第13話 祖母との思い出②

家の中は先程よりも暗かった。

台所の照明を付けて、風夜はすぐそばにあるテーブルに腰掛けた。

「言っとくけど、ヒサコばあちゃんは特別だったんだよ」

卓上にある菓子受け皿からひとつを手を取り、包みを開けて口の中に放り込む。

矢助はそこから付かず離れずの位置で立ってその様子を眺めていた。

「俺にそこまでの力がある訳じゃない。亡くなった母親は、ばあちゃんの娘だったけど、同じような力があるなんて聞いたこともなかった。どういうわけか俺には妙なもんが視える。でも、それだけだ」

「……しかし、それは」

矢助の表情からふだんの軽薄さが消え、少しばかりの憐憫れんびんが声に混ざった。

「さぞかし苦労したんでしょうなぁ」


視えるだけだと風夜は言ったが、矢助が気になったのはその対処の仕方だ。

先程まで訪れていた男には、禍々まがまがしいまでの黒い“なにか”が憑いていた。それを風夜は表情ひとつ変えずに『視えない』ふりをした。

視えるものを見ないようにするというのはなかなか出来ることではない。否応なしに視界に入る、特に動くものに対しては意識せずとも視線が向いてしまう。生き物とは本来そういうものだ。いまの風夜に至るまで、いったいどれほどの経験を経てきたのだろう。矢助には分からなかった。


「やめろよ」

風夜が顔をしかめた。

「お前らに同情なんかされたくもない」

まとめて人外としてくくられたのだと気付いた矢助だったが、気を悪くしたふうでもなく頷いた。

「ごもっとも。気に障ったのなら謝ります」

そう言ってニィと唇の端をつり上げた。

風夜は何か言いたげに口を開いたが、どこか気を削がれたように視線をそらした。

「……ばあちゃんが俺に言ったのは」

ばらばらと雨音が窓を叩く気配がした。どうやら本格的に降り出したらしい。


「自分と同じようなことをしなくていいって事だった。昔から近所の人がばあちゃんを頼って時々うちに来てた。でも大勢を救いたいなんてばあちゃんは思っちゃいなかった。だから時には相談者に口止めしてる場面も見た。小さいころ言われたよ。第一に優先すべきは自分、次に家族、他人は最後でいいって。家族は何かあったとき助けてくれるけど、他人はそうはいかないって。まあその通りだよな」


そう話しながら、風夜は次の菓子に手を伸ばす。煎餅せんべいを選び取ろうとした手が止まり、隣のひと口サイズのチョコレートをつまみあげる。


「俺が視える人間って気付いたばあちゃんが俺に話したのは『私は好きで人助けをしてる。でもお前が同じことをする必要はない。お前が大きくなって物事が分かるようになって、それでも他人を助けたいと思ったらそのとき助ければいい』ってことだった。ばあちゃんには感謝してる。俺は自分のことで手一杯だ。朔乃や月次郎は、ばあちゃんが死んでから……というか葉羅さんが帰って来てからだな。面倒ごとに手を出すようになったけど、俺が関与するのは身内だけだ。葉羅さんが成仏できる手段が分かればいいと思うけど、他人に興味はないしどうだっていい」


「三男どのは兄弟想いということですな。すばらしい」

矢助が合いの手を入れると、風夜は半眼になってフンと鼻を鳴らした。

「何かしらじらしい台詞だな」

いやですねぇ、本心ですよ、と矢助が肩を揺らして笑った。

「ヒサコどのが人をみちびくのにけていることが分かって良かったです。それに、三男どのが甘い物が好きだということも」

テーブルの上に視線を落としながら矢助が言う。いつの間にか風夜が食べ終えた菓子の包みがいくつも折り重なっていた。

無言のまま風夜は席を立った。やかんを手に取り火にかける。茶筒を開けて中身を確認する背中に、矢助は言葉を投げかけた。

「ついでに訊いてもいいですか」

「なんだよ」

背中越しに風夜が答える。機嫌が悪いわけではなさそうな声に、矢助は問いかける。

「次男どのはどういう方ですか?唯一会っていませんし、そもそもこの家には住んでいないんですか」

矢助の言葉に、そこで振り返った風夜ははじめて苦笑に近いものを見せた。

「会えば分かる。近々帰ってくるはずだから」



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