第7話 地雷を踏み抜く



「おめでとう!! 本当におめでとう!! 正式に婚約したら、贈り物をするよ。いやー、本当に肩の荷が下りたよ。カイザーったら、この顔だろ? いい奴なのに、浮いた話が一つもないからさぁ。リルも心配……、あっ! リルって、カイザーの年の離れた妹ね。隣国に輿入れが決まってるのに、とにかく心配しててさぁ。心配のし過ぎで、最近なん──」


 興奮したからなのか、元来の人懐っこさからなのか。マシンガントークを繰り広げながらアスラムはアディルに近付いた。あまりにもグイグイ来るものだから、アディルの顔が思わず引きつった。その瞬間──。


「黙れ。アディルに近付くな」


 カイザーに首根っこを掴まれたアスラムは、後方に投げ飛ばされた。


「えっ! ヤキモチ!? ヤキモチなのか!!??」


 投げ飛ばされたものの見事に着地し、満面の笑みで戻ってくる。


「黙れと言っている」


 アディルに向けていた温かみなどまるでないカイザーの氷のような視線を受けても、アスラムは気にした様子すらない。第三騎士団トップツーのやり取りにエルマはドン引きし、アディルは瞳を輝かせた。


「ねぇ! 見た!? 片手でシュンって投げたの!! かっこいいぃぃぃ!! それに、クールな眼差しもトキメクよぉぉぉぉお」

「えっ! かっこいいになるの!? うわぁ。本当にカイザーをかっこいいと思う人間っていたんだ……」


 エルマに向けて発したアディルの言葉に、真っ先にアスラムが反応した。エルマはというと、アスラムの発言を聞いて顔色を悪くしている。


(それ、地雷……)


「アディル?」

 

 そろりとエルマはアディルを見た。そして、アディルの表情を見た瞬間──。

 

「ひっっ……」

「アスラム、本気にするな。アディルは出会った時からこうだ」

 

 エルマの引きつるような小さな悲鳴は、カイザーの声によってかき消されてしまった。

 

「いやいや、絶対にアディルちゃんは──」

「フラスティア嬢」

「は?」

「フラスティア嬢と呼べ」


 地を這うような低い声。普段のアディルなら、絶叫していた。かっこいいと叫び、瞳を輝かせていた。だが、それがない。エルマは、そっとアディルの横に行き、手を繋ぐ。


「アディル、落ち着くのよ。相手は第三騎士団の副団長様で、団長様のご友人よ。男性同士、軽口を言い合うことくらいあるわ」


 小声で必死にエルマは諭した。けれど、アディルの様子に変化はない。ごっそりと顔から表情が抜け落ちており、いつもにこやかで表情豊かなアディルからは想像もできないような姿だ。


「うわぁ。やっぱ、嫉妬じゃん!! 絶対に大切にしないと駄目だってぇ。こんな奇跡二度と起きないかもじゃん。はぁー、それにしても、どう見てもカイザーって凶悪犯顔なのに、かっこいいって言ってくれるなんて、アディ……フラスティア嬢って天使としか思えないなぁ。まさに、少女と野獣じゃん」

「アディルは成人してる」

「知ってるって。合法ロリで有名なアディルちゃんだろ? でも、見た目が少女なんだから、よくない?」


 ヘラヘラと笑いながら、アスラムは言う。皆の怒りのツボを押しながら。普段のアスラムなら、決してしないミスだが、今のアスラムはかつてない程に浮かれており、自身の過ちにすら気がつけない。カイザーにやっと来た春が嬉しくて、嬉しくて、仕方がないのだ。


「名前で呼ぶな」

「あまりにも失礼じゃありませんか?」

「野獣なわけないでしょ!? どう見てもかっこいいじゃないですか!!!!」


 三人が一斉に吠えた。


「同じことを二度言わせるな。フラスティア嬢と呼べ。けがれる」

「初対面のようですのに、失礼にも程が過ぎます。言っても良いことと、いけないことの分別くらいつけてください」

「カイザー様は、私のヒーローなんです。それなのに、凶悪犯顔? 野獣? ふっざけんじゃないわよ!!」


「へ? え? は?」


 三人同時に言われるものだから、アスラムは全員の言っていることがよく分からない。分からないけれど、怒らせたことだけは、しっかりと伝わった。


「ご、ごめんって……」


 へらりと笑って言うが、向けられる視線はすべて冷たい。


「何への謝罪だ?」

「そうですよ。きちんと理解をされてるのですか?」

「何が悪かったのか、言ってください」


 今度はカイザー、エルマ、アディルの順に責められる。


(ヒェー!! 俺、何を言っちゃったんだろ? 嬉しくって、たくさん喋っちゃったのは分かるけど、覚えてないって……)


「あは……あははは……。俺、第一と第二の団長に呼ばれてるんだった……。本当におめでと!! んじゃ、おっ先にー!!!!」


 そう言い終わる直前、アスラムは駆け出した。


「逃げやがった」


 カイザーが舌打ちをしながら言う。普段であれば、そんなカイザーに怯えるエルマも気持ちは一緒であった。そして、アディルはと言うと──。


(えっ! 舌打ちとか、レアなんですけど!! 普段、一緒にいる時とはまた違うカイザー様もかっこいいぃぃぃぃい!!!!)


 目の前からアスラムが消えた時点で、すっかり気持ちを切り替えていた。


「ロイラー嬢、嫌な想いをさせてすまなかった。アディルも、悪かったな」

「いえ、そんな……」

「カイザー様が謝ることじゃないです。カイザー様を悪く言った副団長様がいけないんですよ」

「いや、それは事実だろ」

「違います! カイザー様は私のヒーローなんです!! めちゃくちゃかっこいいんですから!!」

「はいはい。ありがとな」


 ぽんぽんとカイザーはアディルの頭を撫でる。アディルは顔を赤くを染めながらも、ぷくりと頬を膨らませた。


「本当なのに……」


 そう呟くアディルに、カイザーは優しげな視線を向けている。そんな二人のやり取りを見ながら、エルマは瞬きを繰り返した。


(第三騎士団長様って、お顔が怖いだけで常識人? しかも、お優しい……)


 エルマの顔が朱に染まる。自身の過ちに気がついたのだ。


(噂を鵜呑うのみにしてないと、私は皆とは違うと思っていたのに、私も外見で決めつけてた。なんてことをしてしまったんだろう……。アディルの見た目で喜んでいた奴らと一緒のことをしてたわ……)


 謝ってしまいたかった。言ってしまえば、許してくれるという確信もあった。


「第三騎士団長様……」

「オルフェノスでいい」

「オルフェノス様。アディルのこと、よろしくお願いします」


 エルマは深く深く頭を下げた。それは、令嬢としての礼ではない。ただ真っ直ぐに頭を下げたのだ。アディルの友人として。 


(私が楽になりたいからって謝罪はしない。してはいけないわ。そんなことより、私にとって大事なことは……)


「頭を上げてくれ」


 低い抑揚のない声。以前であれば怖かった。けれど──。


「俺はいつもアディルと一緒にいられるわけじゃない。遠征もある。俺の方こそ、これからもアディルのことをよろしく頼む」

「えっ!? ぇええっ!!?? やだ!! 私なんかに頭を下げないでください」

「なんかじゃない。アディルの大切な友人だ」


 真っ直ぐな金の瞳。その瞳を見詰め、エルマは困ったように笑った。


(この人は、一体どこまで分かっていたのだろう。きっと怖がっていたことも気づかれている。それでも、そのことには全く触れず、頭を下げてくれた。敵わないなぁ……)


「結婚式には必ず呼んでくださいね」

「いや──」

「当ったり前でしょ!!」


 アディルに好きな人ができるまでの関係だ……、そう言おうとしたカイザーの言葉はアディルの声にかき消された。そして、カイザーはうっかり想像した。アディルが自身の妻となった姿を。


「────っっ!!」


 ドクリと心臓が跳ねた。

 まさか、と思う。それと同時に駄目だ、とも。


「悪い、まだ用事があるから失礼する。二人とも、暗くなる前に帰るように」


 赤く染まった耳を見られぬよう、返事を待たずにカイザーは立ち去った。残されたアディルとエルマは顔を見合わせた。


「何だか、保護者みたいね」

「ふふっ。お優しいでしょう?」


 幸せそうに笑うアディルに、エルマは頷いた。


(二人には、絶対に幸せになってもらわないと……)


「婚約って、正式にはいつになるの?」

「これから、カイザー様が打診を送ってくださるから、早くても一月ひとつき後かな?」

「もっと早いかもしれないわよ?」

「えー! 嬉しいけど、両家の顔合わせもあるし、難しいんじゃないかな。お忙しいだろうし」

「それもそうね」


 騎士団長のカイザーも多忙を極めるが、相手は公爵家。領地だけが大きい伯爵家とは忙しさも段違い。下手をすれば、顔合わせが数カ月後になることだって、十分あり得る。


「とりあえず、今日はもう帰ってこのことをお父様に伝えるわ」

「ねぇ、私も行ってもいいかしら?」


 エルマの申し出を不思議に思いながら、アディルは頷いた。


 


 

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