第8話 奇妙な訪問者②

「このあいだ俺ら、近所のゲーセンで遊んだじゃんか」

友人の林が軽い口調で話し出したとき、朔乃は箸でつまんだ鳥南蛮とりなんばんを口に放り込もうとしていた。

「お前すげえ散財してたな」

ひと言だけそう相槌を打って、がっと大きなひとくちで咀嚼そしゃくする。


お昼どきの学食は学生たちでひしめきあっていた。混み合う空間でなんとか確保した席で、向かい合った林が遠い目をしてつぶやく。


「いけると思ったんだよ……ちょっと見ないあいだにクレーンの新台増えてたし。熱が入りすぎた」

同じ大学に通うふたりは予備校時代に知り合って以来の友人だった。

ふたり揃ってめでたく希望の大学に合格し、今に至るわけである。

「クレーンゲームといや、なんかすげえ上手い奴いたよな。人だかり出来てたし」

「そうそう、やっぱああいう人って普段からゲーセン通ってんだろなーって違うわ、今そんなことどーでもいいんだわ」

ぐっと前傾姿勢になった林は声をひそめた。


「お前と解散したあとの話だけどさ。なんか知らない奴に声かけられた」

「何それ不審者?……ああクソ、こぼした」

「明らかに欲張って乗せすぎだろ。つーか話聞け」


真下へ落ちたタルタルソースに舌打ちする朔乃に、林が眉をよせる。

「なんかとつぜん話しかけられてさ。『一文字家いちもんじけとどんな関係だ』って」

予想外の台詞に、それまでどうでもよさそうに聞いていた朔乃は動きを止めた。

「……え、何で?つーか誰に」

「知らね。若い男だったけど。俺らより少し上かな?やたら態度デカい奴だった」

「ふうん」

「お前と一緒にいるところ見られてたんだろうけど、なんか気味悪くてさ。そんなこと訊いてくる目的もわかんねえし。とりあえずダッシュで逃げた」

「まあそうなるわな」

「もしかするとお前の親戚かなんかかなーって後から思ったりしたけど」

「いや、そんな奴、心当たりねえけど……。家帰ったら聞いてみる」

「おー」

面倒ごとじゃなけりゃいいな、と朔乃はぼんやりとそんなことを思った。



学校から帰ってきた月次郎は、家に近付くにつれて誰かが自宅前に立っていることに気がついた。

着物を着ており、背筋がまっすぐに伸びている。長い髪の女だった。横顔は若く二十代のように見える。

「うちに何かご用ですか」

少し離れた距離から声を掛けると、女は視線を動かして月次郎を見た。

数度まばたきをしたのち何事か呟いたようだったが、内容までは聞き取れない。


「あの、なにか」

「突然申し訳ありません」


月次郎の言葉をさえぎって女がふいに頭を下げた。長い黒髪がさらりと揺れる。

「こちらヒサコさまのお宅でよろしいでしょうか」

顔を上げた女の目からは感情が読み取れなかった。

とつぜん祖母の名前を出されて月次郎は戸惑った。

「合ってますけど。ただ、祖母は亡くなりました」

「存じております。このたびはご挨拶にまいりました。少しお邪魔してもよろしいですか」

どこまでも丁寧な口調だったが、表情はいっさい変わらず、ついでに言えば愛想の欠片もなかった。

やや強引とも言える話の流れに少なからず月次郎は面食らった。


(おばあちゃんの知り合いかな。こんなに若い人と知り合いだったなんて、聞いたことないけれど……)


困って黙り込んだ月次郎の様子に、女はうつむいた。

「突然押しかけて申し訳ありませんでした。日を改めます」

女がきびすを返そうとする。はっとした月次郎は思わず呼び止めていた。

「あのっ、仏壇なら居間にあります」

足下の砂利を踏む音がした。振り向いた女の顔には依然としてなんの感情も浮かんでいない。

「おばあちゃんの知り合いなんですよね?なら、きっとおばあちゃんも喜びます。上がってください」

玄関の引き戸を開けながら月次郎が声をかけると、一瞬の間をおいて女が足を踏み出した。

おやさしいのですね、と静かな呟きが耳をかすめた。




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