第12話 祖母との思い出①
「だからね、私もはるばる来たわけなんですよ」
玄関の上がり
「昔、知人からヒサコさんのことを聞いたんです。私の相談にも乗ってくれていいでしょう」
「ですから、もう祖母は亡くなったんです」
何度目かの台詞を口にしながら風夜は内心うんざりしていた。
「おばあさまが亡くなったのは分かりました。けれどいらっしゃるでしょう。代わりの方が」
男の態度は一見、下手に出ているようだが、口ぶりには
下がった眉をわざとらしく貼り付けて、追い返されないように必死なのが透けてみえる。
めんどくせえな、とすでに思い始めていた風夜だが顔には出さない。
「先程から申し上げている通り、相談事を引き受けていた祖母は亡くなりました。代わりの者もウチにはいません。お引き取りください」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
話をさっさと切り上げようとする風夜に、あわてた様子で男は声を上げた。
「もうずっと肩が重いんです、何か憑いてるに違いありません」
右肩をさすりながら男は風夜に訴えた。
「その、ヒサコさんてのは、視えたり祓ったりが出来たというじゃありませんか。血縁者の方なら同じようなことが出来るでしょう」
縋るような視線から避けるように顔をそらした風夜だったが、ふと思い直したように男の背後に目を向ける。
「さあ……何も」
ゆっくりと視線を巡らせて、風夜は淡々と応えた。
「俺には見えません」
「──もういい!ここまで来て損した」
とたんに豹変した様子で男が声を荒げた。
ゆがめた表情からは先程までの大人しさが嘘のようだった。
「どうせインチキだろう。知人の話も作り話だ。来て損した」
そう言い捨てて立ち上がると、玄関の引き戸を荒々しく開け放つ。
口の中でもごもごと悪態のようなものをついたかと思うと、ピシャリと乱暴に戸が閉まった。
表情ひとつ動かさずにいた風夜が、そこで大きくため息を吐いた時だった。
「いやあ、面倒そうな男でしたなあ」
そう言いながら矢助が廊下の奥から姿を現した。
いつものようにジャージ姿、顔にはニコニコと満面の笑みが浮かんでいる。
「……なんでそんな楽しそうなんだよ」
「これだからたまりませんなぁ、人間は」
理解不能な台詞に、風夜の眉間のシワがいっそう深くなる。
靴箱に手をつっこんで何やら取り出すと、風夜はサンダルをつっかけて玄関から出て行った。男の姿は当然のようにすでに無い。
矢助が後を付いていくと、風夜はそのまま庭へとまわった。
「たまに来るんだ。ああいうのが」
手にしていた小さなパッケージから、細長い棒状のものを取り出して口にくわえる。そのままライターの火を点ける音がした。手慣れた手つきに、おや、と矢助は首をかしげた。
「煙草吸うんですか」
「禁煙してたんだよ。なのに、さっきのジジイ……」
ぶつぶつと零しながら、風夜は思いきり煙草の煙を吐き出した。
「三男どのなら分かったでしょう」
「あ?」
「さっきの人間ですよ」
矢助の言わんとしていることが風夜には分かった。
『もうずっと肩が重いんです』
あの男が背負っていたもの。どす黒いものがうごめいていたこと。
風夜が無言のままでいると、矢助が不思議そうに問いかけてくる。
「教えなくてよかったんですか」
「教えたら視えてることになるだろ」
まあそうですねえ、と片足を浮かせた矢助が、直立したほうの膝下をかかとでボリボリ引っかいた。
「姉上が言ってましたよ。三男どのには初対面で姿を見破られたって」
「……」
「視えるのは三男どのだけですか?他のご兄弟は?」
「俺だけだ」
端的な答え。背を向けた風夜がどんな表情をしているのか、矢助からは見えない。
そこで何の前触れもなく、ぽとりと水滴が降ってきた。
見上げると厚い雲が空を覆っていた。日中だというのにいつの間にか辺りが暗い。
「降ってきたな。入るか」
振り返った風夜の目からは、なんの感情も読み取れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます