第31話 蘭々1 追っかけ
時根さんと空尾さんの野球能力は人間離れしている。
変身生物かもしれない。
私はふたりのことを中学時代から知っている。
彼らは隣の中学校の野球部員で、地区大会でうちの学校の野球部を負かした。
「
気になって、次の試合を見に行った。
空尾さんは小気味よく速球を決めつづけ、ヒットを1本しか許さなかった。
時根さんは特大のホームランを2本も打った。
「ふたりとも本当にすごい……」と私はバックネット裏の席でつぶやいた。
青鷺中野球部の動向をチェックするようになり、試合は欠かさず見た。
時根さんはあんなに才能のあるホームランバッターなのに、飾らない控えめな性格であるという噂を耳にした。
キャッチングが上手くて、捕手としても優れているのがわかってきた。
顔立ちは地味だが、なにげに整っている。
ファンになった。
私はたまに青鷺中野球部の練習を見に行くようにさえなった。
そのとき、時根さんが空尾さんをやさしい目で見ているのに気づいた。
彼は彼女が好きなんだ。
それがわかった瞬間、なぜだか私は恋に落ちた。
失恋確定なのに、時根さんが好きになってしまったのだ。
恋だからどうしようもない。制御することなんてできない。
同じ高校に行くために、時根さんと同じ中学の男子生徒に近づいて、彼の成績を調べてもらった。バカだと思われるかもしれないが、時根さんに近づいて、直接訊くことは恥ずかしくてできなかった。
彼は青十字高校に進学しそうだという予想がついた。
予想がどんぴしゃりと当たり、同じ学校の生徒になれて、すごく嬉しかった。
もちろん高校でも、私は時根さんの動向を追いつづけた。
彼は常に空尾さんと行動を共にしていた。
ふたりは廃部状態の野球部を復活させようとしていた。
同じクラスの志賀さんが野球部に入部した。時根さんは吃音でしゃべる彼女にも、やさしい目を向けるようになった。
羨ましい! 私もあんな目で見られたい。彼と同じ空気を吸いたい。
あとひとりで部員が9人になるという局面で、私は衝動的な行動に出た。
時根さんに告白し、お友達になってくださいと頼み、野球部に入ると宣言した。
そのようにして私は、彼と同じグラウンドで野球の練習に精を出すようになったのだ。
同じ部で過ごし、時根さんはやっぱり空尾さんにぞっこんだと骨の髄まで知るのはつらかったが、彼の打球を間近で見られるのはしあわせなことだった。
美しく大きな放物線が空をゆく。
「綺麗な打球ですね」と彼に言う。
「そうかな。まあ大きなフライというのは、綺麗なものかもしれないね」と彼は答える。
「時根さんのホームランはただのフライではありません。芸術的な飛球なんです」
「大袈裟だなあ」
少し照れたように笑う。
彼が好きで好きで堪らない。
「野球部にすごい選手がふたりいるの」と父に伝えた。
「どのくらいすごいんだ?」
「抜群にすごいのよ。高校生離れしているわ」
「人間離れしていないか?」
「しているかもしれない。ホームランを量産しそうな高1男子とプロ級の速球と変化球を投げる高1女子」
「そいつらはきっと変身生物だ。世界の敵だ」
父は内閣府の官僚で、変身生物撲滅をめざす派閥に属している。
変身生物はすでに人類世界を支配していて、国会議員の多くが変身生物そのものかその影響下にあり、やつらに手を出すのはむずかしくなっている、と父は言う。
「しかし人類は断固として、変身生物に抵抗していかなくてはならないんだ。さもなくば、人類は滅ぼされてしまう」というのが父の主張だ。
「さいわいいまの首相は、変身生物撲滅派の声を聞かねばならない立場にある。我々は近く反撃に出る」
「そのとき、変身生物かもしれないうちの高校の生徒はどうなるの?」
「捕らえて、研究所送りにする。できれば殺してしまいたいが、そこまですると我々の身も危うい。変身生物はもう社会に根を張っているから、行動は慎重を要する」
父は追い詰められたような表情をしている。
過激な行動に出てもおかしくないように見える。
クーデターを起こした昭和の青年将校は、こんな感じだったのかもしれない。
父のような人たちが複数いたら、なにかやらかしそうだ。
時根さんと空尾さんは捕まってしまうかもしれない。
私は彼の近くにいたい。
もし時根さんが研究所送りになったら、そこを訪問したいと思う。
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