第11話 スタンディングオベーション
「お兄様ったら、ヤキモ──」
「リル、嬉しいのは分かるけど程々にしな。アディルさんを困らせたいわけじゃないだろ?」
助け船をカイザーの兄であるノアルが出すと、リルハートは言葉をのみ込んだ。
(からかうのは、アディルさんが帰ってからにしようっと。それにしても、お兄様ったらどこでこんなに可愛い子と出会ったのかしら……。うーん。我が兄ながら、誘拐犯にしか見えないわ)
「アディルちゃんは、普段どんなことをして過ごしているのかしら? 趣味はあるの?」
「趣味ですか……」
(趣味は、カイザー様のお姿を見ることなんだけど、さすがにまずい。お義母様になる方にそんなことは言えない。その他の趣味って……)
「統計を出すことです」
(うん。やっぱりこれかな? カイザー様の行動を統計に出して、会えるパーセンテージを元に会いに行ってたし、その前もストーカー被害を抑える為に出現頻度の高い場所や状況を出してたもんね)
「まぁ、アディルちゃんったら頭がいいのね!」
「いえ、そんなことは……。どうやったら会えるかな……とか、逆にどうやったら避けられるかな……っていうのをデータとして残して確率を計算しているだけなので」
(あぁ。それでよく現れたのか。偶然にしては会い過ぎていると思ったが、統計を取っていたとはな……)
自身がアディルと話すために毎週同じ時間に訓練場の側を通っていたことは棚に上げ、カイザーは嬉しそうにアディルを見た。家族やアディルにしか分からないであろう、ほんの少しの表情の変化。それを逃すことなく見たオルフェノス一家はまたもや拍手をした。
「えっ……、そんなに拍手をしてもらうほどのことでは……」
「そんなことないわ。素晴らしい趣味よ。アディルさん、本当にありがとう。お兄様はアディルさんと結ばれるために、今まで浮いた話もなく、一人だったんだわ」
がしりとアディルの手を握り、リルハートは力強く言った。握られた手の力が思ったよりも強く、アディルは目を瞬かせた。痛いけれど、我慢できないほどの強さではない。悪気なく握っていることは分かっているし、仲良くなりたい相手だ。
(オルフェノス家は力がお強いのかな? カイザー様はもちろんだけど、お兄様のノアル様も武力に秀でているという噂だもの)
「リルハート、離せ」
カイザーはリルハートの指を引き
「お兄様ったら、ヤキモチは──」
「お前は、自分の力が人より強いことを忘れたのか?」
すりっと手を撫でられ、アディルはりんごのように真っ赤に染まった。自身よりも遥かに大きく、硬い指をじっと見つめる。
(カイザー様は指までかっこいい。やっぱりどこもかしこも完璧だわ)
うっとりとするアディルだが、リルハートの慌てた声ですぐに現実へと意識を戻された。
「やだっ!! アディルさん、本当にごめんなさい。私ったら……」
「謝らないでください。だって、手を握ってもらえるくらい親しくなれたってことですよね? リルと仲良くなれて嬉しいんです」
まだ赤さの残る顔でアディルは微笑んだ。この瞬間、アディルはオルフェノス一家の心を完全に掴んだ。
カイザーの婚約者になってくれる。しかも、カイザーと普通に会話ができている。これだけでも嬉しいのに、カイザーは明らかにアディルに甘く、アディルはカイザーのことが好き。更に、妹と仲良くなれて嬉しい……ときた。
オルフェノス一家によるスタンディングオベーションが起きた。とは言っても、ただ四人が立ち上がり心からの拍手を送っただけのことだが。
オルフェノス一家が何度か起こす拍手の意味が分かっていないアディルは目を白黒させ、カイザーはアディルを抱えて立ち上がった。
「へっ!?」
突然、体が高い位置に上がったことで、アディルはカイザーの首元にしがみついた。それに気を良くしたカイザーはそのまま歩き出す。
「もう十分だろ? アディルと庭にでも行ってくる」
オルフェノス家の庭は四季折々の花が見事に咲く。それを二人で見に行くなんて、以前のカイザーだったらあり得ない行動だ。まだまだアディルと話したい気持ちを抑え、皆は二人を見送った。
「アディルさん、今日は楽しかったわ。あなたがカイザーのお嫁さんになる日を楽しみにしているわ」
お嫁さんという言葉に顔を真っ赤にしながら、アディルは慌ててカイザーの肩越しに頭を下げた。そして、顔を上げて気が付いた。
(なんで、皆さん泣いてるの?)
皆で肩を寄せ合い、号泣していた。その意味が分からず、アディルは首を傾げた。
「挨拶は終わりだな。お疲れ」
カイザーからの労いの声が
挨拶は終わったものの、上手くいったとは言えない。それでも、歓迎してくれたことに胸を撫で下ろしつつ、泣いていることが不思議で堪らないのであった。
「あの……」
「何だ?」
「いつになったら、降ろしてもらえるのでしょうか?」
アディルは庭の花々をカイザーに抱っこされたまま眺めていた。庭へ移動中、何度も自分で歩けると主張したが、一切聞き入れてもらえなかったのだ。
「調子が悪かっただろ? 俺を安心させると思って、言うことを聞いてくれ」
「……はい」
甘く低い声が耳から全身へと広がっていく。
(安心するのにドキドキする。挨拶の時もカイザー様がずっと一番近くにいてくれたから、心強かったんだよね。……あれ? 一番近く? 何だかずっとカイザー様の上にいた気がするんだけど……。いや、まさかね。でも……)
「私、ご挨拶の時、ずっとお膝の上にいませんでした?」
「いたな」
(気のせい……ではない)
アディルは、めまいを感じた。既に婚約が内定しているとはいえ、婚約したいとお願いに行った身だ。それなのに、お膝の上に抱っこされた状態で挨拶なんて、常識的にあり得ない。
(終わった……。きっと内定取り消しだわ。好意的に自分のことを受け入れてくれたと思っていたのは、願望による錯覚だったのよ。カイザー様のお嫁さんになる日を楽しみにしてくれるっていうのも、幻かもしれない……)
「カイザー様。もう、カイザー様のお嫁さんになれないかもしれません」
カイザーの肩に顔を埋め、アディルは呟いた。その瞬間、カイザーの体が強張ったが、アディルは気がつけなかった。いっぱいいっぱいだったのだ。歯を食いしばり、眉間に力を入れて耐えようとした。けれど、耐えきれなかった涙はカイザーの肩に染み込んでいく。
(うぅぅ。カイザー様のお洋服汚しちゃった)
「ごめ……なさ…………」
「何への謝罪だ?」
どこか冷たい声にアディルはギュッと目をつむる。そのことで、更に涙はあふれたが、アディルはカイザーの肩から顔を上げることができない。
(カイザー様、怒ってる……)
(やはり、俺じゃ駄目なのか?)
以前のカイザーであったなら、ここで婚約を止めようと言っていた。だが、自覚してしまったのだ。
(もし、拒絶されたら。俺はきっと……)
カイザーは自分の醜い感情に嫌悪した。だが、どれだけ嫌悪しようと、それを行動に移すだろうという予感がする。
(俺はアディルを閉じ込めて、壊してしまうだろう)
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