第15話 婚約披露パーティー予定の日

 

 それから、半年が経った。今日は、アディルとカイザーの婚約披露パーティーを行う日……になるはずだった。

 アディルは、窓の外を見る。どんよりと曇り、今にも泣き出しそうな天気だ。

 

「カイザー様……」

 

 アディルの腕には婚約の証であるアームレットがついている。ほんの一ヶ月前まで、あんなにも幸せだった。


 両家の顔合わせでは、オルフェノス家は事あるごとに拍手し、フラスティア家はオルフェノス家に大興奮という状態のため、イマイチ噛み合ってはいないものの、両家共に結婚には大賛成ということもあり、楽しく終えられた。


 揃いのアームレットをつけ合い、婚約披露パーティーの準備を進めてきた。一年ほどかけて準備をすることが多い中、半年で準備をするのは大変だったが、二人で一緒に行うため、楽しく進められた。


 騎士団としての訓練や魔物の討伐はあれど、一週間を超える遠征はなく、遠い場所はアスラムが「普段から働き過ぎだって。たまには、休みなよ」と引き受け、カイザーが行かなくて済むように取り計らってくれた。

 

 まだ結婚していないが、蜜月のようだったとアディルは思う。



(どうか、ご無事で帰ってきますように……)


 毎日、毎日、祈っている。今のアディルには、無事を願うことしかできない。


 一月前、魔物たちが集団で暴走するスタンピードが起こった。第三騎士団はその情報が入り次第、半日も経たずに出発をしていったのだ。

 彼らを見送る人々の中、アディルもそこにいた。噂で、近年では見たこともない規模のスタンピードだと聞いた。

 

「心配するな。婚約披露パーティーまでには戻ってくる」

 

 そう言ってアディルの頭を撫で、討伐に向かったカイザーからの便りは半月前で止まっている。

 

『婚約披露パーティーまでには帰れそうにない。約束を守れず、すまない』

 

 走り書きのようなその文字をアディルは何度も何度も見た。便りがないのは、それだけ状況が厳しいからだろうか。婚約披露パーティーなんかどうでもいいから、無事に帰ってきて欲しい。最近は、嫌な妄想ばかりが頭の中で繰り返され、ほとんど眠れていない。

 

「カイザー様……」

 

 アディルは静かに名を呼ぶと、一冊の分厚い本を開く。令嬢が読むような本ではないそれは、半年でボロボロになった。カイザーと婚約をすることになった日から、開かなかった日は一日もない。

 しばらくその本を読むと、アディルは静かに立ち上がった。

 

「大丈夫。きっとできるわ……」

 

 強い決意を胸に、アディルは部屋を出た。そして、馬車へと乗り込む。目的地には十日ほどで到着するだろう。

 

 

 カイザーとアスラムは大量の魔物と対峙していた。どの魔物も真っ黒で見た目は狼のよう。鋭い牙や爪、時には影を使って攻撃してくる。隊の先頭の方でカイザーとアスラムが数を減らし、その少し後方で第三騎士団の騎士たちが残りの魔物たちと戦闘を繰り広げている。

 

(切っても切っても湧いてきやがる。どうなってんだ?)

 

 推定されていた魔物の数など最初の一週間で討伐を終えた。それなのに、次から次へと魔物が出てくるのだ。

 学園を飛び級し、騎士団には十五歳で入団してから十六年、前線で戦い続けたが、こんなこと今まで一度も起きたことがない。

 

「なぁ、こいつら統率が取れてないか?」

「そうだね。だけど、そんなに知性の高い種じゃないはずだよ」

「知性の高い種でも、こうは無理だ。この戦い方、裏に人間がいる」

 

 カイザーの言葉に、アスラムは無言で頷いた。討伐を開始して早々に二人とも勘づいてはいたものの、気安く話して良い内容ではない。そのため、互いに認識はしていたものの声に出すことはなかった。だが、その必要はなくなった。

 一月という時間に相手が焦れたのか、隠さなくなったのだ。


「問題はどうおびき寄せるかだな」

「だよねぇ。これじゃ、持久戦だよ」


 さほど強い魔物ではないものの、とにかく数で攻めてくるため、倒しても倒しても終わりが来ない。


「アンデッドでもあるまいし、次々増えてくる原因ってかな?」

「だろうな。だから、焦ったんだろ」

「数で攻めれば、俺たちを倒せるとでも思ったのかね? 馬鹿だなぁ」

「実際、長期戦で負傷した騎士も多い。もっと強い魔物だったら苦戦を強いられたかもな」

「あはは。それはないでしょ。カイザー、ちっとも本気出してないじゃん」

「体力温存と言え。相手の出方が分からない以上、全力で戦うわけにはいかない」

「まぁねー。あーぁ、アディルちゃん可哀想に。先週だったよね?」


 そうアスラムが言った瞬間、周りにいた魔物は全て切り捨てられた。魔物だけではない、草も、花も、木々も、全てだ。カイザーとアスラムを中心にドーナツ状に視界が開けていた。


「名を呼ぶなと言ったよな?」

「えっ? ははっ、はははは……」


(魔物より怖いって。カイザーを敵に回すとか、頭のおかしな奴しかできないよな)


 国を敵に回すより、カイザーを敵に回した方が恐ろしいとアスラムは本気で思っている。


「アディルには悪いことをしたと思ってる。だが、これが俺の仕事だ」

「まぁね。俺たちはプライベートより国優先。仕方がないと言えばそれまでだけど、フォローはした方がいいよ。そのせいで何人も婚約破棄されてるからねぇ」

「黙れ」


(ま、アディルちゃんなら平気だろうけど。今頃、カイザーの無事を健気に祈ってるんじゃないかな)


「少しでも早く終わらせるには、数を減らすしかないねぇ」

「このままなら、決着がつくまで長くはかからないだろ」

「トカゲのしっぽ切りにならないといいけど……」

「そのしっぽも有益に使うさ。あまり第三騎士団俺達を舐めてもらったら困る」


 淡々と言いながらも、カイザーは駆け出した。そして、一体の魔物を切り捨てる。


「疲れたなら下がれ。無茶される方が迷惑だ」

「しかし……」

「しかしじゃねぇ。命は一つだ。自分の限界を超えるな。死ぬだけだ」


 まだ若い騎士は、他の騎士に連れられて後ろへと下がっていく。このまま後方支援のいる近くの村へと連れて行かれるだろう。


「心配かけるなくらい言ってあげればいいのに。そうしたら、ナナトもカイザーの手足となって働いてくれる駒になるんじゃない?」


 少し離れたところから、アスラムが笑いながら話しかけてくる。その笑みにも魔物の血が付着している。


「一人いれば十分だ」

「えー? なにー?」


 返事は聞こえなかったようで、アスラムは聞き返してきたが、カイザーはそれを無視した。


(はいはい、聞こえなくても分かってますよーだ。本当にうちの団長様はツンデレなんだから)


 ニマニマしながらアスラムは魔物を流れるように倒していく。そんな二人を他の騎士たちは、尊敬し、信頼している。


「食事と睡眠以外、ずっと戦ってるよな?」

「あぁ。どうなってんだ?」


 睡眠は日に数時間ほど、カイザーとアスラムは交代して取っている。それも、熟睡するわけではなく、いつでも戦闘可能な状態で。


「団長、副団長にもなると、人間の領域を超えるんだな……」

「いや、うちが特別だろ」

「あの二人に討伐できない魔物なんかいないんじゃないか」


 その場にいた騎士たちは皆、心の中で同意した。並外れた体力と精神力を持ち、攻撃も防御も完璧。問題があるとすれば──。


「戦闘中、何があっても表情変わらないの怖いよな」

「笑顔で倒すのもヤバくないか? この間、仲間が重症負った時も笑ってたぞ」

「本当に人間か?」


 尊敬も信頼もされているが、とても恐れられていることだろうか。



 

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