第34話 静1 人間なんて
天上共栄との練習試合で先発した。
完封するつもりだったが、4点も取られてしまった。
自責点は3点。残りの1点はレフトの毬藻のエラーによる失点。だが、毬藻は初心者だ。外野手は全員初心者。
外野には極力打たせないつもりで投げていた。レフトに飛んだ時点で、あたしの負けみたいなものだ。実質的には自責点4。
空尾の投球は見事だった。3回を完璧に抑えた。
あいつの方があたしより上だと認めざるを得ない。
オーケー、空尾がエースだ。現時点ではな。
抜いてやる。追い抜いてやるからな。
あたしは変身生物なんだ。
きっとできるはずだ。
あたしの母は、風呂場で突然全身が溶けて死んだ。あたしが中学2年生のときのことだ。
目撃してしまった。
「し、ず、かぁ……!」という声が聞こえて、風呂に行くと、母がどろどろに溶けていくところだった。
「あ、い、し、て、る、お、も、い、き、り、い、き、て……」
それが遺言だった。
父は、母が変身生物だということを知っていたようだ。
泣きながら、どろどろに溶けた母を浴槽からお湯ごと流してしまった。
父はその後、外部には母は行方不明になったと言って押し通した。
母が人間ではあり得ない死に方をしたことを秘匿した。
あたしに変身生物の血が流れていることを隠すためだ。
「静、このことは俺とおまえだけの秘密だ。変身生物であることは知られないようにしろ。その方が安全だ」と父は言った。
あたしはうなずいた。
母の遺言どおり、思いきり生きることにした。
あたしは野球が好きだった。
小学生のとき、野球に熱中した。
中学に入り、部活をやるのはなんとなく抵抗があって、野球部には入らなかった。
あたしは人間とつきあうのが得意ではない。人の気持ちがよくわからないという自覚がある。
母が死んで、その理由がわかった。あたしは半分変身生物だから、人間の気持ちなんてわからなくて当然なのだ。
人間なんてどうでもいい。
周りのことなんか知らない。あたしが思いきり生きることだけが重要だ。
母の死後、中2のとき、野球部に入った。
ピッチャーがやりたかった。野球の花形。
猛烈に練習した。上達は早かった。変身生物の血が流れているのだから当然だ。人間なんかには負けない。
たくさんの変化球の投げ方を覚えた。
監督から球のキレが良いと褒められた。
あたしは中3でエースになり、試合で投げた。
勝ち投手になった。野球はやっぱり面白い。
ますます野球にのめり込んだが、3回戦で負けてしまった。他の選手のせいだ。まあしかたがない。野球はチームでやるものだ。あたしひとりだけでは勝てない。
それにまだあたしの野球は終わっていない。これからもっと楽しめる。
高校でも野球部に入った。
1年生でエースになり、4回戦まで進出した。
これからだ。これからあたしはもっと野球で活躍してやる。めざすはプロ野球だ。
そう思っていたのに、わけのわからない男女トラブルみたいなのが起こって、野球部の活動は停止してしまった。
あたしのせいだとみんなは言う。
あたしはなにも悪くない。人間はわけがわからない。
ちくしょう。野球ができない……。
2年になって、野球部が復活した。
あたしはなんとか加入を認めてもらって、また野球ができるようになった。
もう男なんかとはかかわらない。
野球に集中すると決めた。
時根のことはちょっと気になるが、気にしない! あいつは捕手だ。ただの捕手だ。
当然エースになるつもりだったが、立ちはだかったやつがいた。
空尾だ。
あたしは負けていないと思っていたが、天上共栄との試合であいつの方が優れていると証明されてしまった。
巻き返す。追い抜く。最後に勝つのはあたしだ。
野球をして、思いきり生きる。
いつか突然どろどろに溶けて、死んでしまうかもしれない。
そのときまで、あたしは思いきり生きる。
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