第2話 よくある異世界転移モノ



「……酷い目に遭った」



 さっきは危うくあの女給の馬娘の尻で潰されるところだった。


 俺はトボトボと目抜き通りを歩く。


 突然だが、俺はいわゆる異世界転移者ってヤツだ。

 二十歳の頃、深夜のバイト帰りに誤ってマンホールの穴か何かに落ちてしまったらしいんだがなあ…。



 ――暗闇の中から何とか必死こいて這い出てみれば、そこは得体の知れない異世界の街中だった。



 慌てて元の場所に戻ろうとしたが、既に俺が通ってきたはずの穴など跡形も無くなっていたわけで。



 …元の世界に帰れなくなってしまった。



 オマケに異世界モノ特有の御都合主義らしからぬ仕打ちだ。


 言葉も当然ののように通じないし、文字も読めんし、アイテムボックスやら鑑定スキルなぞの類を俺は持っていなかった…とんだ異世界ハードモードだ、なんてこったい!?


 因みにマトモにこの世界の住民とコミュニケーションを取れるまで3年は掛かってるからな?

 つーか、未だにちょいと言葉足らずで無愛想だの、根暗だのとコミュ障扱いされるしさあ。


 文字の読み書きに関しては未だに怪しい。

 この世界の文字は楔型文字に良く似たものだったが、どうにも種族ごとに差異が有って統一感がなく、俺には理解が難し過ぎたのだ。



 ……いや、正しくは凄く限定的ではあるが鑑定能力みたいなもんはあるな。


 その対象の“可食か否か”を判定できる謎能力だったが――現状、この能力に俺は大いに助けられている。


 この世界ではどうにも隠しスキル的なものらしいから、俺以外にはその力を完全に把握してる者はいないだろう。



 それは兎も角、俺は異世界で新しい人生を送らねばならなくなった。



 この世界はいわゆるテンプレ的な剣と魔法の世界だった。


 言葉も通じず、一文無し(この世界に迷い込んだ時点で何故かスマホと財布が消滅していた)の俺はプルトという城塞都市に転移して、そのギルドへと連行された。


 奴隷にでもされるのかと戦々恐々としていたが、意外にも俺の面倒を見てくれるらしい。


 しかし、俺を待ち受けていたのは言葉と文字の勉強、そして訓練場での折檻…もとい、鬼のようなトレーニングだった。


 寝る場所も馬小屋で、ギルドでの雑用もやらされたが、何も知らずに異世界で放逐されるよりも百倍マシだろう。


 何でもそのプルトの王様の政策方針らしいが、右も左もわからない異世界人の俺としてはその偉大な君主に対して感謝しかない。


 そんな生活が約2年間続いたが、その最大の目的はどうやらとある職種・・への俺の適性検査と訓練だったらしい。



 俺は自身のギルド証を取り出して眺める。


 ▶アットマーク◀

 ファーレス/男/25歳/ローグ:レベル7

 近接:D 投擲:A 防具:C 魔法:C 耐性:C 鑑定:B


 そう表記されている。

 コレは俺がこの異世界での身分を証明するものだ。


 名前・種族・性別・年齢・クラスとレベル・各能力(適性)値となっている。


 アットマークなんて名前だが、勿論、俺の本名じゃない。

 なんせ元の世界の言語は一切通じないからなあ。

 俺のクラスであるローグからのインスピレーションでそう名乗っているだけだ。


 元はうだつが上がらないレトロゲームオタクだったもんでな…。


 ぶっちゃけ、俺のような身元不明人が就ける職などこの異世界には当然のように存在するダンジョンへと潜る迷宮探索者くらいしかなかったらしい。

 

 そりゃあローグライクを始め、数多くのダンジョンゲーでならした俺ではあったが。


 ――言うまでも無いが、実際に自身の命が掛かったガチとなるとまるで別物だ。


 だが、どうにもゲーム臭いこの世界でその知識と経験が活かせたようで、どうにか早くも5年、こうして厳しい暮らしながらも俺はこの異世界で生きていけている。



 それに、俺にはちょっとした目的というか夢もできた。



 俺は要塞の目抜き通りから数ブロック離れた路地まで今日もまたフラリと足を運んでいた。


 目の前には小さな一戸建てがある。

 いわゆる売り家だ。


 現在、俺はこの家を買う為に貯金している。


 主な理由は、この城塞都市プルトの法では要塞内の不動産を所有すると自動的に一般市民扱いを受けられる。


 であれば、例え俺が迷宮探索を継続できなくなっても他の職に就ける可能性が高くなる。 


 …それに、俗な話だが結婚願望とかもあったりする。

 いつまでも独り身は辛いからな。

 絶賛ボッチではあるが。


 …………。


 ふと、ギルドの受付嬢であるハーフエルフの顔が浮かぶが頭から振り払う。


 彼女とはこの異世界に迷い込んだ当日からの縁だが、あのいけ好かないエルフ野郎の言う通りで、俺には高嶺の花だろう。


 この世界には人間以外の種族もまた当然のように存在している。

 

 俺のようなホモサピエンス(耳の形が微妙に違うが)な種族はファーレスと呼ばれ、他には純正ケモだったり下半身だけがアニマルな獣人種族、オークやゴブリンといった亜人種族などが存在している。


 寧ろ、その括りだと人間の方が少数種族のような気すらするな?


 だが、それを一線を画す種族にかの有名なエルフが存在する。


 長く尖った耳に青白い肌、長命かつ不老のチート種族だ。

 そして、数自体は少ないようだが、この世界の人種では恐らく実質最上位の地位にあるのは間違いない。

 つまり種族自体が貴族みたいなもんなんだろう。

 大抵の奴が俺のようなファーレスや獣人亜人その他を短命種だとか劣等種呼ばわりして見下す傾向にあるみたいだ。


 それに比べてそのエルフとファーレスの混血であるアスタ嬢のようなハーフエルフは、見た目が若いままという点を除けば、寿命的にも単に耳が長いだけのファーレスとも言えるかもな。

 実際、ハーフエルフ全体が他種族にも友好的らしい。

 というか、威圧的なエルフ自体を嫌うハーフエルフも少なくないと思える。


 だが、アスタ嬢はちょっと特殊だな。

 そもそも家名持ちって時点で違和感があるし、噂じゃ風光明媚なあのモッタリアに別荘なんざ持ってるなんて俺とは別の世界の人だからな。


 下手したら、あのキザい事務課長とやらよりも実質身分が上なのではと疑問に思うぞ?


 話を戻すが、現状、目の前の物件を購入するのは俺の稼ぎだとそこそこ厳しい。


 この前、ギルドで調べて貰った時は時価で3ドラゴンブラッド前後したから。


 …まあ、要塞内の物件じゃ比較的安い部類かもしれんが。


 この世界の通貨の単位は主に四つある。

 一から百までをレッドストーン。

 千・万をスピネル。

 十万・百万をルビー。

 そして、最大の単位である千万以上をドラゴンブラッドと呼称される。

 因みに実物のアークドラゴンの血一瓶と同価値なんだとか。


 つまり、目の前の家を買うのに三千万という大金が要ることになるわけだ。


 収入が不安定な迷宮探索者である俺だが、この3年で趣味・・も兼ねた節約生活を重ねて貯まったギルドの預金が約1ドラゴンブラッド…。


 なんせ、未だ市民権を持たない身元不明の俺はギルドに借金できないからローンも組めない。

 

 どうにか三十代になる前に家を買って、序に嫁さんを探したいとこだが…。



 そんな楽しくも哀しい妄想に耽っていた俺だが、市街を巡回していた衛兵達に凝視されていたのに気付いて我に返った。


 不審者と思われてしまったのだろうか?


 職質を受ける度に俺の身元を仮保障しているギルドから小言が飛んでくるので俺はその場からこの異世界生活5年で培った自慢の逃げ足で去ることにした。



  @



 さらに歩くこと小一時間。

 日が完全に暮れて人気が失せた旧市街へと俺は足を運んでいた。


 ――今日の俺の寝床・・がある場所だ。


 俺は複雑に入り組む階段を下って薄暗い石造りのトンネルを潜る。



 すると、トンネルから出た俺の視界に目が眩むほどの朝日・・が差し込んだ…!



 無論、地上には既に夜の帳が降りている。


 そう、そこはまごうこと無き地上とは切り離された別次元…ダンジョンであった。


 かつては“シーフのねぐら”と呼ばれていた全4階層という実に小規模なスタンダード・ダンジョン。

 特徴的なのは、ベーシックな石造りのダンジョンでありながらも各部屋に天窓があり、表層から朝・昼・夕・夜と空模様が変わるところだろうか。

 

 俺が先を進むと、水場のある玄室に数張りのテントやボロ小屋が所狭しと並んでいた。


 俺に気付いたのか、そのテントの中から老人が顔を出した。



「何だ、マークか? 近所の悪ガキが忍び込んだかと思ったぜ。今日はコッチに泊まんのか」


「ああ。…起こして悪かったな」


「なに、こんなとこに棲んでる儂らに昼も夜も関係ねぇわ。……ま~た、魔物肉を仕入れてきたんか。そこそこ稼ぎがあるだろうによぉ。相も変わらず好きだなぁ~お前さんもよぉ~。…おっと、どうだ一杯? 付き合わんか」



 そう言って老人が手にした欠けた陶器のボトルをチャプンと揺らす。


 …まさか、密造酒か?

 地上のエルフ共にバレたら捕まって要塞から追放されちまうぞ、おい?


 俺は丁重に断った。

 共犯者にされるのも御免だし、それに…コレは俺だけで楽しみたいんでね。



 だが、目的の階層へと急ぐ俺を老人が呼び止める。



「おっ。そうだったわ。お前さんのことだから最下層なんぞまで降りんだろうが、気を付けろよ」


「…何に? まさか最下層に魔物でも湧いたか?」


「いや、そうじゃねえ。…どうにも何か得体の知れないヤツが外から入り込んじまったらしくてな? 最近、俺達から食い物や畑の作物をかっぱらっていきやがんだ」



  @



 何故、こんな街中にダンジョンなぞ存在しているのかと思っただろう。


 実は此処だけじゃないんだ、他に幾つも要塞内にダンジョンの入り口が存在している。


 この世界にはワンダリングと呼ばれる一種の魔力災害が存在する。


 扉、地下室への階段、洞窟の洞穴…そんなものを境界線の出入り口に別次元と繋がってしまう現象。


 恐らく、俺も神隠しとかそんな感じに天文学的な確率でこの世界へやってきちまったんだろう。


 ダンジョンもそれに分類される。

 主に迷宮と呼称されるそれは自然的に世界に存在するものと偶発的に発生してしまうものに分類される。

 城塞都市プルトに存在するダンジョンの殆どが後者だ。

 主に地下という共通点が多いが、民家の地下室、墓所、果ては王城に至るまで場所を問わずにダンジョンが存在している。

 なお、大半が既に攻略されて封鎖されているので、現在要塞内で正式に稼働?しているダンジョンは3つだけだ。


 …だが、そのダンジョンリストに此処は含まれていない。


 何故ならばこのダンジョンは既に死んでいる・・・・・


 正確には、最深層に存在するダンジョンボス等が討伐されて活動が停止したダンジョンということだ。

 魔法や魔物よりももっと原質に近い魔素なるものの供給が絶たれ、新たに魔物が生成されることもなくなったが、迷宮探索者が求める財を生む魅力的な迷宮資源もまた同時に失われてしまう。

 故にギルドから価値無しと判断されたダンジョンは封鎖され、やがて完全に消滅してしまうらしい。



 このダンジョンが未だ残されている理由はギルドの管理が思ったよりもおざなりであることと、単にこのダンジョンに危険性が無いと判断されているからだろう。

 ダンジョン内に残った魔物は数十年前にとうに狩り尽されたという話だからな。


 ただ、そんな場所が犯罪組織の温床や浮浪者の溜り場になっては困ると定期的にギルドから視察が入りはするんだ。


 しかしながら、入ってすぐ迷宮内に居を構えるあの老人達が追い出されないのは、かつて彼らがギルドの迷宮探索者であったからという温情だろう。


 迷宮探索者で栄光を掴んで成功する者など極一部なのだから…。



 だが、俺が気になるのはその先達からの注意勧告だ。

 


 聞けば、その簒奪者の姿は女獣人のような姿をしていたとの証言もあるらしい。


 しかも、全裸。

 まあ、そも普通の獣人種族でもその傾向は強いがなあ…なにせ俺達ファーレスには無い御自慢の毛皮があるからな。


 この世界には地上の種族の他に迷宮内で生きる迷宮種族なるものが多数存在している。

 残念な事に一部の中立か友好的な種族を除いて迷宮探索者とほぼ争う羽目になるため、準魔物扱いされる。

 そもそも基本言葉が通じないしな。


 にしてもだ…獣人の女のような出で立ちで物を盗む、か…。


 ――美しき牝獣ビューティ・ビーストか?


 俺も実際に遭遇したことはないが、獣の手足と獣性を持つ美しくも恐ろしい女の姿をした迷宮種族だと噂で聞いている。


 だが、滅茶苦茶に手癖が悪く、多くの迷宮探索者が辛酸を舐めさせられているのだという。


 まあ、このダンジョンの名付け自体が、元は迷宮探索者からアイテムをパクる悪辣な魔物が多いことに由来しているらしいしな。



 俺がそんなことをボンヤリと考えながら足を動かしている内に目的地に到着してしまった。


 俺は腰を下ろして一息吐くと、背嚢から手際良く諸道具を取り出しつつ本日のメインであるブツを包んでいた布を広げた。



 思わず顔が綻んでしまう。



 何故なら俺の目の前に美しくも怪しく輝く――ワーム・・・の肉があったのだから…!



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