第15話 ランニング

 僕たちは堤防を越え、野球部のグラウンドへ行く。

 1塁側のベンチに座っている男の人がいる。ユニフォームを着た高浜先生だ。


「遅かったじゃねえか」

「ちょっと生徒会長と話してたんです。部長を決めたりとか」

「部長か。誰になった?」

「ワタシです」

「空尾か。まあ草壁以外なら誰でも良い」

「先生、言い方!」

 先輩が怒り、先生は「ひひっ」と笑う。


「ところで先生、その格好は?」

 僕は顧問のユニフォーム姿が気になって、たずねる。

「これか?」

 先生は右手の親指で自分の胸を差す。

「俺は野球部の顧問だが、同時に監督でもある。ときどき練習を見てやるよ。これでも20年前は、青十字高野球部のレギュラーだったんだぜ」

「そうだったんですか。ありがとうございます。よろしくお願いします」と僕はお礼を言う。


「先生、ポジションはどこだったんですか?」ときみは訊く。

「サード。3番サード高浜茂雄たかはましげおとは俺のことだ」

 先生はそう言って、胸を張る。なんだか似たような往年の名選手がいた気がするが、名前は思い出せない。たぶん僕が生まれる前にプロ野球で活躍していた人だ。


「先生、練習内容を指示してください」

「まずは走れ。青十字高河川敷グラウンドの外周は約1.5キロメートル。3周してこい」

「はい」


 僕たちは走り始める。

 ここには野球部、サッカー部、陸上部のグラウンドの他に、テニスコート4面と各部の室内練習場がある。その全体の外周が、ランニングコースになっている。

 草壁先輩が陸上の長距離選手のような速度で飛ばす。きみはそれについていく。

 僕も追って追えないことはないが、志賀さんには無理そうだ。彼女に寄り添って走ることにする。


「あ、あの人たち、は、速いですね」

「そうだね。志賀さんは中学のときは部活やってたの?」

「び、美術部でした」

 美術部か。今後のポスター描きは、志賀さんに頼むことにしよう。

「いきなり速く走ると故障するかもしれない。ゆっくり行こう」

「は、はい」


 ランニングは習慣化すると楽しいが、慣れるまではかなり苦しい。

 志賀さんはすぐに、はあ、はあ、と肩で息をするようになった。

 サッカー場では練習試合が行われ、陸上競技場では大勢の部員が400メートルトラックを走っている。

 テニスコートでは黄色いボールが飛び交っている。

 志賀さんは懸命に走っているが、しだいにスピードが落ちていく。腕がだらんと下がり、ぜえ、ぜえ、とあえぐような呼吸になる。


 2周目の途中で、先輩ときみに追い越された。周回遅れ。

 追い抜きざまに、「千佳ちゃん、がんばって!」ときみは叫ぶ。

 志賀さんは返答する元気がなく、かろうじて手を上げて反応する。

 僕はその横で走りつづける。

 志賀さんと僕が3周を走り終えたとき、きみと先輩はスクワットをしていた。


「ぜっ、はっ、ぜっ、はっ、こ、この上に筋トレですか……きっつ……」

 高浜先生は首を横に振る。

「いや、部活が嫌になって辞められたら困るから、ボールを使った楽しい練習をしよう。志賀、おまえは初心者だったな?」

「は、はい。ま、まったくの初心者です。ちゅ、中学時代は、運動部ですらありませんでした」

「オーケーオーケー、やれるやれる」と先生は気楽に言う。

「俺は志賀に基礎を教える。おまえらは好きにやってろ」

 先生と志賀さんはホームベースの方へ歩いていく。

「時根はキャッチャーだったよな?」と草壁先輩が僕にたずねる。

「はい」

「じゃあ、あたしの球を受けてくれよ。ピッチング練習をしよう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る