第21話 動画5 21世紀の変身生物
部活を終え、きみと僕は一緒に帰路につく。
今日は部員が3人も増えて、同好会から部に昇格することができた。きみはそのことをとても喜んでいる。
「あとふたり増やそうね」
「そうだな。できれば先発メンバー以外にも部員が欲しいけれど、とにかくまずは9人揃えたいよね」
残りふたりのあてはないが、誰かが入部してくれることを願う。
帰宅すると、出かけるのが好きな母が家にいて、自堕落にビールを飲んでいることが多い姉は不在だった。姉だっていつも暇なわけではない。大学で生命工学を学んでいて、帰りが遅くなる日がつづくこともある。
父は仕事が忙しくて、帰宅はいつも10時ごろだ。
母と夕食を取った後、僕は動画を見る。
謎なぞチャンネル「変身生物を追う7 21世紀の変身生物」。
「ハローCQ、クエスちゃんや」
クエスちゃんの頭部のクエスチョンマークは、チープなデザインの立体文字だ。前面が青く、奥行きが黒い。
「変身生物シリーズの第7回は、21世紀の変身生物について語ってみようと思っとる。面白い画像はないんやけど、見てもらえると嬉しいわ」
ひずんだ少女の声は、前回までと比べておとなしい。
「実はウチは、変身生物に関する特別な情報源を持っとるんや。そこから情報提供を受けて、いままで動画をつくってきた」
クエスちゃんはセーラー服を着て立っている。
薄暗い部屋にいて、彼女の上半身にスポットライトが当たっている。
「21世紀の変身生物についての情報は、語れることが少ないんや。機密情報が多いらしく、情報源さんの口が重いんよ。無理に聞き出してここで伝えると、この動画は消去されてしまうかもしれん。でもまあ知っていることを、少しくらいは話しておくわ」
クエスちゃんの表情が暗い。彼女の顔は無機質な立体文字で、表情なんてないのだが、なんとなくそんなふうに見える。
沈んだ声のせいかもしれない。
「21世紀に入って、変身生物は完全に人間社会に浸透した。どのくらいの数の変身生物がおるのか、統計はない。そやけど、相当数が紛れ込んでいることは確かや。防衛省や警察庁に正式な変身生物担当組織があるのが、その証拠やと言ってもええんとちゃうか」
腕組みをするクエスちゃん。
「変身生物は力を持っとるで。国会や国の省庁の中にも変身生物はおる。国際機関にもおる。たぶんな。そして、世界は変身生物擁護派と撲滅派に別れて、綱引きをしとる」
右手の人さし指を突き出すクエスちゃん。
「擁護派が強くなって、社会の中枢を押さえると、変身生物は安心して生きていける。撲滅派が勢いを持つと、変身生物は消されたり、研究所に収容されたりする。ふたつの派閥が主導権争いをしているのが現状や。どちらも完全な勝利を得てはおらん。もし全面戦争になったりしたら、世界はとてつもなく混乱するやろうね」
画面が真っ暗になる。
「変身生物は世界の敵と言われることがある。果たしてそうやろうか。変身生物はすでに政治の世界でも力を持ち、未然に戦争を防いだり、世界秩序を安定させたりもしている。おそらくね。人間以上の存在やから、人間よりも上手に社会を運営できるんよ」
しだいに画面が明るくなり、クエスちゃんの姿が浮かび上がってくる。
「世界には人間と変身生物のハーフがおる。人間の姿をした変身生物のペアが有性生殖して生んだ2世の変身生物もおる。彼ら彼女らは自分を人間だと信じ込んで生きている。この生き物は果たして変身生物と言えるのやろうか。もはや人間と言ってもええんとちゃうやろか。人間の姿をして、自分を人間だと思っていて、人間として生きている。容姿や能力などは、平均的な人間より優れていることが多いみたいやけど、気にするほどやない。たいして変わらへん」
クエスちゃんの顔がズームアップされる。
「実際問題として、もう世界から変身生物を根絶することは不可能や。彼ら彼女らは社会の隅々にまで入り込んどる。いなくなったら、この社会を維持していくことはできんくらいに。変身生物は人間や。そういうことにしてもええんとちゃうか。ウチは人間と変身生物、仲よくしていけばええと思っとる。血を混ぜ合って、溶け合って、同じ種になればええんや。そして世界が平和につづいていけばええ。ウチはそんな未来を願っとる」
宇宙から見た地球の画像。
「ウチ自身は人間やろうか。もしかしたら変身生物なんやろうか。どうなんやろう。そんなことは別に気にせんでもええ世界が到来したら良いと、ウチは思う」
薄暗い部屋にぽつんと立つクエスちゃん。スポットライトは消えていて、彼女の姿はよく見えない。
「変身生物シリーズはこれで終わりや。最後まで見てくれてありがとう。次はどんな動画をつくろうかな。なんか最近、実生活が忙しくなってきて、あんまり動画制作に時間が取れんようになってきとるんよ。でも、そのうちにまたつくるつもりや。いつかまた会おうね~」
ライトが点灯し、クエスちゃんが手を振る。
Finというエンドマークが映る。
この動画が公開された日付は20XX年4月21日。昨日だ。
シリーズが終わってしまって、すごく残念だ。
僕は「いいね!」を付ける。
クエスちゃんの声は誰かに似ているような気がする。
知っている女の子の顔が思い浮かぶ。
まさかね。
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