第3話 ワーム肉のドネルケバブ風



「フフフ…素晴らしい光沢だなあ」



 俺は思わず目の前のワーム肉に頬擦りしそうになる。


 今日の俺は実に幸運だった。


 偶々、採取依頼で訪れていた城塞都市プルトのダンジョンでコイツと出くわせたのだ。


 タイミング良く口の中に強化矢を打ち込むんだことで最小限の損傷で仕留めることができたからな!


 飛び道具の扱いに影響する能力値である投擲のランクがAで本当に良かった。


 俺は能力的にそこまで戦闘向きではないし、魔物と直接戦うのは嫌いだ。


 俺は潜伏&遠距離攻撃厨ブッシュ・アンド・ロングレンジだからな。

 近接戦闘を避けられるなら、罠とか毒とかガンガン使うタイプだ。



 ――だが、魔物には戦闘以外で強い興味・・がある。



 ぶっちゃけ、俺のこの異世界最大の不満は食文化だ。

 原因は支配階級のような位置付けにいるエルフのせいだと考える。


 奴らは酒とか嗜好品には煩いが、その他の食に関しては非常に雑で、薄味だ。

 しかも、エルフが満を持して世界に布教するドルイド教に至っては、肉食禁止、火を使うことすら禁止だとか。

 生でキノコや虫ばっか喰うとかどんだけだよ!?

 寧ろ、尊敬に値するわっ!


 が、そんな影響を多分に受けているのか、それとも強いられているのか。

 この大陸中央で基本振る舞われる飯は焼く・煮るの二択で、味付けもほぼ塩のみ。

 一応、香辛料の発見・開発などの啓蒙もそこそこ進んでいるようだが、元の世界の食を知る俺からすれば耐え難いレベルだった。


 ギルドで軟禁されていた頃に毎日出されたのも、レンガのように固い何かパンと味をほぼ感じないスープ。

 良くて、茹でた芋(ヤムイモ)だったし。

 因みにマヨなんてない、素材そのものの味で頂く。


 地上で一般的に食べられるものもどこかパッとしない根菜・穀物類やエルフ豆(大豆っぽい)とかエルフ麦(米に近い穀物)とやや乏しい。


 かと言って、魔物認定されていない牛や豚らしき家畜の肉なぞガチで高級品だ。

 ギルドの酒場で供される肉のパイは確かに美味そうだったが……一切れに数千、ホールで数万するものなぞどこの高級寿司だとツッコミたくなるぞ。

 実際、祝い事か贈り物の品扱いされているようなもんだしな。


 他にこの異世界の特徴的な食べ物としてはエルフのケーキなるものがあるが…コレばかりは好みが分れるのでノーコメントとしておこう。


 そこで俺はある程度ダンジョンに潜れるようになってから自炊&迷宮泊キャンプすることにしたわけだ。


 …確かに、魔物の肉を口にしたのも最初は肉が恋しいという想いで致し方なくといった感じだった。


 だがなに、慣れればどうということは無い。


 それに俺にとっては喰える・喰えないの判断は容易なこと。


 見てくれなぞ、生物的嫌悪や拙い倫理なぞは二の次だという真理に俺は至ったのだ!


 というか寧ろ、地上よりもダンジョンの中の方が美味いものがごまんとあるのに、何故それに皆は気付かないのだろうか?



 俺は将来、可能であれば魔物食を提供する店を開きたいという夢がある。


 …まあ、エルフ相手には流石にダメだろう。

 迷宮資源に依存しまくってる癖に何故か魔物には異様な拒否感を持つ種族だからなあ。

 ハーフエルフのアスタ嬢ですらあの反応…やはり、難しいか?


 最悪、エルフの影響力がない土地へ移転することも考えねばならない。



「…フゥー。気を取り直して今日の晩飯を作るとしよう」



 高校を卒業してからは一人暮らししてたからな。

 料理は好きな方なんだ。


 フフフ…このワーム肉、どうしてくれようかな?


 まあ、何となく作るモノは既に決めてはあるんだが。

 兎にも角にも、先ず下拵えから始めよう。


 俺は二つあるワームの胴肉の塊を手に取る。


 ワームと一口に言っても“手足の無い竜の眷属”というかなりアバウトに定義されている。


 ゴム状の被膜で覆われたグロデスク系から鱗で覆われた爬虫類系まで多種多様。

 今回のワーム肉は、固い殻に覆われた“ロックシューター”と呼ばれる砂地に主に潜む甲殻類系ワームの一種。

 大型のものは俺の頭ほどある岩を吐き出して攻撃するという…。


 …何だか、遠距離攻撃厨である俺は親近感すら湧いてしまう。


 本来は大抵の刃物を弾いてしまうはずの堅い甲殻もギルドきっての肉屋ミンサーの手によって見事に剥ぎ取られ、美しい白とピンクのマーブル模様の身が露わになっている。



 ――何だ、ただのデカい海老か。



 だが、残念ながらあの裸エプロン趣味のオークの言う通り、このワーム肉には毒があるのだ。


 しかし、それは可食部の身の部分にではない。

 背にある毒腺にだ。

 

 この辺は普通の海老の背ワタを取る作業と変わりないな。

 正し、丁寧にやらないとダメだ。

 毒が漏れ出て、折角のワーム肉に毒のデバフが付いてしまうからな。

 そうなってしまっては数日解毒剤に漬け込むか、寺院で祝福して貰う(多分、無理だ)必要がある。



 ――次は俺の秘蔵のミスリル合金のナイフで腹側を開く。



 コレ、最高に良いんだよなぁ…どんな魔物肉の油や酸やら毒もへっちゃら!

 切れ味も落ちず、錆びず、変形せず、腐食もしない!


 ただ、呪いには弱いからアンデッドや悪魔系相手には注意が必要ではある。


 俺にとっては貴重な一点ものだし、平時でも魔物から素材(俺は主に肉目的だが)を剥ぎ取りするのにも必須の逸品だしな。


 さて、消化器官は、と。

 ……流石はギルドで一番腕の良いオークだ。

 完璧に洗浄されていて、毒液と石礫、砂の一粒すら残ってない。


 ……しかし、実に惜しい。


 強靭な胃と毒への耐性を持つ獣人と違って俺はワームの消化器官を消化することができない。


 仕方ないので消化器官はナイフで軽くこそいで身から取り除いておく。


 今回は廃棄するしかないか…。

 勿体ないが、その内に別の調理法を模索するとしよう。


 煮込みにするとか?

 う~ん…発酵させて塩辛なんてのも良いかもしれんが、いかんせんこの世界のエルフ麦コメじゃちょっとなあ…。

 それとダンジョン産の魔物肉は腐敗が進み易くて足が早い…。


 そんな楽しいことを考えつつ、今度は身を薄くスライスする。

 それに塩ひとつまみと少しの片栗粉代わりの芋の粉を振って軽く揉む。

 その後、水洗いしてからしっかり水気を取る。


 海老と甲殻類系ワーム特有の生臭さを取るちょっとしたコツだ。


 そして塩・胡椒(高級品!)と魚醬(これも安くねぇ!)に謎の香辛料各種を適量投入した調味液に漬け込む。


 謎の香辛料というのは、俺が密かにカレーを再現したくて集め回っている主にこの異世界の南方産の元の世界ではありえないほどカラフルなスパイスだ。


 クミンやターメリックなど…に限りなく、いやかなり近しいと思う。

 あくまでも個人的な感想と直感だけども。


 それと迷宮産のハーブも刻んで入れる。

 多少の解毒作用があるこのダンジョン産(上の階層の畑)のネギとニンニクだ。

 どちらも俺の元の世界にあったものとは異なる色と形だが…問題は無い。


 これによってより安全に、より風味豊かに料理を味わえる。

 俺の能力値の耐性に関してはランクCの一般人レベルだから、食中毒なりちょっとした毒物もちゃんと有効打になりうるんだ。


 本当は欲を言えば料理酒や、癖のある魚醤じゃなくて醤油が欲しいところだが、ここは異世界なんだよ…致し方ない。


 エルフ豆…まあ、大豆のようなものはあるんだからワンチャン諦めなければそれっぽい加工品に出逢えるかもしれないしな。


 せめて手製の粉末出汁があれば良かったんだが、昨日のスープで使い切ってしまったからな…。


 ここはこのワーム肉本来のポテンシャルに期待するとしよう!



 ――ワーム肉を漬け込んでる間に焚火を熾す。



 ダンジョンが死んでいるからといっても、ダンジョン独自の迷宮植物などを始めとした植物が自生している。

 キノコやら果実も当然のように生い茂っているぞ。

 まあ、擬似とは言え、この第3階層までは常に陽が射しこんでるからな。

 第1階層と第2階層に至っては天窓のある玄室に先住者が畑を作っている始末。


 雨も降らないから焚火に使う薪が湿気ることもない。



 …この第3階層は俺のお気に入りの野営地の一つなんだ。


 常に黄昏時とは何ともファンタジーでノスタルジックではないか。


 後、極端に言えばこの上の階層で寝るには、テントの無い俺には明る過ぎた。

 

 パチパチと静かに爆ぜる焚火を見つめてまったりする。



 やべっ。


 そんな余裕で呆けている場合ではなかった、肉を焼く為のグリル台を早急に作らねばならない!


 う~ん…しかしどうしたものか。

 その辺の木切れで作ると途中で焚火の火で崩れてしまう恐れがある。


 

 「あっ」



 その辺をウロウロしていたら丁度良い材料・・を発見した。



  @



「うん。なかなか良い感じだな?」



 俺は間に合わせながらも自作したグリル台に満足していた。


 実際はグリル台なんて大層なモノではない。


 数本のを焚火を挟むように組み、串を置く溝を掘っただけの非常に簡素なものだ。



 ……まあ、恐らくはスケルトンの骨なんだが。



 おもっくそ人間のドクロが転がってたしな。

 魔素切れで活動を停止したスケルトンの残骸に違いないな。


 決して、元迷宮探索者の遺骨でないことを俺は心から祈っている。


 念の為に食事が終わったら完全に壊して始末しとこう。

 後で邪教徒がダンジョンでヤバイ儀式してたと勘ぐられると面倒だ。



 ――さて、丁度良い塩梅だろう…早速肉を焼こうじゃないか!


 

「クックック…」



 さあ、ここで満を持してこの為・・・だけに買ったコイツの出番だ!


 俺は先ほどまで腰に挿していた2本のスティレット(煮沸消毒済み)を取り出す。


 何を隠そう、肉を焼くのに使う為の金串の代用品だ。

 枝を削った串だとなあ~…加熱前の硬い肉質のワーム肉を貫くには難がある。


 で、金属製の串が欲しかっただけなんだけど。

 何でこんなもんしか無いんだよ、おかしいだろ?


 しかも、数打ち品だから安いとか言っておいて1本、3ルビーだってんだからやってらんないわホント。


 …………。


 30万だよ、30万!?

 2本で60万だぞ!?

 信じられん…元の世界じゃ百均に数本セットでBBQ用のヤツ置いてあったのに。



 まあ、鉄串じゃなくて刺突用の短剣だし。


 結局は粘って4ルビーと80スピネルまで値切ったが、今度ダンジョンで拾った武器か防具を譲るとテリーの爺さんに約束しちまったぜ…トホホ。


 落ち込みつつも俺は2本のスティレットにマリネしたワーム肉を刺して、刺して…刺しまくるっ!


 そして、2本の肉塊が…否っ! ワーム肉のタワーが出来上がる。


 グヘヘヘ…。


 そしてカルシウム多めのグリル台へとセットだっ!



 さあ、今日一番に楽しい時間が訪れたぞ…!

 


 ここで串を回転させるクランク的なモノがあれば完璧だったが、俺は厚手の革グローブを片手に嵌めて2本の肉塊の串をゆっくりと交互に回していく。


 火は強くない、ゆっくりじっくりと焼いていくのが肝心だ…!


 ジュウジュウと音を立てて、徐々にワーム肉は色鮮やかな…赤味がやや強いヴァーミリオン・オレンジへと変わっていく。


 抗い難い薫りと共に、照り照りの肉から滴る脂が、下の焚火に落ちて灼ける音が俺を至福へと誘う。



 ……ジュルリ



 思わず涎が垂れたタイミングで腹が情けなく鳴る。

 それも仕方ないか、今日の朝は軽くダンジョンの果実だけで済ませてから何も食ってなかったし…。



 俺は我慢できずにナイフで表面をこそいで口に入れる。



「…美味いっ!?」



 いや、もう匂いだけで美味いのは重々承知してはいたが…。

 海老と豚肉の中間、いや双方の良い部分を併せ持ったかのような素晴らしい食感と味だ!


 これは、堪らんっ!


 俺は革水袋に入れていたエールを一口煽って喉を鳴らして嚥下する。



「…~っプハァー! 最高だな」



 革水袋のエールは程良く冷えていた。


 酒場のマスターには言えないが、温いとホントただ酸っぱいだけのビールの先祖みたいな味なんで個人的には微妙なとこなんだよ。

 冷やした酒は本当に高級な酒場でしか出されないし高いからな。


 実はコレにはちょっとした細工があるんだが、今は解説してる間が惜しい。



「…良し!」



 本日の晩餐、“ワーム肉のドネルケバブ風”の完成だ!



 良い感じに焼けた部分をこうしてナイフで削って食べるのだ。

 昔屋台か何かで食べた時の記憶だとピタとかいうパンのようなものに野菜と一緒にクレープのように挟んで食べたっけ。


 因みにケバブとドネルケバブの違いなぞ俺は知らないので、あくまでもだ。


 しかし、それにしても手が止まらん。


 ワーム→エール→ワーム→エール→ワーム→ワーム→エールの無限ループになりそうだな。


 …いや、ちょっと待てっ!


 そう言えばさっき、丁度良さげな香草を見掛けたなあ~。

 確か、第2階層とを行き来する階段のある玄室に生えていた。


 アレがあればもっと味が締まる気がする…。



「…………」



 ちょっと待っててくてれよ?

 俺のドネルケバブ!


 すぐに戻って来るからなっ!


 俺はザルを手にダッシュで香草を採取しに向った。



  @



「ガツガツガフガツ…!」


「…………」



 俺が愛しのドネルケバブと離れ離れになった時間は実質…5分くらい?


 俺がオレガノっぽい感じの香草とサラダに丁度良さげな新鮮で柔らかい集露花と苔を採取して戻ってくると何故かコチラに背を向けるケダモノ・・・・の姿があった。



 ……何故、俺のドネルケバブの前に座って…え? 何してるの?



 ふと、ヤツの足元を見やれば見た事のある柄の無いスティレットだけ・・が地面に放り出されていた。



 俺はザルを手から滑り落とした。



「バクムシャバクッ! ……ゴクン! ふはぁ~♪ うぷっ…ゲェエエエップ!」



 ヤツは手にしていたもう1本のスティレットをぞんざいに放り投げて腹をさすった。



 勿論、そのスティレットには肉のひとかけらすら残っていないピカピカだあ!



 ――パシュ


 …ドサッ!



 気付くと、俺は無意識にケダモノの後頭部目掛けてクロスボウの矢を放っていた。



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