第35話 打順

 6月20日に全国高校野球選手権S県大会の組み合わせ抽選会があった。

 青十字高校は開会式の翌日、7月12日に1回戦を戦うことになった。

 相手チームは中宮北高校。

 もし準決勝まで進むことができたら、おそらく強豪花咲月光高校とぶつかる。

 決勝に進出できたとしたら、予想相手は天上共栄高校。

 そんな組み合わせだった。


「決勝戦へ行くよ! 天上共栄に雪辱して、甲子園に出るんだ!」ときみは言う。

「おー」と僕は唱和する。

 僕としては、実は甲子園にはそれほど固執していない。きみが喜ぶところを見たいから、甲子園に出たい。それが本音だ。


「そうや! 甲子園に行こうや!」

 最近急速にやる気を増している志賀さんが言う。

「あたしがエースになり、勝つ。大会であたしは真のエースになる」

 きみへの対抗心をめらめらと燃やしている草壁先輩が言う。

「気負うな。まずは1回戦突破をめざせ」と高浜先生が落ち着かせる。

 いま僕たちは部室にいて、先生は煙草を吸っている。 

「ここは禁煙ですよ」と僕はあきらめずに言う。 

「甲子園に出られたら禁煙してやる」

 その言葉を聞いて、僕は本気で全国大会をめざすことにした。


「監督、打順のことですが、本当に時根くんを1番にするのですか?」と方舟先輩が問う。

「おう。そのつもりだ」

「4番が良いのではないですか?」

「1番なら、完全試合を喫しない限り、4打席が回ってくる」

「普通はチーム最強打者は4番を打ちます。その方が勝率が高いと長い野球の歴史で証明されているからです。ランナーをためてホームランが出れば、試合は一気に有利になります」

「時根はチーム最強どころか、おそらく県内最強のバッターだ。ランナーがいて、打順が回れば、敬遠されるだろう」

「それはそうかもしれませんが……」

「それに天上共栄の潜水をまともに打てるのは、時根だけだろう。時根の打席を4回にして、1本のホームランを打ってもらう。空尾と草壁のリレーで0点に抑える。それがうちの勝利の方程式だ」


「先生、あたしも計算に入っているのか?」

「草壁、おまえは練習試合でよく投げた。期待している」

「高浜先生……」

 草壁先輩の目が潤んでいた。


「先生、まずは1回戦でしょ。決勝戦の話は早いですよ」と雨宮先輩が言う。

「そうだったな」

 先生は吸い殻を携帯灰皿に捨てた。

 草壁先輩の出番はないですよ、とはきみは言わなかった。先輩はいい投手だ。きみもその力量を認めているのだろう。

「打順の話が出たな。予定を発表しておくか。心の準備も必要だろうしな」

 先生は部長のきみに1枚の紙を渡した。

 みんながのぞき見た。

 そこには打順とポジションが手書きされていた。


 1番 キャッチャー 時根巡也

 2番 サード 能々野々花

 3番 セカンド 雨宮四季

 4番 ショート 方舟聖子

 5番 ライト 志賀千佳

 6番 センター 胡蝶蘭々

 7番 レフト 毬藻ネネ

 8番 ファースト 草壁静

 9番 ピッチャー 空尾凜奈   

 

 みんなが口々にしゃべる。

「わたくしが4番なのね」と方舟先輩。

「時根が1番なら、聖子先輩しかいないでしょ」と雨宮先輩。

「大会でもウチが5番……がんばります」と志賀さん。

「なんであたしが8番?」と草壁先輩。

「おまえ、三振ばっかりじゃないか」と雨宮先輩。

「あのあの、わたし、クリーンナップで打ちたいんですが」と能々さん。

「7番。まあしかたないのじゃ」とネネさん。

「1本くらいヒットを打ってみたいですね」と胡蝶さん。

「ホームランを打つのが当然みたいに思われるのもつらいな……」と僕。

「その重圧をはねのけて打つのがかっこいいんだよ! 時根ならできる!」ときみ。

 地区大会が近づいている。



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