第20話 四股の相手たち
きみと僕と高浜先生、ネネさん、能々さんが野球部のグラウンドに行ったとき、草壁先輩が4人の男子生徒とホームベース付近で対峙していた。
志賀さんは少し離れたところで震えている。
「なにごとでしょうか?」と僕は言った。
「あいつら、草壁の四股相手だ」と先生は教えてくれた。
「あのあの、四股ってなんです?」と事情を知らない能々さんがわめいた。
僕たちは彼らのところへ駆けていった。
「なんで野球部をつぶしたおまえがのうのうと野球をやってんだよ!」
体格の良い男子が草壁先輩の肩を押す。先輩はよろけた。
「あたしはなにも悪くない!」
「罪悪感はまったくねえのか? 俺たちの心をもてあそんだ癖に!」
先生が彼女と彼らの間に割って入った。
「乱暴すんな!」
「高浜先生」
先輩の肩を押した男子が、野球部の顧問を睨んだ。
「こいつの活動を認めるんですか? 野球部をこっぱみじんにしたこいつを!」
先生はしばらく押し黙ってから言った。
「新入部員たちが草壁を認めた。俺はそれを尊重する」
「なにも知らない1年が認めたからって、再入部させたんですか?」
「再入部じゃねえ。草壁は退部届を出していない。おまえらとはちがう」
「こんなやつは首でしょう? 強制退部ですよ!」
「草壁は反省してる。俺は更生の機会を与える」
「この女は反省なんかしてない! 現にさっきあたしはなにも悪くないって言った!」
「反省してるさ。草壁、こいつらにごめんなさいって言え」
先輩は固まった。
「ご、ごめ……」
言いかけてやめる。
「こいつらにあやまるんだ。心を込めて!」
「なんであやまらなくちゃいけないの? あたしは全然悪くない! つきあってくれと言われて、いいよって言っただけ! ただそれだけで、なんでこんなに責められなくちゃならないの?」
男子たちが憮然とする。
ただひとり、明るい茶髪の男が笑って、「まあこういうやつだとわかってたけどね」とつぶやいた。
「四季……」
「そうじゃないか? 変わった女だってことは最初からわかってた。誰がハグしても拒絶しなかった。複数の男とキスしたって話は部内みんなが知っていた。それがわかっていながら告白したんじゃないのか? オレも含めて4人とも」
「待て、雨宮。草壁が複数の男とキスしたってのは、本当か?」
「先生、知らなかったの?」
「知らなかった……」
男たちは先生をバカにしたように見た。
「草壁! 本当なのか?」
「キス? したよ。迫られたから拒否はしなかった」
「そんな心のないキスは二度とするな!」
「それは約束する。卒業するまで金輪際、男とはかかわらない。あたしは野球が一番大事なんだ。男が野球の妨げになるってわかったから、約束する」
「こういう妙なやつだ。わかっていて、草壁とつきあい、遊ぼうとした。オレたちにも罪はある」と茶髪の男は言った。
他の3人の男子は、にがい表情で沈黙した。
僕は一歩前に出た。
「草壁先輩を許してくださいとは言いません。でも、新生野球部はもうこのメンバーでスタートしているんです。6人の部員がいます。どうか妨害だけはしないでください。このとおりです」
頭を深く下げた。
「ちっ」
男たちはグラウンドから去っていった。茶髪男子を除いて。
僕が頭を上げると、彼は爽やかな笑みを見せた。イケメンだ。
「2年の
「それはありがたいことです。先生、良いですよね?」
「退部したら、二度と戻れないなんて決まりはない。後で俺に入部届を提出しろ」
雨宮さんはうなずいた。
「7人目だ!」ときみは叫んだ。
先輩に了解を取っておくべきことがある。
「雨宮先輩、部長はこの空尾なんです。ちょっと生徒会長との約束事があって。本来なら先輩に部長になってもらうべきかもしれませんが、どうか1年生部長を認めてもらえませんか?」
「いいよ。部長なんて面倒くさいだけだし」
僕はほっと胸を撫でおろした。
「でも、ポジションは譲りたくないんだよねえ」
「ポジション?」
「オレはキャッチャーなんだ。昨日、堤防の上から見ていたんだけど、きみも捕手だよね?」
「あのあの、わたし、中学のソフトボール部で投手だったの。高校野球でもピッチャーをやりたいんだけど、ポジション争いは熾烈かなあ?」と能々さんが言った。
実に熾烈だ。たった7人しか部員がいないのに、そのうち3人が投手で、2人が捕手。偏りがありすぎる。
太陽が沈もうとしていた。
ポジションの適性を確かめたり、話し合ったりするには、もう時間がない。
今日は金曜日で、明日、学校は休みだ。
「先生、休日に野球部の活動はできますか?」
「なにかあったとき、顧問は責任を取らなきゃならねえ。俺が不在のときは、絶対に学校で練習するな。土曜日の午前中だけ、つきあってやる。日曜と祝日は休みだ」
「わかりました。明日の午前中は練習していいですね?」
「8時半から12時までだ」
「部長、先生はこうおっしゃってるけど、明日はどうする?」
きみは右手の親指を立てた。
「8時半にグラウンドに集合。練習するよ!」
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