第4話
破損した縄文土器は鑑識が持って帰り、底に付いていた微かな傷跡の分析をすると、そこから銀が微かに検出されたことが分かった。純度の高い銀であった。
小原警視正はこの事件を無視するわけにはいかなかった。三俣警部も同行した。といっても、捜査に加わるのではなく、その場にいた担当の刑事から事件の状況の説明を受けただけであった。
「刑事の小父さんだね・・・」
背後から子供の声が聞こえたので、三俣警部がその方を振り向くと、スケボーを持った少女が近付いて来るのに気付いた。
「私も行っていい?」
傍にいた警視正は怪訝な眼をしたが、三俣警部は、
「ああ、君か・・・いいよ」
と、応えた。
「おい・・・」
警視正は馬鹿なことをいうな、というしかめっ面をした。だが、三俣警部は気にしなかった。彼にしてみれば、このような事件に首を突っ込む少女に多少興味かあった。案の定少女は口を挿んで来た。
「刑事の小父さん、ちょっと可笑しいんじゃない」
遺体はもう警察の方に運ばれていて、現場は鑑識課員が仕切に指紋とか足跡とかを採取していた。
「何が、可笑しいんだ?」
三俣警部は笑っていた。無残な直人の遺体を目にしていればそうは冷静にいられなかっただろうけど、遺体はもう警察の方に運ばれていた。登美子は探偵みたいな気分でいるようだ。というのは、その担当の刑事が事件の経緯を警視正と三俣警部に説明する時に、彼女は耳を傍立てていたのである。三俣警部はその様子に気付いていた。敢えて、三俣は嫌な顔をしないで彼女の様子をも観察していたのである。小さな可愛い瞳がくるくると動いていた。
(この子はひょっとして・・・非常に面白い子なのかも・・・しかし、この先危険な眼に合わなければいいのだが…余計な心配かな?)
と、三俣警部はおもったりもしていた。
「だって・・・」
と、少女は話し始めた。直人の遺体の状況ではない。直人がどんな状態で殺されていたのか、彼女は傍で聞いていた。嫌な顔をせず、聞き耳を立てていた。
さっき刑事から土器の底から純度の高い銀の反応があったと報告があった。
「それって・・・すごっく不思議なこととしか言いようがないじゃないの。ここから西の方に行けば石見銀山があるのよ。縄文時代に出来た銀の形跡であるわけがないじゃないの。その時代の人って、銀・・・興味があったのかしら?そんなことってないわよね。ということは、その跡は昨日今日ではないにしても、今・・・ここ何年かに跡が付いたといっていい。それなら、誰が・・・何のためにそんな跡が付いたのかしら。私・・・そうね、おじいちゃんに聞いて見るわ」
登美子はあっさりと結論付けた。良くしゃべる女の子だな、と三俣警部は思った。警視正も同じ気持ちなんだろう。三俣警部は呆然としている小原を見て、笑うのを我慢した。どうやら相手にしたくないって感じに、三俣には見えたのである。
苦手なのかもしれない、ごどもが・・・という気持ちもあるのだろう、三俣警部は思った。
「そういえば・・・」
三俣警部は、警視正はまだ独り者なのを知っている。女が嫌い、というのではなく、扱い難い生き物だと思っているのかも・・・。それにしても、三俣警部は島根県警の人なのだが、何者なのか、気に掛かる所である。
里崎長右衛門は今日ここに来るつもりはなかったのだが、近くにくれば足を伸ばしてしまうのはやはり矢島洋のことが気になって仕方がないのだろう。だが、洋はいなかった。この時間、仕事なのだろう。男の子供がいない彼には、いや孫かな、何よりも可愛い存在なのである。
「ふふっ・・・」
長右衛門は苦笑した。
少年はいつの間にか青年になり、今は婚約者も出来、立派な大人になった。長右衛門が裏から手を回して少年の家族を手助けして、二十年を過ぎた。
もうそろそろ手を引いてもいいのかも知れない・・・と、思うのだが、今はもう少し矢島洋の行き先を見てみたい、と老いた胸を弾ませるのであった。
長右衛門はすでに七十を過ぎていた。
(老いたものだ・・・)
老人はまた苦笑した。まだ、逝くわけにはいかない、と老人は思う。長男の啓二は日立に努めている。今は山歩きをして、もう砂鉄を作ることはない。
矢島洋は家にいなかった。仕事のはずである。老人には、そのことはよく分かっていた。それでも立ち寄ることで、老人は満足するのである。母のたみ子もいなかった。パートに出ているのにちがいない。自転車で十五分ほどの会社で、工場の清掃をしている。彼女も六十を過ぎているはずである。長右衛門はたみ子のパートの仕事にもかっての部下であった者に頼み、彼女を雇うようにも計らった。
登美子は長右衛門を探していた。彼女は祖父長右衛門の砂鉄にも、まして銀にも興味がなかった。近所で起こった事件の不思議さが、彼女の小さな頭に引っ掛かっていて、ただただ気になって仕方がなかったのである。彼女は祖父の知人である石田直人と言う人について詳しくは知らなかった。ただ、祖父によく会いに来ていたし、彼女自身石田と少しは話したことはあったが、興味が引かれるような人ではなかった。祖母の久美に聞いても、祖父は何処に行ったか知らないという。いつも何も言わずにいなくなる。ひょっとして・・・と、ある考えが閃いた。すると、
「じいちゃん!」
突然、長右衛門が帰って来た。
「じいちゃん、何処へ行っていたの?久美ばあちゃんに聞いても知らないって言っていたから・・・」
「どうしたんだ?何かあったのか・・・」
長右衛門は孫娘の質問には答えず、怖い眼で睨んで、言った。
「あっ!」
登美子はその態度を見て、あの家に行っていたのかも・・・と思った。
(それならそれでいい・・・)
隠し事がある時には、じいちゃんの眼が怖くなるのを登美子は何度も見ていた。
「じいちゃん、小さい頃、じいちゃんの机の上に石の塊が置いてあったけど・・・」
「ああ、あれな」
「うん、あれ・・・もうないの?」
「あれ・・・ああ・・・」
長右衛門は何かを思い出したようだった。
「あれは・・・」
長右衛門は大事にしていた縄文土器が壊され、警察が持って行ったのを知っていた。長右衛門は壊された縄文土器も銀の塊も興味がないようだった。
しかし、長右衛門の顔色が薄っすら変わった。
「じいちゃん、どうしたの?」
長右衛門はぽつりと言葉少なに話した。
「確かに・・・あの石は確かに銀だったが、爺には興味がないからあの土器の中に入れておいたような気がする・・・」
登美子は、やっぱりと思った。だが、今はそれ以上の推理は出来なかった。
「それに・・・」
警察は余り話題にしていないが、初代島根藩主から賜った短剣が消えていた。口にこそ出さなかったが、三俣警部だけが気にかけていた。
⌒あいつか!」
三俣警部の顔色が変わり、表立った行動は出来ていないが、古川信綱の行方を気にかけていた。
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