とある迷宮探索者のローグライク飯

森山沼島

第1話 とある迷宮探索者@



「では、こちらが本日の買い取り額となります。お確かめ下さい」

「わかった」



 カウンターの上に載せられた木製トレイの上にある赤い菱形立方体通貨を浅葱色のフードを被った男が無愛想にざかざかと片手でより分ける。


 その中の幾ばくかを財布にジャラリとつまらなさそうに放り込むと、残りをトレイの上に載せたまま手で押して返す。



「残りは、いつも通り」


「はい。当ギルドの預りということで。…ところでマークさん。いい加減にギルドの蘇生保険・・・・にお入りになりませんか? 迷宮で活動されてもう3年ですし、そろそろ検討して頂ければと思うのですが…」



 若干困り顔のギルド女性職員からの提案に男は渋い顔をする。



「止めておく。ギルドに取り分の二割も持っていかれたら、キツイ…」


「どうか、そうおっしゃらずに。マークさんは依頼も選り好みせずにギルドに貢献されて下さっています。それにたった2年足らずでレベル7になられた逸材でいらっしゃいます。ギルドとしてもあなたに何かあれば、損失になるんですから…」


「……人間。死んだらそれまで、だ」


「そう、ですか…?」



 カウンター越しに向き合う女性職員がギルドの利益のみでなく、常日頃迷宮に身を投じる自身の心配してくれているからだと知りながらも男は頑なに断った。



「おっと、お取り込み中すまんね?」



 そんな両者の間に突如として割り込む者がいた。


 血濡れのエプロンを身に着けた灰緑色の肌を持つ恐ろし気な巨躯……オークだ。


 だが、安心して欲しい。


 この者の名はミンサーという。

 歴とした元迷宮探索者のベテランギルド職員である。


 それと、正確には彼はオークでなく、そう珍しくもない混血のハーフオークだ。

 彼の主な仕事は迷宮内外からギルドへ持ち込まれた魔物の解体作業であった。



「ほらよ、大将。言われた通りの部位だぜ?」



 ミンサーが手に持っていたものを雑にカウンターの上に置く。


 布に包まれた直径20数センチほどの円柱状の塊が二つ。



「助かる」



 先程とは打って変わって男の顔にニヤリと不気味な笑みが浮かぶ。


 それをタイミング悪く目撃してしまった近くに居合わせた新人達は思わず震え上がった。


 いや、もしかしたら突如現れた裸エプロン姿のオークに畏れ慄いたのやもしれないが。



「ミンサーさん。コレは何ですか?」


「あん? そりゃあコイツが今日持ってきた獲物…まあ、魔物・・の肉だな」



 鼻を穿るオークの一言に耳の長い美女、もといギルドの人気ハーフエルフ受付嬢であるアスタ・スターストームの表情が一瞬固まる。


 彼女は幾度なく魔物素材が運び込まれる場所に勤めるギルド職員としてはやや致命的に思えるほどの魔物嫌いであった。


 なので彼女は専らギルド事務課の花形である受付・清算業務と老若男女問わず魅了するスマイル業務に努めていた。



「なっ、何に使われるんです?」


「そりゃ、アスタ嬢。……焼いて喰うんだよっ!」


「え゛!?」



 可愛らしい永く尖った耳を広げて驚くアスタにミンサーが笑い声を上げ、釣られて周囲の者も笑い声を漏らす。



「冗談だよ。そりゃあ魔物肉だってちゃんと食えるが…残念ながら、コレには毒が有るからな? う~ん…迷宮で他の魔物を呼び寄せる餌か、痺れ薬でも仕込んで他の獲物への罠にでもするとかじゃねーか?」


「ほっ…そうなんですか」



 二人のやり取りを見ていた件のフード男は何故かムッとした表情になると、周りのことなど最早半ば無視して、その魔物肉を大事そうに小脇に抱え込むとクルリと背を向けた。



 だが、離れる際にボソリと誰にも聞こえないような声で呟くのだ…。



「……そんな、勿体ない・・・・ことする訳ないだろ」


「ちょ、ちょっと待って下さいマークさん!」



 だが、スタスタとその場を去ろうとする男を焦って呼び止めるアスタ。



「…何だ?」


「あの~、私…今度の長期休暇で実家の別荘があるモッタリアに行く予定なんです。その、マークさんも良ければ……どうでしょう? 温水海産の魚介料理も、有名ですし…御一緒に……」


「…………」



 横で見ていた裸エプロンオークが揶揄うように口笛を吹き、他の迷宮探索者達が「何であんな根暗がっ」なぞ「今度迷宮で遭ったら覚えてろよ…」などとハンカチを噛み千切ったり、物騒な恨み言を漏らす。



 男は暫し顎を指先で弄りながら思案する素振りをしていたが…。



「悪いが――」


「そうだな。君は彼女と同行するには相応しくはないな!」



 そう言葉を発したのは浅葱色のフードを被った男でも、ハーフエルフの美人受付嬢でも、オークの肉屋でもなかった。


 いつの間にやらアスタの後ろに立っていたのは、キラキラと無駄に謎の光を周囲に散りばめ、青み掛かった美しい肌と銀糸の髪を自慢気に見せつけるエルフの美男であった。



「ラモン課長…」


「ふむ。アットマーク君とやら? 君は確かに若輩の中ではかなり貢献度は高い方のようだね。…だが、所詮君は脆弱なファーレス。迷宮を制覇する気も毛頭ない、その日暮らしの底辺探索者の“ダンジョンクローラー”でしかない。そんな君には身分不相応というものだろう。ここは私にアスタ嬢を任せて、潔く身を引き給えよ?」


「「…………」」

 


 自信満々にそんな事を言い放つエルフに周囲から浴びせられる視線は当然のように冷たい。

 

 当人は自己陶酔が過ぎて、気付かない様ではあるが特にギルド職員よりもその場に居合わせた迷宮探索者達は彼を数倍強く睨んでいた。


 それもそのはず、“ダンジョンクローラー”とはいわば迷宮探索者の蔑称。


 迷宮制覇を目指す極一部の者は、真の探索者…“エクスプローラー”と呼ばれるのに対して前者は“迷宮を這いまわる者”の意であり、迷宮から得る物資で何とか日々を食い繋いでるような者達を指す言葉である。


 しかも、エルフにありがちな種族差別的な発言もいただけない。

 この世界で標準的に使われている人間を指すファーレス(毛の無い獣人の意)という古代エルフの造語自体が既に侮蔑的であるのは周知の事実であるし、このギルドに居る迷宮探索者の大半が獣人・亜人種族に次いで多いそのファーレスであるのだから。



「む。ミンサー…何で君がここに居るんだ? 早く、持ち場の倉庫に戻り給え! 君のような輩に表に居られては皆を委縮させてしまうだろう」


「ケッ! …嫌な奴だぜ」



 オマケにオークまで敵に回した。


 元から低い株をまた下げたエルフがそれでも気にせずアスタの肩にそっと手をやる。



「フッ。どうかな、アスタ嬢? そのモッタリア旅行には私が代わりに同行しよ…」


「課長。セクハラですよ? それに先程の発言は、探索者の皆さんに非常に失礼ですっ! ……査問会に報告しますか? それとも処刑クビの方が…」



 ズバッと鬼気迫る怒りを讃えたアスタに両断されたセクハラ上司が慌てて飛び退いた。


 因みに彼女の発言は、アスタ・スターストームという立場であれば、実は割と容易に叶えられる事は件の事務課長も一部のギルド職員も知っている。



「ちっ、違うよ!? 私は決してそんな不埒な気持ちなんて……お、おい! 何だ貴様らその顔は!? 断じて違うからなっ!」



 他のジト目の職員達にそう発言しつつも無駄にイケメンエルフはその場から逃げていった。


 ここぞとばかりにブーイングがギルド内を飛び交う。


 が、それと並行してアスタが困った顔で頭を下げるので探索者達の怒気も次第に治まり、ギルドは平常運転に戻っていった。



「あ~ったくよお。全く嫌になるぜ。これだからエルフってヤツは。特にコネだけでギルドの要職に就いたヤローなんてのはよぉ。半年足らずですっかり王様気取りだ。自分は迷宮になんざ一歩たりとも入ったことねぇ癖しやがって」


「…………」


「おっと。アスタ嬢、アンタは別枠だぜ? それと他のハーフエルフの職員と探索者もな」


「ありがとうございます、ミンサーさん。…あっ! マークさん…行っちゃった…」



 はたと気付いたアスタが周囲を見渡せば、そこに意中の相手の姿は既に消えていた。



「あちゃ~…またフラれちまったな? アスタじょ――おっと。まだ急ぎの解体作業があったんだった! 戻るわっ」



 そっとカウンター裏に隠された暴漢撃退用の魔法の杖に手を掛けたアスタを見て、その巨体からは想像も出来ない風のようなスピードでややデリカシーに欠けるオークが仕事場へと退却していった。



「…グスッ。……諦めませんからね!」



 一方、件の迷宮探索者は涙目のハーフエルフの視線から隠れるようにギルドに内設された老舗のよろず屋を訪れていた。



「おうおぅ。お前さんかい。久し振りに顔を見せたのぉ」


「まあ、な」



 顔見知りの店主は“地獄耳のテリー”などと揶揄される老ゴブリンであった。

 像の耳のように広がった皺だらけの耳をパタパタと扇いでいる。



「話は聞こえとったぞ。…痺れ薬じゃな? ちょっと待っとれ」


「要らん。爺さん、金串なんて置いてるか? 2本、欲しい」


「はあ? 串? そんなもん何に使うんじゃ。ま、まさか、拷問用かの?」


「違う」



 男は溜め息を吐いた。



「お前さん、得物は専らクロスボウとか飛び道具じゃろ? …棒手裏剣とかじゃいかんのかのぅ」


「……短過ぎるな」



 男は小脇に抱えたものを確かめながら顔を顰める。


 老ゴブリンは仕方なく大工道具から五寸釘的な代物まで出したが、勿論ダメだった。



「金属の串…長くて太い針…おお! そうじゃ! お前さんが何に使うかは知らんが、刺突武器スティレットなら丁度在庫に2本あるぞい」


「スティレット?」



 テリーは店の奥から針のような短剣を持ってきて男に見せる。


 男は暫し、それを睨んで唸っていたが…結局、買うことに決めたようだ。



「柄が邪魔だな。外してくれ」


「よっしゃ! 序にサービスで痺れ薬を塗ってやろうかの!」


「だから、要らんぞっ!?」



 やや疲れた表情になった男が腰のベルトに柄の無い刺突武器を挿して今度はギルド出入り口最寄りにある酒場へと立ち寄る。



「エール」

「おう。飛び切り不味いのを入れてやるよ」



 酒場のマスターがいつものノリで男から受け取った革水袋を軽く洗浄した後に中身を自家製濃い目のエールで満たしていく。


 男は慣れた様子で決まった代金を先にカウンターの上に置いた。


 だが、不意に真新しい酒のメニューが目に入る。

 数種類のエールとグロッグ、ミードやワインの代金表だった。



「随分と、ワインの値が。また、上がったな…」


「おうさ! こちとらやってらんねーやな! 何でも西のエルフ共が今年のワインを殆ど買い占めやがったって話だ。値が吊り上がっちまって殆ど水で割んなきゃ店に出せなくなっちまったよ。今じゃ、ワインが飲みたきゃあの“ワインセラー”に入っていかなきゃならねえってんだから世も末だぜ…」


「難儀だな。……それと、塩と香辛料も少し売ってくれ」


「毎度あり」



 男が酒場のマスターの愚痴を受け流しながら円滑に交渉を終えたところで、まるで体当たりするようにして大型・・の獣人女給ウエイトレスが擦り寄ってきたので、男は軽く轢かれたかのように弾かれる。


 女給は半人半馬の姿をしたスキュラの魅力的な少女で、少なくともこの酒場では人気はあるようだ。



「当店自慢の愛のミートパイはいかがですかぁ~? 肉もたっぷり! コレを奢れば女の子なんてイチコロですよぉ~? なんなら、ア・タ・シでもぉ~…?」


「要らんっ! ぐぅ…胸や尻をっ押し付けるな!?」


「えぇ~? じゃあ大特価で20スピネル! …ダメ? ええいっ! それなら10スピネル! 持ってけ泥棒っ!!」


「俺の料理を安売りすんじゃねえっ」



 ゴチンッ


 酒場のマスターがセールスに積極的な女給に拳骨を落としたことで、何とか絡まれた男はその場から逃げ出すことができたのだった。



「痛ぁ~…少しくらいお金落として貰ってもいいじゃないですかぁ~! あの人、いつもお酒と味付け小物とか買ってくだけで、食糧もケーキも買ってくれないじゃないですかぁ~。うちの二階宿屋も利用してるとこも見たことないし…」


「…ケーキを持って迷宮に潜る馬鹿がどこにいんだよ? いや、アイツは良いんだ。よっぽどのことがない限り食い物を地上で買いやしないのさ」


「え? じゃあ、普段何食べてるんですかぁ~? ……草?」


「いや、ドルイド教のエルフじゃねえーんだからよ…。って、お前知らんのか? アイツはちょっとした有名人でな。実は――」



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