の私」という訳でも無さそうです。

 

 私はもはやイリア=アークノルドでもあり、周防明里でもある。二つの人格が同居しているというよりかは、違和感なく融合しているような感じな気がします。何と言いましょうか、「私が私でなくなると共に、私が私であると言う確信が強まる」……言うなれば、今の私はイリア=明里=アークノルドみたいな感じなのかもしれません。生命の神秘ですね。

 

 私とは何者かと言う一種、哲学的なお話はひとまずおいておきましょう。

 

 私はあくび一つ(イリアわたしが美人さんなのでやけに艶やかでした)、ひとまず「棺桶ベッド」にて休養する前の「イリア」としての約束を果たそうと決めます。約束……と言う言葉は不適当かもしれません、なにしろ、「彼女」から最後に聞いた言葉は二、三言だけなのですから。……でも、便宜上約束と呼んで差し支えないはずです。


 それで、「約束」と言うのは、そうですね。待ち合わせ場所も、何もかも分からない、曖昧なもの……だけど、大切な「約束」です。詳細は「吸血姫イリア」のながーい昔話をしないといけないので今は語りません。「明里わたし」としても、特に予定はないし、今はとにかくここを出発したい、とまだ見ぬ世界にワクワクした気持ちです。

 

 簡単な予定を決めたいと思います。

 

 吸血姫イリアとしての私の記憶から、この花畑は地下深く核階層手前迷宮ラビリンスの中、「深層の聖域しんそうのはなぞの」であることがわかります。「迷宮」とはこの世界にいくつか存在するもので、その形はそれぞれ異なります。そして……えーっと、この迷宮は円錐の底どうしをくっつけた形とでもいいますか、地上部の入り口は狭く、中層部が1番広い。そして下層部に向かうほど、すぼんでいくような形と言えば伝わるでしょうか。真横から見れるとするならば綺麗な菱形になるであろう階層構造を成しています。なので、とりあえず「迷宮ラビリンス」を上層に向かって攻略していくことにします。迷宮といえば、異世界モノの定番です。心躍らないわけが有りません、精一杯楽しんで行けたらと思っております。……「約束」を果たし終わったら異世界をゆっくり満喫したいですしね。そのためにも地上に脱出は必須です。

 

 ……とまあ、そのような方針が立つと私は棺桶から出て花畑の道を歩いて行くのでした。

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