第32話 高浜3 練習試合

 俺の情報収集能力が低かっただけで、空尾と時根はけっこうな有名人だったらしい。

 ふたりがいるというだけで、県下随一の強豪校、天上共栄てんじょうきょうえい高校から練習試合の申し込みがあった。


「青十字高校野球部の監督さんでいらっしゃいますか?」と電話の相手が言った。

「はい。高浜と言います」

「私は天上共栄高校野球部の監督をしております遠国悟とおくにさとると申します」

 遠国監督は近年何度も甲子園で采配を振るっている。


「確認させていただきたいのですが、そちらの野球部に空尾凜奈さんと時根巡也くんが所属していますよね?」

「はい。ふたりともうちの部員です」

「そうですか。でしたらぜひ、うちと練習試合をしていただけませんか?」

 こんな機会を逃す手はない。俺は受けた。


 6月18日土曜日、俺たちは名門天上共栄高校野球部のグラウンドを訪問した。野球部員が100人近くいて、野球場2面の広さのグラウンドで練習している。人数があり余っていて、羨ましい限りだ。


 午後1時から試合開始。主将同士でじゃんけんをして、うちは後攻になった。

 俺は空尾を出し惜しみして、1塁を守らせた。経験を積ませるべきなのかもしれないが、隠したいとも思ったのだ。

 案の定、天上共栄もエースをベンチに置いていたから、おあいこだ。


 草壁はよく投げた。

 変化球を駆使して、3回を三者凡退に抑えた。

 こちらは天上共栄の2年生投手から1点を先取した。時根のソロホームランだ。

 だが、4回に逆転された。四球とヒット3本で3点を取られた。

 俺は辛抱し、草壁に投げさせつづけた。彼女は立ち直り、後続を切った。たいしたものだ。


 5回に毬藻が凡フライを捕り損なった。タイムリーエラーとなり、1点を追加されたが、草壁の自責点ではない。ベンチに戻ってきた毬藻は落ち込んでいた。

「すみませんなのじゃ」

「気にするな。失敗は成功のもとだ。これからさらに精進しろ」

 練習だったら「下手くそ!」と罵倒するところだが、本気で沈んでいる選手を追い込むほど、俺はバカではない。毬藻は生き返ったような表情になった。


 6回にまた時根がホームランを打ち、2対4。あと2点に迫った。

 7回に入る前に、遠国監督がうちのベンチに来て、俺に話しかけた。

「高浜監督、せっかく練習試合をしているのですから、空尾投手を活躍させてみたらいかがですか?」

「天上共栄さんはエースの白樺投手を出さないのですか?」

「空尾投手を出してくださるのなら、こちらも勝つためにエースを投入しますよ。白樺ではありませんがね」

「ちがうんですか?」


 俺は驚いた。

 白樺竜司しらかばりゅうじ投手は右の本格派で、春の選抜甲子園大会で好投し、1勝している。

「いまのうちのエースは、1年の潜水円華せんすいまどかです。東京から来てくれた逸材なんですよ」


 その選手が7回表から登板した。

 天上共栄のエースは、こちらと同じく1年の女子だった。すらっとした体躯で、手足が長い。

 左腕のアンダースロー。うちの能々も下手投げだが、潜水投手はものがちがった。

 球速が空尾に迫るほど速い。地を這うように球が飛び、浮き上がるようにホームベース上をよぎる。

 下手投げなので、本当にホップしているようだ。パッと捕手のミットが鳴る。

 うちの打者はかすりもせず、三者連続三球三振。

 すごいピッチャーを見させてもらった。こちらも空尾を出す。

 空尾も負けていない。超人的な投球で、三者連続三球三振のお返しをした。名門野球部を相手にすさまじい。遠国監督の顔色が変わっていた。


 試合終盤は投手戦となった。互いに点が取れないどころか、ひとりのランナーも出せない。

 時根ですら潜水円華には勝てなかった。三振こそしなかったが、セカンドへのポップフライに打ち取られた。

 9回裏が終わり、2点差で負けた。まあ格上相手によく健闘したと言えるだろう。

 俺は遠国監督と握手した。


「噂どおり、空尾さんと時根くんは素晴らしい選手ですね。草壁さんもなかなかのものだ。青十字さんが羨ましいです」

「潜水投手には度肝を抜かれました」

「大会でまたお会いしましょう」

 俺たちは現地で解散した。

「潜水さんはすごいね」

「また対戦したい」

 駅のホームで、空尾と時根が笑顔で語り合っていた。

 こいつらは本当に頼もしい。天上共栄との再戦が楽しみだ。



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