第14話 嫉妬ってヤツですよ


 扉を潜れば、カイザーを見た女性店員が倒れた。その音に他の店員が慌てて出て来る。

 

「オルフェノス様。ようこそ、いらっしゃいました」

「こっちは後でいい」


 愛想のないカイザーの言葉。けれど、店員はその意味を正しく受け取り礼を述べると、倒れた女性店員を他の店員たちに裏へと運ばせた。

 

「申し訳ありません」

「いや、急に来た俺が悪い」

 

 奥の部屋へと案内をしてもらう。その間、アディルはそわそわしっぱなしだ。

 

(ここが噂のVIPルームってやつ? うひゃー。うちの応接間より豪華だよ。さ、流石は宝飾店……)

 

 キョロキョロと室内を見回したい気持ちを抑え、カイザーの隣にピッタリと座る。またもや膝の上に乗せられそうになるのを回避した結果、この距離なのだ。

 

(店員さん、驚いた顔してたよね?)

 

 ちらりと店員を見れば微笑まれ、恥ずかしさのあまりアディルは顔を赤くした。

 

(ひ、人前でベタベタするのって、良くないと思う。今度、カイザー様と話し合わないと……)

(笑いかけられて、赤面しただと。こういうのが好みなのか?)


 カイザーは鋭い眼光で男性店員を見た。そこにはわずかだが、殺意が込められている。


「当店へお越し頂き、ありがとうございます。店主のロイターと申します」


 カイザーの視線に気が付きながらも、にこりと人好きのする笑みをロイターは浮かべた。だが、心の中では冷や汗をかいていた。なんなら、背中は汗でびしょ濡れである。それを表に出さないのは、彼が根っからの商売人だからだ。


「ずいぶんとお若い店主さんですね」


 そんなことなど気付かずに、こそこそと小さな声でアディルはカイザーへと話しかける。こういう大きなお店は初老の店主だという思い込みがあり、単に驚いただけなのだが、カイザーの受け取り方は違った。


(やはり、こういう優男がいいのか)


 アディルがロイターに興味を持ったと思い込み、明らかな殺意を無意識にロイターへと向けた。流石のロイターも顔色を悪くさせ、顔を引きつらせたが、咳払いを一つすると自分の気持ちを切り替えた。そして、ゆったりと口を開く。


「今日はお嬢様への贈り物でしょうか?」


(この二人、一体どんな関係だよ。オルフェノス公爵家のご令嬢はリルハート様だけだろ? 遠縁の子か? まさか、隠し子なんてことはないよな!?)


 客を詮索せんさくすることはできないものの、第三騎士団長という国内トップの実力者に殺意を向けられたのだ。商品を売るだけでは割に合わないとロイターは思う。


(こっから先、商売に役立つような新しい情報くらい置いてってくれよ)


 普通なら既に気を失っていてもおかしくない状況。貪欲さと商売魂が、彼を支えていた。


「婚約するから、アームレットを作りたい」

「畏まりました。婚約用のアームレットでございますね。デザインのイメージはございますか?」

「あの、鷹をモチーフにしたくて……」

「鷹ですか……。もちろん作らせて頂きますよ」


(婚約のアームレットか……。いいね。でかい案件だ。んで、誰と誰が婚約するんだ? まさかこのお嬢さんとオルフェノス様か? 犯罪だろ……)


 そこまで考えて、ロイターは一つの噂を思い出した。


(まさか、このお嬢さんが?)


 じっと見ては失礼なため、さり気なく観察をしようとしたら、カイザーによってアディルは隠された。


「別の店にしよう」

「えっ!? どうしてですか?」

「商売柄だか知らんが、黙って人のことを探ろうとしてくる奴にロクな奴はいない」


 殺意はなくなったものの、軽蔑を含んだ視線を向けられ、ロイターはカチンと来た。そもそも殺気を投げつけてきたのは、相手からだ。それなのに、ロクな奴はいないと言われては堪らない。

 ロイターは、謝罪をすることと抗議することを瞬時に天秤にかけた。どんなに腹が立っていても、徹底した利益重視。それがロイターという男だった。


「お言葉ですが、先にオルフェノス様が殺意を向けられましたよね? 私は何もしていないにも関わらず。そんなことをされては、理由を探ろうとするのは普通なのではありませんか?」


 普通の相手なら謝罪一択。だが、謝罪をしたところで何の利益にもならない。二度と店に来なくなるだろう。だから、ロイターは賭けに出た。怒らせれば、店が潰れるどころか、命すら危ういかもしれない。貴族の中には、簡単に平民の命を侮辱罪ぶじょくざいという名で奪おうとする人もいるからだ。

 カイザーはジッとロイターの目を見た後、口元に笑みを浮かべながら口を開いた。


「お前、長生きしないぞ」


 言葉だけを捉えれば、脅しのようにも聞こえる。だが、先程のような殺意はない。


「殺意を向けたのは無意識だ。悪かったな」

「いえ、私の方こそ生意気なことを申しました。申し訳ございません」


 あまりにもあっさりと謝罪され、ロイターは狼狽うろたえながらも慌てて頭を下げた。


(貴族なのに謝罪すんのかよ。普通に良い人じゃん)


 そう思った次の瞬間──。


「殺意を向けるつもりはないが、あまりアディルと親しくするなよ? うっかり殺しちまうかもしれないからな」


 カイザーはアスラムが死人が続出すると言った笑みを浮かべながら言った。ロイターは無言で頷くことしかできず、アディルと呼ばれた令嬢とカイザーの関係性を理解した。


(このお嬢さん、大丈夫か? めちゃくちゃ執着されてんぞ。いや、本人は全く気付いてないな。どうやったら、こんなに怖い顔にトキメクんだよ……)


 ロイターは余計なことを考えるのをやめた。アディルと呼ばれたお嬢さんのことを考えれば考えるほど、殺意を向けられる可能性が上がると判断したからだ。


「あんまりよそ見するなよ?」

「えっ? あ、はい?」


 カイザーからの甘いささやきが全く届いていない。そのことにツッコみたい気持ちを抑え、ロイターは仕事の話を始めた。



「では、お話した内容でまずはアームレットのデザイン画を作成させて頂きますね」

「あぁ、よろしく頼む」


 色々と話し合った結果、鷹の羽をモチーフとすることに決まった。普段遣いしたいというアディルの希望と、ドレスにも合わせやすいものにしたいというカイザーの希望を受けてロイターが提案したものだ。

 次に会うのはデザイン画が完成した時だろう。


「あの……」

「どうした?」

「アームレットの内側にカイザー様のお名前を彫ってもらうことってできますか?」


 おずおずと恥ずかしそうにアディルは言う。


「その方がもっと近くに感じられる気がするんです」

「アディル……」


 完璧に二人の世界へと突入した姿を、ロイターは静かに見守った。いや、頭の中は全力で算盤そろばんを弾いている。


「ご提案なのですが、内側に互いの瞳の色をした宝石を埋め込むのもいかがでしょうか? より近く感じられるのではないかと思ったのですが……」

「わぁっ! 素敵ですね!!」


 花がほころぶようにアディルは笑い、その姿をカイザーは優しい眼差しで見守る。不思議なことにだんだんとお似合いに見えてきた二人に、ロイターは笑みを浮かべた。


(完璧な相思相愛だな。見た目は少女と犯罪者だが、ここまでイチャイチャしてりゃあ、周りもお嬢さんが脅されてないって気付くだろ)


「デザイン画が完成しましたら、職人と共にお伺いさせて頂きます」


 これから流行が変わるかもしれないという予感を胸に、ロイターはデザインへの希望書に記入漏れがないか目を通す。

 婚約のアームレットと言えば、今まではとにかく派手に豪華にが主流であった。高位貴族であればあるほど、華美さを重視する傾向にあり、パーティーやお茶会で見せびらかすものだった。


(これは、流行が変わるかもじゃない。変わる。変えてみせる!!)


 ロイターは、今回注文を受けたような、何にでも似合うシンプルながらも洗練されたデザインを流行らせ、ゆくゆくは市民へも広げようと考える。職人の早急な確保をしなければ……と算段を頭の中で巡らせた。


(宝石で価値を測るのではなく、職人の熟練した技術に対価を払うようになる未来が来るぞ)


 彼の目は野心で燃えていた。



「物が良ければ、婚約披露パーティーとウエディングドレスに合わせた装飾、結婚指輪も頼もうと考えている」

「ありがとうございます。最高のお品を職人と共に提供させて頂きます」


 オルフェノス公爵家の次男であり、第三騎士団長の婚約。話題性は高い。そのお相手であるアディルも注目を集めるだろう。

 ロイターは二人を店の外で見送ると、中へと戻る。


(あの二人が仲睦まじければ、仲睦まじい程に流行るな。デカい仕事だから俺がメインでやるが、お嬢さんの方は基本的に女性店員が対応だな。……うちに、オルフェノス様の前に出ても倒れないような女性店員いたか?)


 頭の中で従業員たちを思い浮かべ、ロイターは誰にもバレないように小さく溜め息をついた。


「毎回、俺一人で対応かよ……」


 思わず溢れた言葉。だが、その気持ちも瞬きのうちに切り替える。


(お嬢さんに気を付ければいいだけだ。地雷は少ない。金払いも良ければ、無茶も言わない。良客じゃないか)


 ロイターは、店を副店主に任せると職人のところへ向かう。婚約のアームレットについて、すぐにでも職人と話すつもりだ。


(さーて、どこから引き抜くかな)


 手当も待遇も改善し、かなりの好条件で引き抜いても、腕のある職人ならば利益になる。


「楽しくなるぞ」


 ロイターの足取りは軽かった。


 

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