第6話 愛人じゃないの


 スキップ、スキップ、ルンタッタ。

 スキップ、スキップ、ルンタッタ。

 

 城内を楽しそうにスキップしていく少女……ではなく、令嬢が一人。その姿を見たエルマは慌てた。


「ちょっ……アディル!!」


 アディルを回収し、人気ひとけのない場所へと連行したエルマは周囲に誰もいないことを確認し、ホッと一息ついた。


(アディルから花が飛んでいるのが見えたわ。庇護欲ひごよくをかき立てられるのよ。うーん、危険だわ)


 エルマはアディル贔屓びいきだ。だが、多かれ少なかれ同じ想いをアディルに抱く者が大半なため、王城でのアディルはいつも誰かしらに見守られていることが多い。

 

(流石、合法ロリ。恐るべしだわ)


 にこにこと笑い続けるアディルに、エルマは心の中でため息をつく。可愛いと思うし、自由な姿も好ましい。けれど、心配なのだ。


(第三騎士団長様とビビアン王女のおかげで、やっとストーカー被害にあわなくなったっていうのに。こんなに笑顔を振りまいていたら、新たなストーカーを生み出すわよ。誰も新たな扉を開いていないことを祈るしかないわね)


 エルマはアディルを見下ろした。そして、どうしたものかと考える。アディルの笑顔が止まらないのだ。


(笑顔の原因は第三騎士団長様よね。それにしても、いつもはどうにか表情を取り繕って戻ってくるのに、今日は何かあったのかしら?)


「何かいいことがあったの?」

「えっ! 何でわかるの!?」


 驚きの表情を浮かべたアディルだが、花は飛びっぱなしで幸せオーラがダダ漏れである。


「そりゃぁ、笑顔でスキップをしている姿を見ればねぇ」

「えっ!? 私、スキップしてたの? うわぁ……恥ずかしい……」

「気付いてなかったのね……」


 一体、どれほど浮かれれば無意識にスキップをしてしまうのか……。エルマにはさっぱり分からなかった。


「それで、何があったの?」

「えっとね……」


 アディルは人気ひとけがないにも関わらず、キョロキョロと周りを確認してから、声をひそめた。そして、エルマの耳元に顔を寄せる。


「カイザー様にね、愛人にして欲しいって頼んだの」

「はい!? 愛人!!?? ちょっっ──」


 慌てたアディルが急いでエルマの口を両手でふさいだため、エルマの口からはもごもごと言葉にならない音が発せられた。

 エルマが落ち着くのを待って、アディルはそっと手を離す。


「エルマ、声が大きいって……」

「悪かったわ。驚きすぎて、思わず声が出ちゃったのよ。それで? どうしてそんなこと頼んだのよ」


(恋を諦めさせないと……って思っていたのに、一時間も経たないうちに何でこんなことになっているの!? まさか、オッケーしたの!? それでアディルがご機嫌ってことはないわよね!? 無慈悲で冷徹で、微塵も優しさを持ち合わせていなくても、常識は持ち合わせているって信じてるわよ!!)


 会話もろくに交わしたこともないカイザーに、エルマは念を送る。


(もし、アディルを愛人にしたら、末代までたたってやるんだから)


 そんなことをエルマが思っているなど気付きもせず、アディルはへらりと笑う。


「ずっとカイザー様のお側にいるには、愛人しかないって思ったのよ。ほら、カイザー様ってかっこいいし、優しいし、もちろんお強いし、完璧じゃない? それに比べて私はチビだし、童顔だし、変な人ホイホイだし、これといった取り柄もない。しかも、身分差もあるときたんだもの。わずかな可能性に賭けたってわけ」

「どうして、急に? 婚約しろって、ご両親に言われたの? 愛人って、まさか受け入れられてないわよね!?」


 アディルの説明を大人しく聞いていたエルマだが、聞き終えれば、すごい勢いで質問した。思わずアディルは一歩下がる。


「あ、うん。愛人にはならなかったよ」


 だが、その一歩はエルマによってすぐに詰められる。


「愛人には……って何!? まさか、騎士団長ともあろうお方がアディルを都合よく利用しようとかしてないわよね!?」

「そんなことするわけないでしょっ!!!!」


 瞬時に否定したが、エルマは疑いの目でアディルを見た。


(順を追って説明しようとしたのに、何でこうなっちゃったんだろう。……あれ? まだ正式に婚約どころか打診も頂いてないのに、婚約予定だって話しちゃってもいいのかな?)


 否定したのは良いものの、話しても良いのか判断がつかず、アディルの視線は泳いだ。その瞬間、エルマは確信した。


「よーく思い出してみて。だまされてるわ!」

「えっ!? 誰に!?」

「第三騎士団長様によ!!」


(アディルは純粋だから、きっといいようにされたんだわ。まさか、第三騎士団長ともあろう方が……。許さない。許さないわよ……)


 エルマはメラメラと燃えていた。彼女の中では、アディルがカイザーに利用され、愛人どころか手籠てごめにされそうになる姿まで想像されていた。


「大丈夫だよ。愛人にはなれなかったけれど、カイザー様にはもっと素敵なお話を頂いたから」

「素敵なお話って何?」

「それは、そのぉ……」


 口ごもった姿に燃料投下され、エルマはアディルの腕をがしりと掴む。


「ちょっと、エルマ!? どこ行くのよ!!??」

「ビビアン王女のところよ!!」

「えっ!? ビビアン王女? どうして?」

「そんなの、止めてもらうために決まってるでしょ!!」


(アディルを手籠めにされて、たまるものですか。こうなったら、私がアディルにピッタリな人を探そうかしら。でも、それは流石に余計なお世話よね……)

(た、大変なことになっちゃった。どうしよう……。言えれば、全部解決なのに。でも、言っても大丈夫なのかわからないよ……。カイザー様! どうしたらいいの!?)


「とにかく、大丈夫だから。ちゃんと確認したら、話すから……」

「確認って、誰に!?」

「そりゃ、カイザー様に──」

「駄目に決まってるでしょ!!」

「何で?」


 足を踏ん張り、半ば引きずられるように進む二人は、注目を集めた。普段なら、二人とももっと周囲に気を配るのだが、互いに今はそれどころではない。


((どうにかしないと!!))


 二人揃って、同じ気持ちであった。



「何があったんだ?」


 そこへ登場した眼光の鋭い男。エルマはひるみ、アディルは瞳を輝かした。


「は!? カイザーが話しかけるとか何ごと!? えっ? 何なにナニ? 春なのか? 春が来たのか!?」

「黙れ」


 振り下ろされたこぶし。「ンギャッ」という悲鳴。エルマは顔を青ざめさせながらも、アディルを守るように前へ立った。


「痛いじゃないか!」


 涙目になったアスラムは、カイザーにギャンギャンと文句を言った。それを視線のみで黙らせると、カイザーはエルマを無視して、アディルだけを見詰めてしゃがんだ。


「何があった?」

「カイザー様……」


 まゆを八の字にし、アディルはエルマとカイザーの間を何度も視線をさまよわせる。


「大丈夫だ。言ってみろ」


 低く平坦だが、聞いたこともない優しげな声に、アスラムもエルマも目をいた。その隙にアディルはエルマの後ろから抜け出し、しゃがんだことで自身よりも低い位置にいるカイザーの耳に口を寄せた。


「アディル!?」


 慌てて止めようとするエルマを、アスラムは心得たとばかりに、するりと二人の間に入り込んで阻止をする。


「通してください」

「ごめんね。それは無理かなぁ」


 避けようとすれば、何度でも行く手をアスラムに阻まれる。エルマは、アディルとカイザーの様子をただ見ていることしかできなかった。



「あの……カイザー様に婚約してもらえるって、エルマに言ってもいいですか?」

 

 他の人には聞こえないように、小声でアディルが言う。それに合わせ、カイザーも声をひそめた。


「俺はいいが、アディルは大丈夫なのか? まだお前のご両親に許可を得てない」

「ぜっっっったいにっ大丈夫です!!!! ノーとは言わせません!! ノーと言われたら、修道院に入ります!!」

「大げさ……」


 くつりとカイザーは笑う。その姿にエルマとアスラムは、口をあんぐりと開け、アディルは顔をりんごのように真っ赤に染めた。そして、勢いのままに言葉を発した。


「私ね、カイザー様と婚約するの。愛人じゃないの!!」


 愛人じゃないの……。

  愛人じゃないの……。

   愛人じゃないの……。


 嬉しさのあまり、興奮したアディルの声が、回廊に響いた。

 

 

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